ブルージェイズ・川崎宗則【写真:田口有史】

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補強の妙で22年ぶり地区Vのブルージェイズ、「不思議な力を持つ男」川崎の貢献とは?

 22年ぶりにリーグ優勝を決めたブルージェイズを支えたのは、補強の妙だった。

 ウェーバー手続きを経ないトレード期限の7月31日を前に、最も大胆な動きを見せたのはブルージェイズだった。絶対的なエース格の先発投手が必要とあれば、タイガースから左腕デビッド・プライスを獲得。二遊間と救援の強化が必要とあれば、ロッキーズから遊撃トロイ・トゥロウィツキーとベテラン中継ぎラトロイ・ホーキンスを獲得。フィリーズからは外野手ベン・リベアを獲得し、守備面と打撃面における機動力アップに成功した。

 プライスの場合は左腕1人に対してダニエル・ノリスら3選手、トゥロウィツキーとホーキンスの場合はホセ・レイエスら4選手を放出することになったが、結局はこの積極性と思い切りのよさが後半戦の勝率7割近い圧倒的な強さにつながった。

 だが、今季のプレーオフ進出、そしてワールドシリーズ優勝にかける意気込みの強さは、昨季オフから始まっていた。アスレチックスの生え抜きスター三塁手ジョシュ・ドナルドソンの獲得が最たる例だろう。

 他球団のGMは、アスレチックスにとってドナルドソンは何があってもトレードに出さない「アンタッチャブル」な存在だと思っていた。事実、試しに打診をしてみても、アスレチックスのビリー・ビーンGMに「ノー」と突き返されたGMは多い。

アンソポロスGMがシャンパンファイトで川崎と喜びを分かちあったワケ

 だが、ここで引き下がらなかったのが、ブルージェイズのアレックス・アンソポウロスGMだ。

 断られ続けても何度も何度も食い下がった。まるでかぐや姫が求婚する貴公子5人に無理難題を出したように、アスレチックス側はブルージェイズ傘下マイナーにいる有望株を代償に求めたが、その無理難題に応じてしまうほど、ドナルドソンが欲しかったという。当時のやりとりを思い出しながら、アスレチックスのアシスタントGMデービッド・フォースト氏は「アレックス(・アンソポウロスGM)に根負けしたよ」と笑った。そして、開幕してみれば、粘り腰で獲得したドナルドソンがMVP級の活躍だ。食い下がった甲斐があったというものだ。

 リーグ優勝が決まった後のシャンパンファイトで、上機嫌のアンソポウロスGMが川崎宗則の囲み取材に乱入してくる場面があった。2年前、川崎がトロントの地元ファンのみならず全米のメジャーファンの心をつかんだフレーズを真似て「マイ・ネーム・イズ・アレックス・アンソポウロス! アイ・アム・グリーク!(私はアレックス・アンソポウロスです。私はギリシャ人です!)」と絶叫するGMをつかまえて、川崎は「GM、コイツ! よかったね、いい仕事したよ。ほんといい選手取った!」と満面の笑みを浮かべながら、肩を組んでその労をねぎらった。

 この時、アンソポウロスGMは目立ちたいがために乱入してきたかといえば、そうではない。川崎の目に見えないチームへの貢献を誰よりも知っているからこそ、喜びを分かち合いたかったのだ。弾けたキャラの濃さに隠れてしまいがちだが、川崎の練習熱心さと勝利への執念は、チーム内の誰もが一目置くところだ。

プレーオフはロースター入りしなくてもバックアップとして同行へ

 今年の川崎は、傘下3Aバファローで開幕を迎えた後、9月1日のロースター枠拡大に伴う昇格を迎えるまでに4回昇格し、4回降格した。いずれの場合も出場機会はほとんどない。マイナーでの成績は打率2割4分5厘、出塁率3割3分2厘と、取り立てていいというわけではない。それでも内野手に欠員が生まれれば、川崎が昇格する。その理由について、ベンチコーチを務めるディマーロ・ヘール氏はこう言った。

「カワサキほど試合前の準備に余念がない選手はいない。明るさと性格のよさが誰からも愛されているのは間違いないが、それ以上にいつでも試合に出られるように、試合に出た時は最高のパフォーマンスを披露できるように、常に努力を怠らない姿勢が、他の選手の手本になるんだ。軽視されがちだけど、守備力は高いしね。彼がチームにいるといないとでは、雰囲気が少し変わるんだ。押しつけがましくなく、それでいて人を巻き込む不思議な力を持つ男だよ」

 プレーオフに出場できるロースター枠は25人。短期決戦のため、先発投手は5人もいらない一方で、代打や代走が勝利に向けての重要なツールとなり得る。鎖骨を骨折した遊撃トゥロウィツキーがシーズン最終シリーズに戦列復帰したこともあり、川崎がロースター入りする可能性は低そうだが、怪我人が出た時のバックアップとして、チームが勝ち進む限り同行するはずだ。

 ロースターに入っていなくても、その日に先発出場するくらいの熱心さで準備を進める姿と、プレーオフという晴れ舞台で襲いかかる独特の緊張感をほぐしてくれる元気溢れる明るさは、他の誰とも替えがきかない。

 メジャーは結果がすべての世界。試合に出場して、バットで守備で勝利に貢献することが最も重要な仕事だ。試合に出ない限り、日本のファンに選手の価値は伝わりにくいかもしれないが、川崎宗則は、決して“色物”ではなく、チームにポジティブな影響を与え、1人の野球人として尊敬を集める存在になっている。

佐藤直子●文 text by Naoko Sato

群馬県出身。横浜国立大学教育学部卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーとなり渡米。以来、メジャーリーグを中心に取材活動を続ける。2006年から日刊スポーツ通信員。その他、趣味がこうじてプロレス関連の翻訳にも携わる。翻訳書に「リック・フレアー自伝 トゥー・ビー・ザ・マン」、「ストーンコールド・トゥルース」(ともにエンターブレイン)などがある。