『ワールドカップがもっと楽しめるサッカー中継の舞台裏』村社淳(著)/KADOKAWA 

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2002年、日韓ワールドカップ。当時高校生だった私は、高校が粋なはからいで開放してくれた視聴覚ホールでのパブリックビューイングのなか、日本代表のゴールに狂喜乱舞していた。
気付けば興奮のまま終わってしまって、帰り道で友人たちと無邪気に口々に言い合った。
「次のワールドカップでは、スタジアムで生観戦したいね」
20代後半となった今もその夢を捨てられずにいながら、2006年のドイツ、2010年の南アフリカと、日本で熱いテレビ観戦をし続けている。

そして2014年、またワールドカップの年がやってきた。
ブラジルに行きたい。ブラジルのスタジアムで生の試合を見たい。
だが、ブラジルはあまりに遠い。お金も時間もなく英語もろくにしゃべられない女が行きたがるには夢のまた夢の世界だ。今回もテレビ観戦になるだろう。そう考えていた矢先、『ワールドカップがもっと楽しめるサッカー中継の舞台裏』という本に出会った。
著者の村社淳さんは、フジテレビのサッカー番組制作に携わり、「ドーハの悲劇」、「ジョホールバルの歓喜」、日本サッカー史上最高視聴率66.1%を記録した2002年日韓ワールドカップ・日本vsロシア戦などの名勝負で、現場から中継指揮をしていた人だ。
この本を読めば、数々の日本代表戦の裏側は、そこもまた日本人たちが世界で戦う戦場なのだと知ることができる。私たちが感動の瞬間をリアルタイムで見ることができるのは、ピッチの裏で、映像を届けようと駆け回っている中継チームのおかげなのだと改めて感じ入った。

読んでいて思うのは、とにかくすごい情報量なのである。テレビで何度も放送されるあの「ドーハの悲劇」のシーン、崩れ落ちる選手たちを映した映像のバリエーションが豊かな理由には泣けたし、あまり語られていない日本単独開催から日韓共催にいたるまでの前日の一幕、容赦なく高騰する放送権料と混とんとしたサッカー・ビジネスの実情、歴史的瞬間やスタジアムの臨場感を捉えるためにグレードアップしていく中継環境、それらを扱う人々たちの力や感情。
ここまで伝えてくれてすごい! と感嘆の一言なのだが、これだけ内容の詰まった本書を制作されるうえで大変なこともあったのではないか、と編集担当の大森さんにお話を伺った。

「苦労という点で言えば、まず、ありのまま書いていただくこと、実際にどんなことが起こっているのかを書ける範囲ですべて書いていただくことでした。差し障りのある方や、現役の選手や監督も多く登場するので、読者にとって面白いと感じる話でも、それによって傷つく方がいてはいけませんので、その線引きは難しかったです。いわゆる暴露本にはしたくなかったので、その原稿が伝えたいことは何なのか、そのために必要なエピソードは何なのかなどは著者とずいぶん話し合いました。そうした観点から残念ながら外したエピソードも多いです」

外したエピソードも気になってしまうが、本書からはサッカー選手や監督、サッカーに携わるすべての人々、そしてテレビの向こう側の人たちに対してとても深い愛情を感じる。生々しい裏話に対しても、大きなまなざしで包み込むようにつづっているような。ふと、選手たちがときに言う「それもサッカー」という言葉を思い出した。

テレビ観戦によって興奮と感動を得られる、ブラジルに向けて日本が盛り上がっているということは、実は人々が過去から現在につないできたとても幸福な出来事だ。私はもうすぐ新たなW杯が始まるということになんだか胸いっぱいな気持ちになった。
そして、大森さんに本書を読まれる方におすすめしたいポイントを聞いてみた。

「当たり前のように見ているサッカー中継が実はいろいろな苦労の上で成り立っていること。彼らも“アウェー”で戦っていること。そして、選手や監督、明石家さんまさんなど、サッカーに関わってきた方々の素顔を垣間見られると思いますので、そんな点をお読みいただければと思います。またブラジルでのワールドカップの中継を見て『あ、この試合中継はきっとこうしてたのだな』とモニターの裏側で奔走する人々のことに、ほんの少しでも思いをはせていただくきっかけになったらこんなにうれしいことはありません」

実は私のひいきにしているJリーグクラブの某監督が本書に出てくるのだが、そうだったのか! と知ることができてうれしいエピソードがいくつもあった。普段は日本代表よりJリーグに注目しているというサポーターにも本書はもちろんオススメだ。
また、大森さんにとって最も印象的な日本代表の試合を聞いてみた。

「男子では2006年ワールドカップの初戦のオーストラリア戦です。仲のいい印刷所の方とスポーツパブで一緒に観戦していたのですが(勇気がなくて一人では見れなかったのかもしれません)、当時“史上最強の代表”と呼ばれていたメンバーで、オーストラリアに最後の9分で大逆転負け。もう試合後のビールの味の苦いこと苦いこと……。女子では2011年ワールドカップの決勝戦です。2000年頃からずっと女子を取材してきていたので、彼女らがドイツの地でワールドカップを掲げたときは泣けました。メンバーの中には高校生時代から取材していた選手もいたので、万感の思いでした」

2006年ドイツ杯の日本vsオーストラリア戦の苦い記憶……先制した日本に同点・逆転ゴールを決めたケーヒル……思い出すたびに悔しさがよみがえる。
そして、記憶に新しい人も多いのではないかと思われる2011年女子W杯の日本vsアメリカの決勝戦。ワンバックの猛攻に澤の反撃、突き放そうとするアメリカに日本が何度も食らいついて延長、PK戦を制したこの試合、私も本当に大好きです! とうなずきながら聞いてしまった。

2014年ブラジルW杯まで、あと少し。歓喜の瞬間が訪れるのか、悔し涙を流すことになるのか、どちらになっても、今までよりも楽しくワールドカップの試合を見ることができそうだ。
(鎌戸あい/boox)