『いい感じの石ころを拾いに』宮田珠己 (著)/河出書房新社

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綺麗な宝石ではなく、パワーストーンでもなく、鉱石でもなく、いい感じの石ころってなんだろうか。本屋でいい感じの石ころが並んだ写真の表紙の本をしばらく眺め、通り過ぎようとしてもやはり気になり、手に取った。
茹だるように暑い夏に、涼やかな表紙の『いい感じの石ころを拾いに』である。

この本には石を拾う人たちの、石ころに惹かれていく感情や、不意に訪れる熱い情熱や、いったい何をやっているんだろうという葛藤や、その葛藤が吹っ切れた後の爽やかな心持ちなど、心の機微が語られていてシュールな面白さに満ちている。

そして、石ころを拾う人たちの行動力は半端ない。日本にはいい感じの石ころが拾える土地がたくさんあり、著者の宮田珠己さんは青森、北海道、新潟、富山、茨城、静岡、高知、福岡などさまざまな石拾いの旅に行く。
石拾いスポットにはそれぞれ拾える石ころの形、色合い、成分に違いがあり、その土地ごとに石ころ拾いを楽しんでいる人たちがいる。
旅の費用のことを考えると、石ころ拾いに行くためだけにそんなところまで行くのか、と思うのだが、石ころを拾うためだけにそんなところに行く、という雰囲気が良いのだ。

読む前はなんで石ころを拾いに行くの? という疑問を抱いたが、なんだかんだで、意味はそんなにない、というところに惹かれ、私も石拾いにでかけたくなった。

石ころ拾いに行きたいが、一人で黙々と浜で石を拾っている女が居たら通報されるかもしれないと友人に声をかけたところ、現在就職活動中でやや煮詰まっているという友人が乗ってくれた。私は何も思い詰めていないが、彼女は少し思い詰めているかもしれない。石ころがいっぱいあると職場で情報をもらい二宮海岸(神奈川県中郡二宮町)に向かった。

多くの観光客が湘南や江ノ島など混雑した海水浴場へ向かう中、見渡す限りその海岸に居る人間は私たちを含めても10人に満たない。
いい感じの石ころが拾える保障はない、と思っていたのだが、二宮海岸のあまりの石ころの多さに、何から始めれば良いのかわからなくなり混乱した。友人が黙々と石を拾い始めるのを見て、私も慌てて拾い始めたが、私は一体何をやってるんだろうかと思ってから、無心になるまでの心の変化がなかなか気持ちが良い。
一見、白や灰色の石ころばかりに見えるがよく見れば気になる模様が入っていたり、赤と灰色のマーブル感が悩まし気な色合いだったり、ひし形の形が気に入ったり、おっお前、いい感じだな、と手に取る。

いい感じとしか言いようがない。このまったりとした時間に意味を問うのは野暮で、意味を問うことに意味がない。あぁ、こんな時間、久しく持っていなかったと良い気分になった。
波の音を聞き、ときどき晴れた空や海を眺めながらまた石拾いに戻るという贅沢な時間がいとおしいなと思った。

黙々と拾っているとライフガードの方々が来て、海に入るときは波が高いので気をつけるようにとの注意があったが、元気よく海に入ることはない旨を伝えた。私たちは石を拾いにきたのだ。

行きの電車では悩んでいます、という表情だった友人も、帰るころには晴れやかな顔をしていた、ような気がする。きっと彼女に無心の時間が訪れ、石ころ拾いが心になんらかの良い作用をもたらしたのだと、そうだったらいいなと思う。

『いい感じの石ころを拾いに』で石拾いの旅にも同行されており、著者の宮田さんとの掛け合いも楽しい担当編集者の武田さんに本書の出版のきっかけについてお話を伺ってみた。

「宮田さんが、旅先で石ころを拾うのにハマっていることは、著作やツイッタ―等を通して知っていたのですが、石ころ拾いの旅を1冊に出来ないものかと模索されていることを知り、こちらからお声かけしました。以前、中野俊成『巨大仏!!』(河出書房新社)という巨大仏だらけの写真集を弊社で刊行した際、トークイベントのゲストとして宮田さんに登場していただいたことがあり(宮田さんには『晴れた日に巨大仏を見に』という著作があります)、いつぞや大仏のようなどデカい仕事を一緒にできれば、と思っていたら、石ころになりました」

大仏からまさかの石ころになるとは。しかし巨大仏の本も非常に気になる。私のアンテナにビンビン触れる本が新たに現われてその本も要チェックだ、と思った。
また、宝石、パワーストーンなど、数ある石の中でもなんでもない石ころの本ということで、編集されるうえで気を遣われた点について聞いてみた。

「石の世界は、鉱石方面にしても、パワーストーン方面にしても、ちょっと専門的すぎて、あまり初心者を受け付けない気配が漂っています。でも、今回、宮田さんが拾った石はタイトルにもあるように『いい感じの石ころ』ですから、敷居がとにかく低いものです。その『どなたでも気軽に』感をとことん打ち出そう、気軽に拾ってもらおう、という話を当初からしておりました。最初、何を思ったか、拾った石ころを宮田さんの直筆イラストで載せようと思っていたのですが、今から思えば無謀な話でして、本にする段階では出来る限り石ころ写真をカラーで掲載できるように調整しました」

石ころのイラスト集も見てみたいが、描き分けがとても大変そうである。想像してにやりと笑ってしまった。本書は石ころのカラー写真がとても楽しい。石ころってこんなにも美しいのか! と世界が変わるのだ。
最後に、本書を読まれる方にお勧めしたいポイントを伺った。

「これを読めば、明日から元気になれるとか、ビジネスマンとして成長するとか、そういう特効薬はこの本には一切ありません。でも、読んでも何の効果も期待できない本って、とても貴重だと思いますし、とても愛おしく思います。ただただ石ころを拾う、という意味の無さが、本全体に充満しています。その無意味さを、じっくり堪能してくだされば嬉しいです」

武田さんの言葉の通り、この本には特に意味はないが、なんだかいとしい行動や空気感に満ちている。難しいことは考えなくて良いから、自分にしっくりくるいい感じの石を探す旅の本には明日から元気になる効果もちょっとだけあると思う。意味のあること、にお疲れ気味な人におすすめしたい。
(鎌戸あい/boox)