富山第一高等学校(富山) 昨夏の「第95回全国高校野球選手権記念大会」では、エース・宮本 幸治(3年)を中心にしたチームで、富山県勢としては実に40年ぶりとなる甲子園ベスト8へ進出。

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監督が考え方を変えた3年目の敗戦

富山第一高校野球部 黒田学監督

 昨夏の「第95回全国高校野球選手権記念大会」では、エース・宮本 幸治(3年)を中心にしたチームで、富山県勢としては実に40年ぶりとなる甲子園ベスト8へ進出。準々決勝(2013年08月19日)では、準優勝した延岡学園に惜しくもサヨナラ負けを喫したものの、多くの球児が憧れる大舞台で結果を残した富山第一。 特にここ近年の夏の県予選を振り返ると2009年以降、ベスト4、準優勝、ベスト8、ベスト8、優勝とそうそうたる成績を残している。この好成績を支えているのは、2009年4月に監督に就任した黒田 学監督の存在が大きいと言えるだろう。地元魚津高校から横浜国立大学を経て、富山第一のコーチに就任。5年間、コーチとして選手と接し、現在は監督として選手を率いている。だが、黒田監督によるとこの好成績も、初期と後期では内容は大きく異なるという。

「監督になった頃はとにかくがむしゃらにやるだけ。コーチとして5年間の経験があったとしても、監督としての知識やノウハウがあるわけではないので。『とにかくオレについてこい』みたいな感じで、大きな声をだして、ひたすらにノックを打って。で、就任1年目でベスト4、2年目で準優勝。コーチ時代は最高でもベスト8のチームだったので、今思うと正直私自身が大きな勘違いというか、調子に乗っていた部分があると思うんです。私がやったら勝てるみたいな」

 そんな中、迎えた3年目、黒田監督は大きな壁にぶち当たる。

「3年目の夏はベスト8。成績だけ見るとよくやったって捉えられる成績なんです。でも、春はこれまで負けたことない富山国際大付属に0対10で5回コールド、ノーヒットノーランで負け。夏は準々決勝で砺波工にコールド負け。秋は準決勝で不二越工に負け。不二越工にはその前の地区大会でコールドで勝っている相手だったんです。

 その試合内容が良くなくて、頭にきて、ガンガン説教して翌日の3位決定戦でそれを引きずって砺波工に負けて、北信越大会出場を逃して。その後の1年生大会も滑川にボロ負けしたんです。その時の1年生が、昨夏に甲子園に行った宮本たちの代で、そこそこ力のある生徒がいたにもかかわらず、そんな成績の1年だったから、期待の裏返しで、周りの野次もすごかった(笑)。

屋外フリーバッティングでの黒田監督の指導

 そういう中で、逃げ場を失ったとき私は、自分自身を見つめなおしました。いろんな本を読んだり、いろんな人と会っていろんな考え方を聞いたりしましたね。そしてある結論を導き出したんです。自分の信念を変えるのではなく、同じ結果を目標としても方法は1つじゃない。山頂は1つでも登山道はたくさんあるんだということに気付いたんですね。 前だったら直球だけで生徒に伝えていたのが、同じことを生徒に気付かせるために変化球を使うときもある。そういうテクニックが必要になってくるんだということが分かったんですね。そして一番大事なのは富山第一高校で野球をやりに来て、毎日健気に練習している生徒たちが一番大事なんですね。こいつらを最優先に考えてやらなきゃいけない。就任当初は、『自分はこうなんだ、力があるんだ』という自己顕示がどこかにあったと思うんです。

 でもそんなんどうでもいい、とにかく生徒を最優先にこの子たちのために、何を伝えるかを考えよう。そう考えていくと試合の進め方も変わってきたんです。 前は先頭に立って、ワーと声を出して、言い方悪いですけど生徒を操って勝たせなきゃという意識だったんですけど、僕が一歩下がって、生徒が今どういう状態で、どうやって戦っていくのかなということを一歩下がって客観視できるようになった。当然ミーティングで相手の分析して、対策も伝えますし、サインを出して相手の糸口を見出していくんですけど、意識の中で一歩下がって全体を見られるようになったんです。 そうやって冷静になって客観視すると、いろんな情報が見えてきて、1イニング、3イニング先がどういう展開になっているのかなとよめるようになってくるんですね。あくまでプレーするのは生徒。『生徒たちの野球』を実践していくためにどういう野球を教えて行けばいいか。それを考えて実践していった公式戦(2012年春)で北信越で優勝できたんです。2012年夏は富山商に負けて甲子園には行けなかったんですが、その年の秋から今まで県内の公式戦20連勝へとつながっていくんです。だから私にとってもチームにとっても2011年は大きな転換期でした」。

[page_break:「生徒たちがやる野球」を作るためには]「生徒たちがやる野球」を作るためには

 そんな黒田監督の練習方針は、「選手の自主性を重んじること」。「生徒たちがやる野球」を念頭に置いたときに、監督が全ての指示を出すのではなく、選手たち自身が自ら考え、ゲームで実践できるような練習を提示しているという。

「『自主性』と言うと聞こえがいいですけど、履き違えると指導者の無責任さや放任になり得る。目標設定だけして、そうなるための方法も教えずに選手に任せる。それは無責任だと思います。本当に選手の考えだけで練習ができたら、それは大人のレベル。高校生はそうはいかないんですよ。例えば、試合でエラーして負けたとしても、その後の練習でバッティングをやったりするのが高校生なんです。それを違うということをある程度導きながら、教えていくことが監督の役目だと思うんです。 まず、目標設定をする。それも夢物語にならないように、現実的なことを考え、他の県のチームの戦力を考えた時に、目標ラインを引く。その目標が狙える具体的な根拠を示す。そしてそこに到達するためにはどういう野球をしたらいいのか?私が出すサインだけで、ロボットに操られるのではなく、ゲームの中では自分たちで判断しないといけないんだよということを意識付けることが重要になってくるんです。

室内練習場ティーバッティング

 昨夏甲子園(第95回全国高等学校野球選手権記念大会)で戦った際、ほぼノーサイン。盗塁、エンドランもノーサインだったんです。というのも、僕は盗塁というプレーは物理的には理論上ありえないと思っているんです。 ピッチャーがセットポジションからクイックを使って始動からキャッチャーミットに届くまで1.2秒、プロの一線級で1秒。キャッチャーが捕球してからニ塁ベース上にボールが到達するまで2秒。いいキャッチャーだと1.8秒台を出してくる。そうすると3.2秒で塁間の27メートルを走れる人間がいるかって考えたら、100人いて1人いるかいないか。理論上だとそうなんです。 その不可能なものをどう可能にしていくか。そこにいろいろな要因が加わるんです。例えば、アウトコースよりもインコース、高めよりも低めのほうが、ステップしにくいのでキャッチャーが投げにくい。直球よりも変化球のほうが秒数を稼げる。他にも打者の打席やカウントなどいろんな要因があって、不可能なものを可能にしていく。 そう考えていくと、そういうさまざまな情報って、実は選手の方がより多く得ている。監督がサインを出した後に決まってくる情報なんです。ということは、監督が盗塁しなさいってサインを出したあとに、アウトコース高め、ボール気味に外されたら、これはアウトになるって考えると、盗塁というものは監督がサインを出すものではなく、グラウンドでプレーしている選手が、自分の目で情報を感じ取って分析して瞬時にそれを判断してスタートを切る。そういうもの。監督がロボットのようにサインを出して、それをこなす選手を作るのではなく、選手が自分自身の発想で分析、判断できるような練習をして行かなければいけない。

ウエイトトレーニング

 監督の仕事というのは、普段の練習の中で、そういうさまざまな状況に対して判断できる選手を育成することだと思うんです。監督が動かすんではなくて、選手自身が自分で動ける選手を育成する事こそ監督の仕事だと考えるようになったんですよ」

 新チームのエース石川 達也(2年)も、この黒田監督の教えをしっかりと自分のものにしている。「投球フォームを見た時、それぞれのフォームの欠点を指摘してくれるんですけど、それだけじゃなくて、その欠点から、『ここが弱いから、こういうトレーニングをしたらどうだ』という言い方をしてくれる。それは絶対ではないんです。回数や時間に関しても、僕ら自身に任せてくれる。でも、僕らも自分たちの目標があるから、そこに向けて必死にやるんです。監督は、練習だけじゃない部分でも厳しいですけど」

 取材日に見た投手陣の練習では、1つの器具で自分のトレーニングを終えた選手が次の器具にいくまで、他の選手を厳しく指導していた姿が印象的だった。「勝ちたかったら、自分自身が一生懸命やる。これは当たり前。でも自分自身が一生懸命やっても、他に足を引っ張られたら意味がなくなってしまう。だから自分自身に厳しくなるだけじゃなく、他人にも厳しくしないといけないという話は選手にしています。自分自身だけでなく、ライバルを伸ばす。じゃないとチームは勝てない。あと、うちは練習環境において『日本一の環境作り』を掲げているんです。それが一番のこだわり。 興南高校の我喜屋優監督(関連記事:【監督の本棚】 我喜屋 監督)が『野球というのは第六感の勝負。相手が何を考えてどうしようとしているのかを感じ取って、それに手を打てるかどうか。それが大事』とおっしゃっていたんです。 その第六感を働かせるためには人間に備わった五感が研ぎ澄まされていなければならない。一流の人というのは、五感が研ぎ澄まされているから、同じモノを見て感じても、入ってくる情報量がはるかに多い。だからこそ五感を磨くことが必要なんです。バッグや靴を並べるにしてもミリ単位で揃える。グラウンド整備も細かいところまで目が行き届く。昨日と違うところに気付く力。それだけでなく、感謝する力、謙虚になる力も身につけることができるから掲げています。そういうことが、たとえばキャッチャーの構える位置が変わったとか、打者の立つ位置、守備のポジション取りの変化にも気付く力になるから、試合でも生きてくるんですよ。ゲームの中でさまざまなことに気付くためのトレーニングにことになっていくんですよ」。

[page_break:実戦感覚を養いながら、“人間”を形成していく]実戦感覚を養いながら、“人間”を形成していく

 こうした選手の自主性を重んじ、自分たちで分析し実践できる力を育む練習はどのように行われているのか?それは、1つ1つの練習、トレーニングを実践とかけ離れたものにしない全てをリンクさせた練習で「効率化」をはかっている。「学校教育としての部活動なので、決して一日中野球ができるわけではない。だから限られた時間の中で、ゲームを左右する部分に直結するポイントを、アップやトレーニングと兼ねて行うことが多いですね。技術練習とトレーニングをくっつける。例えばウォーミングアップのダッシュ何本もやるくらいならベースを置いて盗塁練習するとか。 体を動かすために単純に走るんじゃなくて、マウンドに上ったピッチャーの動きを見て、盗塁できるように感覚を研ぎ澄まして、実践の感覚を養う。打者も強い打球を打てるようになるために筋力トレーニングをするんじゃなくて、振る力をつけるためにバットを振る。 ピッチャーも速い球を投げるには、投げ込むしかない。もちろん、最低限の筋力は必要だしそのための筋力トレーニングもやるんですが、あくまで技術練習のサポートでしかないんです。技術を追求していくことによって、それに比例してその土台の部分がついてくると思うんです。

きっちりと揃えられた野球用具

 例えばバッティングで、室内練習場でネットに向かってティーバッティングをしているとどれだけ打球が飛んでいるかわからない。だから冬場でも晴れていれば、グラウンドに出てロングティーを打つ。飛距離というものさしで、ボールにどれだけの力を伝えられているか目に見えてわかるので。そうすることによって、振るための筋力が自然とついてくるんです。だからピッチャーも、よく冬場はノースローで調整するところが多いと思うんですけど、うちは年間通してブルペンに入るんです。投げる力は投げないとつかない。 冬場投げ込んで、フォームが固まって、球速が伸びる。投げない期間を作ると、筋肉が眠ってしまう時期ができてしまう。使ってない筋肉をいきなり使おうとするとケガにつながるのかなとも思う。いかにいろんなことを結びつけていくか。トレーニングと技術練習、メンタル練習。一緒にやっていくんです。

 あとは練習でトスあげしている相手やブルペンで球を受けている捕手が鍵になってくる。パートナーがどういうアドバイスを送るか。チームを強くするにはパートナーが非常に大事なんです。トス1つで、投球を受ける動作1つでチームが強くなるかかかってくる。技術を伸ばす、体力をつける、人間を作る、それをいかにリンクさせてつなげてできるかなんです。それもこれも、選手が高い意識を持って、やらされている練習ではなく、考えて自分で判断して実践して行動していくこと。それが大事なんです」

 野球を通じたこの教えを、監督は社会に出ても役に立てて欲しいと望んでいる。「世の中って二種類に分かれる。お前じゃなきゃいけないって言われるか、お前の代わりはいるよって言われるか。このご時世、必要とされる人間とそうでない人間に区別されるんです。だから富山第一で野球をやっている選手には、言われたことをロボットのようにこなす人間ではなく、『お前の考え方が必要なんだ』って言われる人間になってほしい。必要といわれるということは、人間ができていないといけない。勝つためには人間形成は絶対に必要なんです。野球選手としては、最終的にプロにいってほしいし、大学、社会人で続けていく選手は、もちろん野球以外でも、それぞれのフィールドでここで学んだことを活かしてリーダー的存在になってほしいですね」

 選手自身がゲームの中で考え、分析し、実践していく。そのために練習だけでなく日々の生活、態度から正していく。それも、監督が厳しく管理するのではない状況の中で。一見遠回りのように見えて、じつは一番効率化されたこのメソッドを監督と選手が共有していることこそ、富山第一が強豪たる所以(ゆえん)といえるだろう。富山県内での公式戦の連勝記録、そしてこの春、夏、選手がどんな躍動を見せるのか。今後も楽しみだ。