沖縄尚学vs報徳学園
明治神宮大会優勝の沖縄尚学と、近畿大会ベスト4・報徳学園の一戦は、1対0で決着がついた。結果は、沖縄尚学のエース・山城 大智(3年)の完封勝ち。特に3回以降は打たれたヒットがわずか2本で、報徳学園打線が何もできないまま終わった。
このゲームの勝敗に繋がる分岐点は、大きく分けて二つあった。 まずは1回裏、報徳学園の攻撃。沖縄尚学の山城は、「不安定だった」と1番比嘉 翔太(3年)をストレートの四球を与えてしまう。これに危険を感じた沖縄尚学のキャッチャー・伊良部渉太(3年)がタイムを取ってマウンドに走った。「緊張しているのか?と言いました。(実際に山城も)緊張していました」。
2番大畑 幸平(3年)が送り、報徳学園に先制機が訪れる。そして、3番石垣 昭二(3年)が、レフト前へと落とすヒットを放った。しかし、二塁走者の比嘉が外野手のポジショニングの判断を迷って、本塁へは還れず、先制タイムリーとはならなかった。立ち上がりのバタバタが残る沖縄尚学に対し、報徳学園が流れを掴み損ねた瞬間でもある。 とはいえ、一死一、三塁で4番岸田 行倫、5番普久山 拓海(ともに3年)へと続く打順。報徳学園にとっては得点できる可能性は十分に残っていた。
だが、先制打を浴びたと思った沖縄尚学守備陣にとっては、相手のミスに助けてもらったと、割り切ることができた。「4番5番に対しては、強気で攻めて打ち取りたかった。絶対にゼロでという気持ちで、1点も与えたくなかった。去年の経験(※参照記事:2013年選抜 敦賀気比戦)もあったので」とキャッチャーの伊良部。落ち着きはじめたエース山城を強気に引っ張り、岸田をファーストファウルフライ、普久山をセカンドフライに打ち取って、ピンチを脱した。
「初回が痛かった。あそこで1点取れていれば・・・」悔やんだのは報徳学園の永田裕治監督。 4番岸田も、「初回に、良い流れで守備を終えられた。裏に1本打てていれば、どうなるかわからなかった。(山城は)独特のフォームでタイミングが取りにくかったが、4番を任されている以上は、チャンスで打てないとだめ」と自らを責めた。
永田監督はこの攻撃が終わった時、「最後まで響かなければ良いが」と思ったという。やはり、掴みかけた流れを掴み切れずに逃がしてしまった1回裏だった。このリズムのまま次の2回表、沖縄尚学の攻撃が始まった。
報徳学園の先発・中村 誠は、先頭の5番上原 康汰(3年)にヒットを浴びた。続く6番砂川 修(3年)の打席で、キャッチャー・岸田が盗塁を刺すが、その後に中村は砂川に四球を与えてしまった。 そして7番伊良部の打席で、二つ目の勝負の分かれ目が訪れる。フルカウントからキャッチャー後方へのファウルフライが飛んだ。だが、打席の伊良部、キャッチャーの岸田とも、「打った瞬間に分かりました」というアクシデントが起こった。伊良部のバットに、岸田のミットが当たっていたのだ。 「ラッキーだと思いました」と伊良部。岸田は、「ミットを前に出し過ぎていた」とファウルフライを捕球しても、アウトにした気持ちにはなれなかった。 結局、打撃妨害で伊良部が出塁。これを8番山城が送って二、三塁にした後、9番で起用された2年生の中村将己がレフトへタイムリー。最終的にはこれが決勝点になった。
「悔しいです。自分のミス(打撃妨害)で相手に点を与えてしまった」と肩を落とした岸田。キャッチャーになりたての時に、練習試合で一度打撃妨害を犯してしまったことがあるそうだが、公式戦では初めてだった。
ラッキーな出塁をした伊良部も同じキャッチャー。普段から心がけていることを聞くと、「バッターとキャッチャーの距離感が大事」と答えてくれた。 二つの勝負の分岐点後、山城は完全に立ち直り、そのまま最後までゲームが流れた。
さてここからは、このゲーム勝負には直結しなかったが、タイトルにある、『捕手兼投手の難しさ』の本題に入る。 表現をするためにわかりやすい試合だったため、あえて実例で記すが、あくまでも“一つの考え方”であることをまずご理解いただきたい。答えも“一つ”というわけではない。
場面は4回裏、報徳学園の攻撃の時だった。 このイニングは5番の普久山から始まる打順。報徳学園サイドは、先発の中村から、最後は岸田へと繋ぐ継投を戦い方の一つとしていた。つまり4番である岸田はこのイニングでは一番打順が遠いため、必然的にブルペンへと向かって、投球練習を開始した。 攻撃では、普久山が見逃し三振、6番土谷 勇輔(3年)がセンターフライに倒れ、あっという間に二死となった。だが、それを見た後でも岸田の投球練習は続いていた。結局7番福原 雄大(3年)も2球目を打ってレフトフライに倒れ、チェンジとなった。この瞬間、岸田は投球練習をやめ、ブルペンで球を受けていた控えキャッチャーの川端 一寿(3年)が、マウンドの中村の投球練習を受けるため、ダイヤモンド内へと向かう。岸田は、一度ベンチに戻り、ピッチャー用のグラブを置いた後、キャッチャー道具を持ってグラウンド内にいた控え選手たちの元へと向かった。
この一連の流れ、何も問題はないように見えるが、考え方によってはそう見えないことがある。 ポイントは、岸田がチェンジとなってから投球練習をやめて、キャッチャー道具をつけ始めたことだ。この間にマウンドの中村は規定の3球を投げ終え、川端相手の投球練習を延長していた。
キャッチャーが打席で終わったり、走者として攻撃が終わった時などには、投球練習の延長まで行くことがあるが、この場面でキャッチャーの岸田は打者と走者のどちらにも絡んでいなかった。甲子園のブルペンの場所は、相手チームのベンチからでも見ることができる。 ゲームのスピードアップという考えに基づくと、「打者と走者のどちらにも絡まず、投球練習をするという理由だけで、キャッチャーの道具つけに時間を要して良いのか」という意見が出てもおかしくない。高校野球で時折ある臨時代走を、バッテリーが免除されている理由には、キャッチャーの道具つけに要する時間を考えてという側面もある。それだけに、スピードアップ(攻守交代を素早く、全力疾走で)の原則には、いささか反していると取られかねないのだ。 自分達のチームにとってはいつも通りのスタイルであっても、相手チームからはそう受け取られないこともある。さらに勝負という場である以上、「弱点を見つけた」とこの部分を突いてくることもあり得るのだ。
例えば、審判団に指摘をする。そうすれば、審判団は同じことをしてないか注視するかもしれない。となれば、いつも通りの形(リズム)で投球練習することができなくなってしまう恐れがある。 ほんのわずかな流れの変化で、勝敗は変わりかねない。それが勝負というものだ。
では、キャッチャーとリリーフピッチャーを兼ねる選手はどうすれば良いのか。一番考えられることとしては、やはり二死で投球練習を切り上げることだろう。それと、道具つけに間に合いそうになくても、相手に見せるように全力疾走で戻って、キャッチャーの準備を始めれば、相手への印象は違ってくるかもしれない。そして、チームメートの働き(攻撃時間をできるだけ長くする、ブルペンへのアウトカウントの声かけなど)も、重要になってくる。
現在、キャッチャーとリリーフピッチャーを兼ねている選手のみなさん。一度、こんな状況になった時を考えてみてはいかがだろうか。
(文=松倉 雄太)