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●縁台将棋を楽しんでいる大人ではまず勝てないレベル8月23日、東京の将棋会館で「第3回 J:COM杯 3月のライオン 子ども将棋大会」の全国大会が行われた。大会は7月20日に行われた仙台大会を皮切りに、全国7都市で地区大会が開催され、成績優秀者16人が将棋会館に集結し将棋の腕を競う。

この大会は、その名のとおり羽海野チカ氏の描いた大ヒット将棋漫画『3月のライオン』(白泉社=大会協力)とコラボレーションした大会で、主催はケーブルテレビ局のジュピターテレコムと、番組制作会社の囲碁・将棋チャンネル。大会の模様は10月4日20:00〜21:38まで囲碁・将棋チャンネルで放送。また、J:COMテレビでも10月13日17:00〜18:45に放送される。共催は日本将棋連盟で、全国大会および各地区大会には審判長や指導者として多数のプロ棋士が参加。子供たちへの指導対局などを行い、将棋の普及に努めている。

○プロを目指す子どもたちの熱い戦い

出場者は全国の小・中学生たちだ。だが、子供だからといって、なめてはいけない。全国大会の上位者ともなると、段位で言えば四段、五段クラス。これは縁台将棋を楽しんでいる大人ではまず勝てないレベルで、大人向けの大会に出ても、ときに県の代表になるほどの実力を持っている。

また、大会の成績上位者の中には、プロ棋士の養成機関である「奨励会」を受験する者もいる。合格すれば、小・中学生のうちからプロになるための道を歩み始めることになり、実際、現在プロの第一線で活躍している棋士には、こうした子供大会で活躍した人が多い。まさに、将来の夢を懸けた戦いなのである。

それでは、大会の模様を準決勝から振り返ってみよう。

○準決勝は大阪地区代表と仙台地区代表の勝負

準決勝の組み合わせは以下の通り。

田淵光祐くん(大阪大会代表)-伊東恒紀くん(仙台大会代表)上野裕寿くん(大阪大会代表)-堀川将生くん(仙台大会代表)

ご覧のとおり、関西対東北という構図だ。どちらの地区も将棋熱が高いことで有名で、まさに地区の威信をかけた勝負となった。

対局場は将棋界の総本山でもある将棋会館の特別対局室で行われた。この対局室は、プロ棋士でも特に段位の高い一流棋士たちが使用する部屋で、公式棋戦の決勝やタイトル戦なども行われる、まさに"特別"な部屋。(囲碁・将棋チャンネルのサイトにも特別対局室にまつわるエピソードが掲載されており、見ていただければいかに"特別"なのかわかるだろう)。対局室では多くの父兄や関係者が見守り、テレビカメラも入るという大人でも緊張するような状況で行われたが、選手たちは臆することなく、堂々と戦っているように見えた。

結果は、仙台地区代表のふたりが決勝に勝ち進んでいる。関西と東北の勝負は、今回は東北に軍配が上がった格好だ。

○全国大会の高いレベルに挑んだ選手たち

決勝戦の前に、当日出場した他の選手たちの声を紹介する。

高田明浩くん(千葉大会代表):1回戦で負けてしまったので、ちょっと悔しいです。内容は、序盤から相手にうまく指されて不利になったので、家に帰って研究したいと思います。

武沢涼介くん(札幌大会代表)::がんばって指したんですけど、なかなかうまくいきませんでした。もうちょっと自分の力を出せる形に持っていきたかったんですけど……、やっぱり全国は大変だと思いました。これからも奨励会を目指してがんばって行きたいと思います。

伊藤広郎くん(東京大会代表):全国大会は初めて出場しました。強いとは分かっていたんですが、予想以上のレベルでした。将棋は自分なりにがんばって指せたのですが、相手の攻めが強くてかないませんでした。これからもずっと将棋を続けて行きたいと思います。

永井大くん(東京大会代表):今日は1回勝って、自分らしい将棋が指せたので良かったです。他の選手はみんな強かったです。これからも詰め将棋や実戦などで勉強していきたいです。

優勝を夢見て東京に集結し、そして夢破れた選手たち。だが、みんな前向きで夢のあることを語っている。彼らの夏が充実したものであったことがうかがえる。

●勝って奢らず、敗れてなおうつむかず○いよいよ決勝戦

決勝に勝ち進んだのは、堀川将生くん(仙台地区代表)と伊東恒紀くん(仙台地区代表)。仙台大会を勝ち上がった、東北の代表選手同士の対決だ。

まずは、決勝に臨むふたりの談話を紹介する。互いに他の大会で対戦した経験もあるふたりは、「以前に対戦したときは内容的に押され気味でしたので、今日は決勝戦で勝てるようにがんばりたいです」(堀川くん)、「(堀川くんは)正統派の将棋だと思います」(伊東くん)とそれぞれに相手の印象を語っている。

子供大会の全国クラスともなると、各地のいろいろな大会で顔を合わせていることが多い。ふたりは同じ東北地区でもあるため、これまでにも対戦したことがあるという。現在プロの将棋界のトップに君臨する羽生善治名人と森内俊之竜王も、子供時代からのライバルであったことが知られている。堀川くんと伊東くんも、互いを好敵手と認めるライバル関係になっていくことだろう。

決勝戦は将棋会館の地下にある、囲碁・将棋チャンネルのテレビスタジオで番組収録しながらの対局となった。盤側には公式な記録係と読み上げも付き、別室では審判長の佐藤康光九段が解説も行う。プロの対局とまったく同じ環境である。

さすがに両選手とも緊張の色は隠せず、駒を並べる手つきが少しぎこちない。だが、このような経験が彼らの将来の糧となっていくはず。

○堀川くんが鮮やかに寄せ切って優勝

決勝の戦いは、画面下の堀川くんが中飛車と呼ばれるプロの戦いでも頻繁に登場する戦型を採用。相手の伊東くんは、居飛車と呼ばれる作戦から、銀を中央に繰り出す積極的な構想を見せてくれた。これは、解説の佐藤康光九段が以前プロの公式戦で採用した形だと言う。これには佐藤九段も驚くとともに、うれしそうに解説していた。

ただ、積極的な作戦にはリスクがともなう。堀川くんが終始冷静に指し回したことも功を奏して、形勢は次第に堀川くんに傾いていく。しかし、伊東くんも最後まで粘り強く指し続け、一歩間違えれば逆転してもおかしくない熱戦が続く。最後は自玉が安全なことを読み切った堀川くんが、鮮やかに相手玉を討ち取って優勝を決めた。

テレビスタジオという慣れぬ舞台で、両者ともに堅くなっていたところはもちろんあっただろう。しかし、対局が始まり勝負どころを迎える頃には、ふたりともに盤上没我で、カメラのことなど忘れて存分に実力発揮して好勝負を見せてくれた。ふたりは対局後に以下のように振り返っている。

堀川くん:今まで優勝することはできなかったので、とてもうれしいです。悔いのない将棋を指そうと思っていましたが、うまく指すことができました。次は高校の大会になりますが、高校でも全国大会で優勝を目指してがんばりたいと思います。

伊東くん:序盤で読み負けしてしまった感じで悔しいです。来年は優勝できるようにがんばります。これまでは実戦が中心でしたが、棋譜並べを増やして勉強したいです。

また、伊東くん(準優勝)のお父さんは「準決勝までは良く戦えていたと思います。決勝はちょっと力が出せなかった感じでしたが、昨年は3位でしたから、それよりひとつ上回ったので、最後は残念でしたけど褒めてあげたいと思います」と、堀川くん(優勝)のお母さんは「中学生で最後の大会でしたから、悔いの残らないように戦って欲しいと思っていましたが、ここまで勝ってくれるとは思わなかったので感無量です。これからはいったん受験勉強に専念してもらって(笑)。高校に入ったら、また思う存分将棋の勉強をしてもらいたいです」とそれぞれに我が子の健闘を称えている。

決勝前の両家の様子も見ていたが、どちらの両親も和やかな雰囲気で、子供に対して過度のプレッシャーをかけている様子はまったくなかった。勝っても負けても精一杯戦うことが大事という温かい目線で、静かに子どもを見守っている感じだ。こうした親の心がけが、子供の才能を伸ばすことになるだろう。

堀川くんが優勝者として話を始めたとき、伊東くんは最初うつむいていた。しかし、近くにいたお父さんがそっとうながすと、顔をあげて堀川くんの言葉をしっかりと受け止めていた。そして堀川くんもまた、謙虚な姿勢でインタビューに応じていた。

勝って奢らず、敗れてなおうつむかず。今大会に出場した若き選手たちの前には長く険しい人生が待っているが、この姿勢を忘れぬ限り、彼らの夢はきっとかなうことだろう。

■J:COM杯 〜3月のライオン 子ども将棋大会〜 放送概要 解説:佐藤康光九段/聞き手:鈴木環奈女流二段(初)10月4日 (土)午後8:00〜9:36(再)10月6日 (月)午後2:00〜3:36(再)10月12日(日)午後10:00〜11:36※J:COMテレビでは10月13日17:00〜18:45に放送

(宮本橘)