(左)セイバン 泉貴章社長(右)アイディール・リーダーズのエグゼクティブコーチ、丹羽真理氏

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少子化による市場縮小、多色展開による多品種少量生産など、ランドセルメーカーは環境の大きな変化に対応を迫られている。「天使のはね」で知られる老舗ランドセルメーカー、セイバンのとるべき道は?

対話によってさまざまな課題を解決し、目標や夢を実現することを目指すコーチング。コーチングの中でも、経営層に特化したアドバイスを行うのが「エグゼクティブコーチング」である。経営者が抱える赤裸々な悩みをコーチが聞き、客観的な立場からロジカルに本質を取り出す作業は、同じ業界でなくても、多くの会社が直面する課題に通じる“気づき”がある。

本連載では、実際の企業経営者がコーチと話しあい、エグゼクティブコーチングを行うセッションの模様を詳しくお伝えする。今回エグゼクティブコーチングを受けるのは、まもなく創業100年を迎える、日本最大手のランドセルメーカー「セイバン」の、泉貴章社長。4代目である泉氏は、サントリーで製品開発などに携わっていた経歴の持ち主だ。

今回、エグゼクティブコーチとして泉氏と話し合うのは、アイディール・リーダースの丹羽真理さん。少子化や消費者の価値観の多様化が進む中、ランドセルメーカーもその環境の変化に対応を迫られている。泉氏の悩みは何か、そして丹羽さんはどんな解決法を提示できるのだろうか?

■創業100年の老舗ランドセルメーカー

【泉】セイバンは、終戦後に兵庫県の室津港があるたつの市(旧揖保郡)に工場を作りました。もともと皮革の生産が盛んな場所で、原料の調達が豊富なことに加え、漁の閑散期を利用して皮革製品の製造を手がけてきた地域なので、労働力も確保しやすかったのです。当時は財布やキセル入れなど、比較的小さなものを作っていましたが、戦後1950年代後半からベビーブームを背景に、セイバンもランドセルを手がけ事業として成長していきました。

【丹羽】ランドセルというのは昔からあると思いきや、戦後からなのですね。

【泉】初めてランドセルが使われたのが明治20年に伊藤博文が後の大正天皇に革製のランドセルを献上したことですが、一般に広まったのは戦後からですね。

セイバンでは私の父が社長を務めていた2003年には更なる飛躍のきっかけを掴みます。それが「天使のはね」という、肩ベルトの付け根に羽の形状の樹脂を埋め込み、肩ベルトを立てることで、ランドセルを持ち上げ背中にくっつけるセイバン独自の機構です。小さな子どもでも重たいランドセルを軽く感じられるということで爆発的にヒットしました。当時は知的財産化という意識もなかったので、あっという間に競合に似たような機能を開発されてしまいました。

競合に機能を模倣された中で、差別化のために当時の売上の約4分の1をつぎ込み、「体操のお兄さん」で有名な佐藤弘道さんを起用して大々的なテレビコマーシャルを打ちました。その甲斐あって高いブランド認知を獲得することができました。それを足がかりに2010年までは成長を維持できた時代でした。

■少子化、ランドセルの多色展開が進む

【丹羽】でも、日本は少子化が進んで市場は縮小していますよね?

【泉】そうです。変化はそれだけではありませんでした。2003年にイオン様が「24色ランドセル」を市場に投入します。これを機に、ランドセルへのニーズの多様化が進みました。そんな中、セイバンでは作っても売れない、結果として生産過剰になるという現象が起こり始めました。それまではランドセルと言えば、男の子は黒、女の子は赤の2色展開で、刺繍などのデザインもシンプルでよかったものが、スタンダードなタイプのものを作っても売れない時代になったのです。

【丹羽】なるほど。少子化の中、ランドセルに限らずニーズの多様化や、高級品と普及品の二極化が進むというのは、さまざまな商材で起こっていますね。

【泉】そんな中、私が社長に就任したのが2010年です。その年にイオン様は「A4クリアファイルがすっぽり入る」というランドセルを発売して、爆発的に支持を広げていました。

【丹羽】それまで、ランドセルにはA4クリアファイルは入らなかったのですか?

【泉】入るには入るのですが、A4用紙に比べてクリアファイルは少し大きいのでたわんでしまっていました。

【丹羽】そこに目を付けたわけですか。さすがですね……。

【泉】イオン様のマーケティング力に脱帽という感じでした。この状況を打ち破るには当社の製品企画やマーケティング力もさることながら、ランドセルの業界構造から見直さなければならないと考えました。ランドセル業界は、流通に卸売業者様を経由する構造が一般的で、セイバンのようなランドセルメーカーは彼らの企画した製品を注文を受けて作る、いわば下請けなのです。原則として卸売業者様からの受注生産ですので、沢山受注して作りまくれば、売れても売れなくても問題ないと考えていました。しかし実際は、売れないものを作っても私たちセイバンは問題ない訳ではなかったのです。

【丹羽】どういうことですか?

■「天使のはね」ブランドを守るため、生産量を半分に

【泉】当時、セイバンが取引していた卸業者様は20社以上ありました。彼らは売れ筋商品の「天使のはね」を次々と注文してくれましたが、子どもの数は年々減っているところに、競合他社が強力な商品を次々と投入してきますので、市場に売れなかった商品が大量に滞留しました。

すると何が起こるか?――ネットを中心とした安売りが横行しました。社長就任から1年はネット上の不当廉売を止めさせることに奔走しました。あるサイトでの販売を停止させると、また別のサイトでという具合で、まさにいたちごっこでした。

【丹羽】でも売上を維持するには卸業者様からの受注を取って製造せざるを得ない?

【泉】当時の問題は、まさにそのように全社員が思っていたことでした。私は「このままではまずい」と感じていました。なぜなら、せっかく確立した「天使のはね」というブランド力が、安売りで地に落ちてしまうと考えたからです。そこで、まずは社員の反対を押し切り、生産量を思い切って約半分に減らしました。

【丹羽】一気に半分とは思い切りましたね。

【泉】そのため私が社長を継いでからの売上は4期連続で下がりました。ただ、在庫が圧縮され、売値も改善していきましたので、利益の減少は低く抑えることができました。それと並行して徐々に卸売業者様との取引を縮小していったのです。

また私たちは自らの販売総代理店として「セイバンマーケティング」という販売会社を作り、そこに流通を集約していきました。

■「大量生産すればいい」から脱却するには?

【丹羽】そうすることで、市場への商品の過剰供給という問題は解決したのですか?

【泉】いいえ。ここからがまさに今日コーチングを受けたい「悩み」となるのですが、社内の考え方はまだまだ「昔の考え方」、つまり同じものを大量に作って、売る、という発想から脱却できていないのです。相変わらず、工場を見ると、人気が出るであろうと予測するモデルやカラーのランドセルばかり一度に大量に作っていたりするわけです。同じものばかりを一度に大量に作ってしまっている間は、他のラインナップは作れませんから、結果的に売り場で欠品を起こしてしまうわけです。

【丹羽】色・デザインなどラインナップ毎の生産数は生産現場が決めているのですか?

【泉】いえ、現在は販社のセイバンマーケティングが決めているのですが、生産現場は月間の生産数が決まり、生産指示を受けると、同じものをまとめて作ってしまうのです。例えばA・B・Cという3つの製品を○個ずつ作ると指示を出すと、まずAだけを受注した本数全数作るのです。市場の需要にこまめに応えるにはそれぞれを少しずつ作らなければいけないのに、です。

【丹羽】それだと店頭でのラインナップを揃えられずに競合に機会を奪われてしまいますね。

【泉】そうなのです。30種類以上あるカラーもさることながらデザインやステッチなどを組み合わせると、現在では何百種類とあります。多様化するニーズに応えるための小ロット生産、生産委託のあり方など課題は山積みとなっています。

この状況を変えて行くには、生産現場であるセイバンと販売現場であるセイバンマーケティングとが、うまくコミュニケーションをとって、売れるものをいち早く察知して、それを速く作るということに尽きます。逆に売れないものはすぐに生産を止めなければなりません。いわゆるサプライチェーンマネジメントの実現ということになるのですが、これが上手くいかない。要はこの両者はまだまだコミュニケーションがとれていないのです(苦笑)。

■ランドセル商戦のピークは7〜9月

【丹羽】そうなのですか!? 確かによくある話ではありますが、新設されたことからすると販社の方々は新規採用された方が多いのですか?

【泉】取引先の卸売業者様から採用した社員を中心に、現在では20名ほどの組織になっています。この組織自体も中途採用の社員が多いこともあり、生産現場とのコミュニケーションに加え、中の意思疎通も確立されているとは言えないです。

【丹羽】どのあたりに原因がありそうですか?

【泉】「部分最適」になってしまっていると考えています。つまり、皆が自分のことしか考えていない、ということです。販社のセールスは売り場から商品が欠品したらリテール様に叱られますので、年間の特に商戦のピーク(7月〜9月)までは、セールスからの納期に対するプレッシャーはものすごく強い反面、いざ商戦が過ぎて1年間終わった後は、売れ残りが積み上がっていてもセールスはなんとも思っていないというのが実情です。「仕方がない」と。

【丹羽】欠品しないことが最優先になっているので、たくさん抱えておきたいわけですね。

【泉】その方が納期遅れでリテール様に叱られることがありませんから、安心できるわけです。販社側から、そのプレッシャーを受ける製造現場は「じゃあ在庫を持とう」ということになり、結果として作りすぎてしまう。

【丹羽】製造側の人たちの一番の関心事はなんでしょうか?

【泉】そうですね。やはり「昔のやり方の方が良い」という感覚は残っているのではないでしょうか。大量生産の時代であれば、材料の発注も今よりもっと大量発注で、その分在庫の山で欠品リスクはなかったはずですが、僕が「5S」を導入して、それは全て止めさせました。確かに飲料などと異なり、材料の品質的な使用期限は長いわけですが、現在の最終お客様は、例えば1年2年落ちの古いランドセルが店頭で売られているのを見れば「このランドセルは売れ残り」とすぐにわかってしまいます。

※5S……整理(Seiri)・整頓(Seiton)・清掃(Seisou)・清潔(Seiketu)・躾(Situke)のこと

■製造現場のモチベーションを上げるには?

【丹羽】では、製造現場の「モチベーション」とは何になるでしょうか? 職人的なものづくりの楽しさといったことになりますか。

【泉】うーん、まさにその部分の定義が会社としてできていないと考えています。もちろん、「子どもたちの笑顔のため」というモチベーションはあると思うのですが、いざ製造ラインに入れば、自分に割り当てられた作業をどうこなすか、という思考のみになってしまいます。まさに部分最適で、販売まで含めた全体像を踏まえたモチベーションというのはなかなか難しい課題です。自分の周りに仕掛品が積み上がっていても、気にする様子がない社員がまだまだ存在します。この部分が改善されないと、全体のスループットが上がらないと思っています。

【丹羽】お話を伺っていると、製造と販売の間のコミュニケーションだけでなく、それぞれの部門・部署の中でのコミュニケーションも「部分最適」に陥ってしまっているということですね。そういったコミュニケーションを「つなぐ・取り持つ」機能を持つ担当部門はないのですか?

【泉】セイバンには生産管理部があり、毎週の生産計画や、物流計画は出してもらっています。セイバンマーケティングについても、主要リテール様の販売状況を、SKU(Stock Keeping Unit、在庫管理を行う単位)ごとに毎週セイバンへレポートするようにしています。昨年からようやく取り組み始めましたが、まだうまく機能しているとは言えない状況です。これらの情報をこまめに速く流すのがサプライチェーンマネジメントの基本ではありますが、以前は年間中途の販売状況は全く収集されておらず、生産指示も完全見込みで1カ月毎でしか出せていませんでした。今後は販売状況がめまぐるしく変化していく中で、タイムリーに需要を的確に把握し生産計画をこまめに変更する。すなわちリードタイムを短縮することが重要課題になってきます。もともと90日だった生産期間も、いま60日まで短縮し、今年は30日にしようとしています。

【丹羽】スピード感のある意思決定と生産・供給のためにより細かい単位で情報は集めるようにされているということですね。そういったデータを元にしたコミュニケーションはうまく図れそうなのでしょうか?

【泉】これは当社に限ったことではないと思うのですが、各部門でなかなか他の部門に言いにくい課題があったりします。それを吐き出す会議を私主導で開いています。「何が出てきても私は怒らないから」と前置きをした上で(笑)。

【丹羽】なるほど、それはとても良い取り組みですね。泉社長としては、そこに関わる人たちがどのような状況になると望ましいと思われますか?

【泉】やはり、困っている人・部署があれば、部門の垣根を越えて皆で助けにいく、そんな組織を目指したいです。

【丹羽】ただ部署・個人の単位で見たときの困りごとと、サプライチェーン・会社の単位で見たときのそれは異なっているわけですよね。

【泉】そうです。なので、私はその会議でも「セイバン全体として困るというのはどういうことなのか」という点を繰り返し確認しています。例えば、欠品はセールスにとっては困りますが、会社視点で考えたとき、欠品が生じて潰れた会社は聞いたことがありませんが、在庫を抱えすぎて潰れた会社は世の中に山ほどあるわけです。

【丹羽】その通りですね(笑)。しかし現場はなかなか自分の問題として認識をしていない……。

【泉】そうなのです。

■現状の課題を整理する

【丹羽】わかりました。それではアクション・インクワイアリー(行動探求)でよく用いられる図を使って、現状の課題と将来のあるべき姿を整理してみましょう。その上で、そこに至るための道筋について考えてみたいと思います。

例えば、欠品も問題ですが過剰在庫の方がより重大な問題だ、ということを腹落ちしてもらいたいのは、生産から販売まで通じた共通の課題ですね。けれども販売側はリテール様から怒られたくないから、生産側には必要量よりも多めに発注しているはずです。

【泉】おそらく全てのメーカーが多かれ少なかれ抱える問題でしょう。在庫がないと大変、でも在庫を持ちすぎるともっと大変なことになる。

また毎週販売状況を収集するためには、なんといってもリテール様との信頼関係が欠かせません。信頼関係がないと、「労力がかかるので毎週売れ行きを報告したくない」とリテール様に思われてしまいます。

【丹羽】つまり、やはり「怒られたくない」という欲求が根本にあるわけですね。

【泉】そうですね。

【丹羽】サプライチェーンマネジメントが重要だという信念を持っていれば、たとえ煙たがれても数字を取りに行くはずですね。生産現場についても、同じモデルを大量に作るより、小ロットで少量ずつ作るほうが、会社のためになるという考え方になるはずです。

【泉】その通りです。サプライチェーンマネジメントが重要だと考えてもらうよう意識を変えてもらわないといけません。さらに製造サイドにつけ加えるなら、外注業者に製造や加工の委託をした方が、コストが下がるという誤解もあります。コストが変動費になりますので、社内で内製する際の固定費に比べてコストパフォーマンスが良いと思いがちなのです。

【丹羽】けれども、外注するとその分リードタイムが長くなってしまいますね。

【泉】その通りです。けれども製造現場はリードタイムが全体で見たときのコストだという意識をなかなか持てずにいるので、ラインナップが多様化する環境変化があっても未だに外注に依存しがちなのです。

【丹羽】つまり本質的な部分で言えば「安く作りたい」という欲求がある。これは例えば、「リードタイムが長くなった場合は、原価にそれが跳ね返る」といった社内の計算制度を導入したりすると、「外注はコスト高だ」という意識を持つきっかけになります。

【泉】なるほどですね。

ロットサイズが大きくなるのも生産効率を上げて1個あたりの製造原価を小さくしようという習慣から抜け出せていないことの表れでもあります。ライン自体は混流(1つのラインで複数の製品を作る)も可能なのですが、このコスト意識が邪魔をしています。

【丹羽】セル方式(一人の職人が製品全てを作る)での生産はできないのですか?

【泉】現状では難しいです。各工程のメンバーがそれぞれの作業に分業特化してしまっています。一般的にセル方式はライン方式に比べ生産効率が落ちると考えている方は多いです。

【丹羽】マインドを切り替えてもらうことで、もしかすると生産方式もセル方式に変えるといった抜本的な方策も採りうるかも知れませんね。マインドセットの方法もハードアプローチとソフトアプローチがあります。ソフトアプローチはまさに会議で頻繁に言い続け浸透を図る、というものですが、ハードアプローチは先ほどの計算方法のようにシステムや制度そのものを変えて、徹底を図るというものです。

【泉】ソフトアプローチの方は既にやっていますね。まさに会議で頻繁に言い続けています。

■価値観を大きく転換させるにはどうしたら?

【丹羽】タイミングや、誰に言っているかという観点からはいかがでしょうか?

【泉】毎月月初の朝礼や、全体会議、生産会議、販売会議……全てにおいてリードタイムが重要だとこの3年ほど言い続けていますね。

【丹羽】成果はいかがですか?

【泉】ようやくそれぞれの部門長には理解が進んできたかなと感じます。ただ、そこから現場まで落ちているかというとまだまだですね。彼らもいわばジレンマを抱えていると思うのです。いままで何十年と言い続けてきた事と全く異なる価値観を現場に浸透させなければならないわけですから。私からすれば、別に彼らが間違っていたわけではなくて、外部環境が変わったのだから、それに対応した考え方に切り替えなければならない、という話ではあるのですが。

【丹羽】アタマではわかっている。

【泉】そうですね。部門長たちと膝を突き合わせて話をすると「社長の言うことはよくわかります」と言ってくれるのですが……。現場にその考え方を伝えていくというのは、また壁があるのだろうな、と。

【丹羽】何があれば、そこを越えて行くことができるでしょうか?

【泉】僕自身が現場の若い社員に対して直接伝えていくということが必要と感じています。組織の上と下を押さえて、新しい価値観を理解・共有する人たちの人数を増やしていくイメージです。組織というのは中間層の社員が一番変わりにくいものですから。例えば他社メーカーの生産現場を積極的に見学してもらうなど、時間と手間を掛けて、手を変え品を変えてやっていくしかないと考えています。そういう意味で人財育成、教育に積極的に投資しようとしています。

【丹羽】素晴らしいと思います。ちなみに現在、「リードタイムが重要だ」とわかっている人は泉さんから見て何人くらい社内にいますか? またその人たちは同じ場所で仕事をしていますか?

【泉】理論的に説明できる社員はおそらく10人くらいですね。またその社員達は部署も働いている場所もバラバラです。

【丹羽】なるほど。そういう方々を、ネット上でも構いませんので、情報を共有して悩みを相談できるような場所・機会を作ると良いと思います。その場所に、少しずつリーダー格の人を加えて行くのです。やりがちなのは、その人たちに個別に「変革を推進せよ」と責任を与えてしまうパターンですが、これではうまくいきません。彼らが相互に助け合えるようにまずは「くっつけて」いくことが変革の鉄則なんです。

【泉】なるほど、段階的に協力メンバーを拡げて行くわけですね。

【丹羽】先ほどの視察については、違う業界も対象とされると良いと思います。多品種・小ロットと安全や品質、付加価値を両立させているメーカーというのは、例えばサントリーのような飲料メーカー、カルビーのような食品メーカーなど幾つも例があるわけですから。自分たちの業界の「常識」が、実はもう社会では「非常識」なものになっているというのは、現実にそういう現場を見てもらうのが一番腹落ちしやすいですね。

【編集部・吉岡】もしかすると、マツダの工場も参考になるかもしれません。一つのラインで複数の車種を作り分けるというのをやっているのですが、単なる混流生産ではないのです。さまざまなクルマを注文が入った順番に製造し、できあがったらすぐに発送していきます。一切在庫は持たない。「新鮮なクルマを作りたいのです」とマツダの人は言っていました。

【丹羽】新鮮なクルマ、というのは新しい表現ですよね。まとめると、ランドセルのサプライチェーンでも「鮮度」を重視した体制に切り替えていく、ということがこれからは必要なのかも知れません。

■作りたてのランドセルをお届けしたい

【泉】鮮度、なるほど。新鮮なランドセルか……。ランドセル含めた鞄の業界は、製品の使用期限が長く、鮮度という価値観がほとんどない業界なのですが、実は私はやりたいと感じています。お客様の方は、これは新しいモデルなのか、古いモデルなのかを実際気にされるようになっているわけですから。

【丹羽】それは良いですね。まさにハードアプローチです。

【泉】今までは卸売業者様がいらっしゃったので、そういうことは難しかったのですが、今はできます。現場からの反発は大きそうですが……。でも、飲料や食品がやっていることが、ランドセルにできないはずはない。

【丹羽】人間なので、もちろん失敗したくないわけですが、お話を伺っていると、泉さん自身、変革のための失敗は許容しようという姿勢が見てとれます。

【泉】許容するというか、むしろ「失敗せよ」と社員に常に伝えています。変化を生み出さない・同じ事をしているだけの社員は評価しません、とも伝えています。目標とは今までとやり方を変えなければ到達し得ないあるべき姿だ、とも伝えています。今までとやり方を変えることに対する抵抗はもちろんありますが、それを取り除いてあげたいし、そのアプローチを評価したいなと。私が怒って社員を怒鳴りつけ、恐怖をもって従わせても、会社は良くならないと考えるようになりました。

■今までを認めつつ、変わろうとする人を評価する

【丹羽】よくわかります。加えて言えば、まさに今までのやり方があってこその現在のセイバンがあるわけで、そこに対する評価、感謝を伝えつつ、変革に向かってほしいというメッセージになると良いと思いました。ハードアプローチ的に、大げさに褒める、褒めたことを社内で周知される仕組みを整えると言うのもありだと思いますね。先ほどお話ししたような「改革のための小さなチーム」を、社長が大きく評価するというのもありでしょう。

泉さんのお話は正しいし、メッセージも力強いのですが、それを受け止める相手が「かなわないな」という無力感を感じてしまっては、逆にパフォーマンスが下がってしまうことがあります。

【泉】なるほど……。

【丹羽】凄い人が凄いことを言っている、という風に認知してしまうと、「自分はダメだ」という意識が深層心理に刷り込まれてしまうことがあるのです。そうすると自己イメージが下がって、どんどん能力が発揮出来なくなってしまうのです。教育学でも、兄弟の関係などで実証されている事象でもあります。

「怒られたくない」というのも、心理学的には軽んじてはいけない心の動きです。そこには「恐怖」という強いファクターがあります。これは動物的な本能といってもよく、脳の中でも脳幹に近い、いわゆる「古い脳」で感じ取る感情なのです。これは理性的な損得の判断よりも優先されますから、恐怖をどう取り除くかというのは極めて大きな経営課題とも言えるでしょう。会社全体が良くなるから、恐怖に打ち克て、というのはかなり厳しい要求なのです。だから社員に問いかけるときも「何が怖いのか?」と聞いてあげるというのも1つのアプローチだと思いますね。

【泉】なるほどですね。まさに心理学ももっと勉強しなければと思っていたところでした。今日はありがとうございました。

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エグゼクティブコーチ 丹羽真理(Ideal Leaders株式会社 CHO)
国際基督教大学卒業、英国サセックス大学大学院修了後、野村総合研究所に入社。エグゼクティブコーチングと戦略コンサルティングを融合した新規事業IDELEAに参画。2015年4月、人と社会を大切にする会社を増やすために、コンサルティング会社、Ideal Leaders株式会社を設立し、CHO (Chief Happiness Officer) に就任。上場企業の役員・ビジネスリーダーをクライアントとしたエグゼクティブコーチングの実績多数。社員のハピネス向上をミッションとするリーダー「CHO」を日本で広めることを目標としている。

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(まつもとあつし=文)