『ときめき昆虫学』メレ山メレ子(著)/イースト・ブレス

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「今はゲンゴロウのつがい、ムネアカオオアリ1家族、あとチーズダニをライ麦粉で飼育しています」
現在飼育している虫はいますか、という質問にこう答えてくれたのはメレ山メレ子さん。

自宅やオフィスの窓から虫が飛び込んでくると全力で逃げ回っている私にとっては、虫を飼うという発想自体が大きな驚きだが、なぜゲンゴロウとアリとダニというラインアップなのか。

「ムネアカオオアリはAntRoomというお店の飼育セット『蟻マシーン』で飼っていて、コロニーも2年目なので100匹近くになりそうです。チーズダニは旧東ドイツの村で、ミルベンケーゼというチーズを発酵させるために使われるものです」
100匹とは大所帯! ダニで発酵させるチーズがあるのか!
わずかな時間で二度驚いてしまった。

メレ子さんはもともと旅行記系のブロガーだ。数年前から旅先で見る虫の面白さに目覚め、ブログに虫を登場させていたという。それをきっかけにウェブ文芸誌「マトグロッソ」で執筆するようになり、その文章をまとめた書籍『ときめき昆虫学』が4月に出来上がった。

本書は20章で構成されている。章ごとにテーマとなる虫があり、チョウやホタルなど(私の勝手な印象で)メジャーなものから、ガ、ダニ、カイコなどといったマニアックなものまで幅広く紹介されている。

「本当に虫にときめけるのか? いや無理、きっと無理……」と思いながらページをめくる。タイトルから、図鑑もしくは女性が好みそうなかわいいビジュアル中心の書籍かと思っていたが、しっかりとした取材を元に書かれた体験記だった。

鹿児島県姶良町でくも合戦(コガネグモのクモ相撲)を観戦し、福島県で行われた水生昆虫の調査についていく。国内にとどまらず、ドイツにある、ダニの消化管液によってチーズを発酵させる伝統のある村へも赴いている。これをきっかけにメレ子さんはチーズダニを飼育するようになったのだ。アリやゲンゴロウの飼育の様子も詳細が書かれている。最初は恐る恐るだったが、その実体験の面白さと、情報量の多さにいつの間にか読みふけってしまっていた。

中学生から大人になるまでは疎遠になっていたものの、子供の頃から虫が好きだったというメレ子さんに、その魅力とは何か聞いてみると「生態、色、形、人との関わりなどあらゆる面における多様さです」と答えてくれた。

実はゲンジボタルは飛ぶのがヘタ(にみえる)。ダンゴムシは右→左→右→左と交互に歩いている。カタツムリをブロック塀でよく見かけるのは、コンクリートをかじってカルシウムを摂取しているからなどなど、読めば読むほど発見がある。おっちょこちょいだったり、はかなかったり、愛情深かったりと、漠然と怖かった虫という存在が「意外と面白くて、いいやつじゃん」と身近に感じられてきて、メレ子さんのいう魅力が分かるような気がした。

こんな風にたくさんの虫と出会っているメレ子さんが、一番好きな虫は何か尋ねてみた。
「オオセンチコガネというふん虫が好きです。ふん虫というと『ファーブル昆虫記』のスカラベを思い浮かべますが、オオセンチコガネはふんを転がしません。シカのふんなどを食べていますが金属光沢を持ち、地域によって赤銅色や金緑、瑠璃色などの色彩変異があります」

さらに、これからのレジャーの季節におすすめの虫も伺うと、「身近な虫ではないですが、ウマノオバチというおもしろいハチがいます。樹の幹に産卵管を差しこんでカミキリムシの幼虫に卵を産む寄生蜂で、馬の尾のように長い産卵管を垂らしてヒョロヒョロと林の中を飛びます。6月になれば、宝石のように美しいヤマトタマムシの成虫も出てくると思います」と教えてくれた。興味のある人はぜひぜひ探してみてほしい。

虫以外でも、本書には個性豊かで魅力的な人たちが登場する。
サクランボ農家のヨーコさんは養蜂に使っているマメコバチを“まめこちゃん”と呼んでかわいがり、くも合戦の司会者の名実況と行司さんのプロ意識には感心してしまう。バッタの研究をしているバッタ博士にいたっては、本を読んだだけの私ですら変わった人なのかと思ってしまうほど、バッタへの深い愛情が伝わってくる。

ただかわいい・格好いいと愛でるだけでなく、虫の良さを広めようとしたり、地域活性化に活用したり、ビジネスにしてその利益でもっと虫の研究に役立てたいと考えていたり、彼らの虫との関わり方に感心してしまった。本書内でも“増やすためにせよ減らすためにせよ、生き物と全力で向かい合っている人の言葉には対象への畏敬の念がこもっていて、聞いていてうれしくなってしまう”と書かれている。

「虫も、虫に関わる人たちもそのままで十分面白いので、丁寧に書くだけで魅力は伝わると思いました。虫に限らず、愛好家の世界はどれも深くて広い裾野を持っているはずです。ある分野への好奇心が世界をいくらでも広げ、人生をおかしな方向にねじまげてくれることが、この本を通じて伝わればいいなと思います」

実際に目の当たりにするとまだ怖がってしまうだろうが、本書を読んで漠然とした恐怖感は減ったように思う。
「虫が怖いけれど、できればもうおびえずに暮らしたいから虫を好きになりたい人などに読んでもらって、少しは気を楽にしてもらえたらうれしいです」とメレ子さん。
必要以上におびえたり怖がったりしないためには、まず相手のことを知ることが大切なのかもしれない。

ちなみに、個人的に活用できそうだと思ったのが、セミだ。
道路にひっくり返っていて死んでいると思って近づくと、急に暴れ出すので、それにビビってこちらも逃げ回っている。こういう事態は夏になるとよくあるが、セミリタイア(完全に死んでいるセミ)は6本の足を完全に曲げ、セミファイナル(瀕死状態のセミ)は足を広げているらしい。
足の状態を確認するほどの余裕はないかもしれないが、夏に向けて覚えておこうと心に決めた。
(上村逸美/boox)

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