ボン市の「ソーラーワールド社」本社の屋上に設置された太陽光発電システム。現状は、ドイツも日本のメーカー同様に、激しい価格競争で、もがき苦しんでいる。

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エネルギー政策で、発電コストは、避けて通れない問題だが、日本と同様に原発のコストは“一番安い”とされてきた。しかしながら、「原発コストと他エネルギーのコストを比較する議論ではなく、むしろ9割以上の国民の原発に対する嫌悪感で“反対”と決まったのです」(ドイツ最大の経済紙、ハンデルスブラットのフィン・マイヤー記者)

再生可能エネルギーを推進する立場の民間団体は、エネルギーコストをどのように捉えているのか。

「原子力発電コスト1kWhあたり約1.5円というのが、一応オフィシャルな数字です。ただし、原子力発電所を純粋に稼働しただけの数字で、原発事故に対する保険や予備費、広告宣伝費、環境に及ぼす害など他の要素は全く考慮されていません。私たちは、実際にはもっと高い数字と見積もっています。ちなみに褐炭のそれは、約1.5円、石炭は約4円、天然ガスは約5〜6円、風力発電は約9円です」(ドイツ再生可能エネルギー協会、ハイコ・シュシップナー政治部部長)

ちなみに、日本においては、原発事故が起きる前の政府の見積もりで、1kWhあたりのエネルギーコストは以下のようだった。原子力は5〜6円(事故後は8円)、石炭・天然ガス・火力は、5〜7円、太陽光は、37〜46円。特に原発コストは、国によってさまざまな算出法があるため、“政治的な数字”であるが、各国とも「コストの安さ」を原発建設と普及の錦の旗にしてきた経緯がある。

しかしながら、「3.11」の惨状を目の当たりにした多くのドイツ国民は、コスト論議などを吹き飛ばす勢いで、長年蓄積させてきた強烈な“原発アレルギー”を再び一挙に噴出させたのだ。

またドイツは、幼稚園から初等、中等、高等教育にいたるまで「環境」に関する教育が徹底していて、EU諸国の中でも環境意識の高い国民として知られている。

「すでに幼児期から環境に関する体験授業が数多くあり、環境に対してよいものなら、お金を払う文化です」(00年からドイツに5年駐在した大手商社マン)

よいものには、お金を払うのが当然という文化のため、自然に優しく持続可能な再生可能エネルギーのコストにも理解があるのだ。「供給会社で異なりますが、12年度は1kWhあたり約22〜26円で、そのうち約3.6円が再生可能エネルギーの振興費に充てられます」(シュシップナー氏)

また、現在日本でも議論の対象となっている電力事業者の発電・送電・配電分離(発送電分離)についてもドイツは先進国だ。ドイツでも日本と同様に約10年前までは、電力会社の発電・送電・配電は一体だった。しかしながら、規制緩和の流れを受け、電力会社の地域独占の形態が議論の対象にのぼり、電力の「発送電分離」を決めたのだ。

今では国民が自由に発電事業体、送電事業体を選ぶ仕組みに変わった。

また10年ほど前に制定された「固定価格買い取り制度」がカギを握る。これは電力会社が、他の事業体で発生させた電力についても固定価格で全量の買い取りを義務づける制度で、電力事業者はエネルギー価格の変動を心配せずに投資することができる。このためここ数年でドイツでも多くの独立事業者が育ってきた。

「インターネットのサイトを使って、電力会社の組み合わせを試算することができます。自然環境保全に関心の高い人なら、再生可能エネルギーの割合が高い事業者を選ぶこともできるのです」(ドイツ在住、ボン大学院博士課程の日本人留学生)

このように長年培われた環境意識の高さだけでなく、冷戦時から続く核の恐怖が合致することで、TV・新聞などで報じられた「3.11」が引き金となり、「原発ノー」に帰結したのだ。多くのドイツ国民にとって原発コストの論議より、「原発」は、今となっては一刻も早く消し去りたい「過去の遺産」なのだろう。

さらに、原発コストは現状の想定値よりかなり高いという意見もある。

「私たちは、原発に関するあらゆる費用を含んだ金額、約160円を“原発コスト”と捉えています。これは10年以上前に、原発推進派の保守政権が出した数字です」(シュシップナー氏)

これはあくまでドイツの一例にすぎないかもしれないが、原発は“安いから推進”というロジックは全世界的に通用しなくなっている。そして、日本でも既存の電力会社の形を大きく変える「発送電分離」が現実味を帯びようとしており、12年7月からは「全量買い取り制度」がスタートする。

※文中はすべて円表記に統一(1ユーロ=100円で計算)。

※すべて雑誌掲載当時