『野原ひろしの名言 『クレヨンしんちゃん』に学ぶ幸せの作り方』大山くまお(著)/双葉社

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人気漫画『クレヨンしんちゃん』といえば、5歳の幼稚園児「しんちゃん」こと、野原しんのすけを中心に巻き起こるドタバタコメディだ。

10年ほど前のこと、私は初めてクレヨンしんちゃんの映画『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』を見たのだが、完全に涙腺をやられた。特に、しんちゃんの父親である野原ひろしの回想シーンには、どうも(見たこともないのに)自分の父親の若かりし頃を重ねてしまうようで、何度見ても泣けてしまう。

映画をきっかけに、コミックスやアニメも見るようになり、基本的にはギャグ路線ではあるが、実は家族愛や夫婦愛が描かれたエピソードも多いことを知った。中心人物であるしんちゃんは、いつも周りの人たちを巻き込んで大騒動にまで発展するが、結果として両親を笑顔にすることが多い。

そんなしんちゃんの父親、野原ひろしといえば、足が臭くて、きれいなお姉さんには鼻の下を伸ばし、仕事後のお風呂が大好きなごく普通のサラリーマンだ。そんなひろしが、「理想的な父親」として見られるようになっているらしい。確かに、ひろしはしんちゃんに振り回されることも多いけれど、子供と一緒にお風呂に入っているときに「幸せってこーゆーことを言うのかな」としみじみしたり、家族との幸せな時間を大切にしている様子がよく見られる。

また、ひろしには名言が多く、インターネット上でも「野原ひろしの名言集」なるものが数多く存在しているようだ。そんな中、『野原ひろしの名言 「クレヨンしんちゃん」に学ぶ幸せの作り方」』という本が出版された。本書は、コミックス・アニメ・映画から野原ひろしの名言を集めたものだが、どのようにして出版に至ったのか。担当編集者の佐藤さんに伺ってみた。

佐藤さん:ベストセラー『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(ソフトバンク新書)の著者である、大山くまおさんの発案です。かつて平凡なお父さんの代表と思われていた、しんのすけの父ちゃん・野原ひろしが、じつはいま、理想の父親として見られているのではないか? そしてそのセリフには、物語の枠を超えた普遍性があるのではないか? という提案でした。大山さんは『クレヨンしんちゃん大全』(双葉社)の著者のひとりであり、作品のファンでもあるので、まさに適任でした。インターネット上では真偽不明の「野原ひろしの名言集」が人気ですが、これを機会に、公式の、きちんとしたものをまとめておきたいという思いもありました。

本書で取り上げられている名言の中で、私のお気に入り名言をいくつか挙げてみよう。

「おまえが生まれてから たいくつはしてねえよ」(コミックスより)
これは、ドライブの帰り道に助手席に座りたいと言ったしんちゃんが、「たいくつはさせないぜ!!」と張り切って言ったときに、ひろしがボソッとつぶやいた言葉である。何気ない一言ではあるが、子育てに対する楽しさや愛情などが感じられるのではないだろうか。

「しんのすけだって、いろんな人に守られて大きくなったんだぞ。父ちゃんもな。」(映画より)
みんなが、ひまわり(妹)のことばかり心配していることに不満をもらしたしんちゃんに、ひろしが伝えた言葉。ちなみに、私は妹ばかりがかわいがられているとヤキモチを焼くしんちゃんに対する、ひろしの優しさが好きなのである。ひろしは、しんちゃんにお兄ちゃんであることを押し付けたりしない。そこがいいのだ。

「しんのすけのいない世界に 未練なんてあるか!?」(映画より)
しんちゃんが戦国時代へタイムスリップしてしまったことを知った、ひろしと妻のみさえ。戦国時代へ息子を探しに行くと決意したひろしが、(現代へ)戻れないかもしれないとちゅうちょするみさえに対して言い放つ名ゼリフだ。取り巻く環境がどうであろうと、家族が一緒でないと意味がない。ここは私の好きなシーンだ。

なお、佐藤さんにもお気に入りの名言を教えていただいた。

「でも オレ 今 家族とたのしくワイワイ笑ったり 時にはケンカしたり このまま ずーっといっしょに 元気で暮らすことが夢といえば夢かな」
「オレ 今 その夢のために いっしょうけんめい働いてるよ けっこう たのしいよ」

佐藤さん:これは原作コミックス44巻のセリフですが、文脈から切り離して読んでも、じわじわと感動がこみあげてきますね。「庶民性の勝利」こそ、『クレヨンしんちゃん』が共感を呼ぶいちばんおおきな理由のひとつだと思うんですが、それを体現したセリフだなと思っています。

もともとは、大人向けに描かれていたクレヨンしんちゃんだが、アニメ化されたことにより、子供たちの中でも大人気アニメとなった。そのため、幅広い層に支持されているわけなのだが、本書を出版後、野原ひろしの名言に心打たれたのは一体どのような層の人たちなのだろう。

佐藤さん:30代から40代の男性を主な読者層に想定していたのですが、ネット上では、高校生、大学生や女性からも「泣けた 」「感動した」というコメントをいただいて、予想外の反響にうれしく思っています。

多くの人が野原ひろしの言葉に胸を打たれるのは、もしかしたら、ひろしのようなことを言ってくれる大人が身近にいないからなのかもしれない。ただ、ひろしは何も特別なことを言っているわけではない。ひろしの言葉はかっこつけたり飾り立てたりしていないから、まっすぐ人の心に刺さるのではないだろうか。野原家はいつも大騒ぎな家族だけれど、いつも幸せそうだし、ひろしは家族を大事に思っているのだなぁと感じる。だからこそ説得力があるのだと思う。

なお、この記事を書いている時点ではあるが、最新映画『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』が絶賛公開中である。

ギックリ腰を治すため、メンズエステの無料体験を受けたひろし。体調も絶好調で帰宅したひろしだったが、なぜかロボットに改造されていて……というストーリーなのだが、ギャグアニメとして子供から大人まで笑えるし、全体を通して家族に対する父親の愛情が描かれている。また、最終的には我が子を思う父親の姿に、涙があふれてしまうのである。本書では、その最新映画からも、いくつかの名言が紹介されている。

すでにクレヨンしんちゃんファンの方も、まだちゃんと同作に触れたことがないという方も、ぜひとも本書を手にして、野原ひろしの言葉から幸せな気持ちを感じていただきたい。
(平野芙美/boox)