“足のシビレ”について考える
Q.筆者さん。あなたは最近、土下座をされたと聞きましたが?
A.はい。土下座をしました。
Q.誰に対して土下座をされたのですか?
A.妻に対してです。
Q.土下座をするに至った原因は?
A.ノーコメント。
Q.その土下座は自発的に? それとも、強要された?
A.ノーコメント。
そんなわけで、脳内でマスコミから取材を受けないと消化できずにストレスとなってしまいそうな土下座を、筆者は最近、妻に対して実施しました。自分の人生において、土下座をする機会があるだなんて。思いも寄りませんでした。これもひとつの人生経験ですよね。願わくばもう……。ね……。土下座……、したくないわけですけど……。
土下座の最中は、もちろん正座である。そして、土下座が終わったからといって、すぐさま正座を解くわけにもいかなかった。妻と相対している間、ずっと正座。まあ、「ずっと」といっても、10〜15分程度だったとは思うが。しかしだんだん、足がシビレてきて……。
アイタタタタタ! と、正座を解いて寝転び、悶絶する筆者。「ちょっと! まだ話し合いが終わってないでしょ!」「いや、待っておくれよ細君。足のシビレが切れてしまったのだよ」「キレてるのは私の方よ!」「いや、まあ、そうですけど……」
足がシビレたことを、“(足の)シビレが切れる”と表現する。しかしコレ、シビレが始まったところなのに、どうして“切れる”と言うのだろうか。まるで、シビレが終わったかのような雰囲気が漂うのだが。以前から気になっていたことである。
今回は、筆者の土下座体験に端を発するカタチで、足のシビレについて考えてみたいと思う。まず、前述の“シビレが切れる”という表現について見ていこう。どうやらここで使われる“切れる”は、“シビレが終わる”ではなく、“シビレない状態が終わる”という意味があるらしい。「ガマンし“切れない”」や、「堪忍袋の緒が“切れた”」と同じような意味合いと考えて良いだろう。
ではなぜ、正座をすると足のシビレが切れるのだろうか。どうやら、正座によって全体重が下肢にのしかかり、そこにある神経や血管が圧迫された結果、シビレが発生するようだ。この理論でいくと、体重が重い人ほど下肢にかかる負担は大きいので、足がシビレやすいということになる。
筆者もスリムだった若い頃や子供の時分には、それほど苦も無く正座ができていたと記憶している。中学生くらいまでは、自宅での食事時に欠かさず正座をしていたほどだ。ところが、(横幅だけ)力士クラスのボディを手にした30代半ばの今となっては、10分程度の正座ですら足がシビレてガマンができないほどである。今後、正座が必須の場面に出くわしたとき、「こんな10分程度の正座ですら間々ならない状態でどうすればいいのかしら」などと不安に駆られる。まあしかし、そんな場面はそうそう無いか。正座が必須の仕事でもあるまいし。
そうなのだ。世の中には、正座が必須の仕事も少なからずある。お坊さん。落語家。能楽師。棋士なんかも、正座の姿勢で指す人が多い。仕事として必要な正座とはいえ、足はシビレないものなのだろうか。足がシビレて、仕事に支障をきたすようでは本末転倒のような気もするのだが。
「日本正座協会」によると、長時間の正座ができるようになるには、正座に慣れておくことが一番だという。普段から仕事で正座をする機会が多いと、必然的に正座に慣れてしまい、シビレることもなくなるのかもしれない。
プロ棋士の矢崎学さんは、著書の「矢崎学の浮いたり沈んだり」に、対局開始後の午前中は足がシビレるものの、対局が深まる夕方以降はシビレることがないと記している。その理由は、「対局に集中するから」らしい。正座が必須である職業の人たちは、正座に慣れていることにプラスして、高い集中力で仕事に当たっているから、足がシビレないのではなく、シビレを意識しなくなるとも考えられよう。
最後に、正座に慣れていない人でも足がシビレにくい、正座のコツを。
少し重心を前にし、かかとを開いて座り、足の親指を少し重ねて座りましょう。さらに、膝頭を少し開いたり、前後左右に体の重心を移動させることでも、シビレにくくなるようです。
(木村吉貴/studio woofoo)
A.はい。土下座をしました。
Q.誰に対して土下座をされたのですか?
A.妻に対してです。
Q.土下座をするに至った原因は?
A.ノーコメント。
Q.その土下座は自発的に? それとも、強要された?
A.ノーコメント。
そんなわけで、脳内でマスコミから取材を受けないと消化できずにストレスとなってしまいそうな土下座を、筆者は最近、妻に対して実施しました。自分の人生において、土下座をする機会があるだなんて。思いも寄りませんでした。これもひとつの人生経験ですよね。願わくばもう……。ね……。土下座……、したくないわけですけど……。
アイタタタタタ! と、正座を解いて寝転び、悶絶する筆者。「ちょっと! まだ話し合いが終わってないでしょ!」「いや、待っておくれよ細君。足のシビレが切れてしまったのだよ」「キレてるのは私の方よ!」「いや、まあ、そうですけど……」
足がシビレたことを、“(足の)シビレが切れる”と表現する。しかしコレ、シビレが始まったところなのに、どうして“切れる”と言うのだろうか。まるで、シビレが終わったかのような雰囲気が漂うのだが。以前から気になっていたことである。
今回は、筆者の土下座体験に端を発するカタチで、足のシビレについて考えてみたいと思う。まず、前述の“シビレが切れる”という表現について見ていこう。どうやらここで使われる“切れる”は、“シビレが終わる”ではなく、“シビレない状態が終わる”という意味があるらしい。「ガマンし“切れない”」や、「堪忍袋の緒が“切れた”」と同じような意味合いと考えて良いだろう。
ではなぜ、正座をすると足のシビレが切れるのだろうか。どうやら、正座によって全体重が下肢にのしかかり、そこにある神経や血管が圧迫された結果、シビレが発生するようだ。この理論でいくと、体重が重い人ほど下肢にかかる負担は大きいので、足がシビレやすいということになる。
筆者もスリムだった若い頃や子供の時分には、それほど苦も無く正座ができていたと記憶している。中学生くらいまでは、自宅での食事時に欠かさず正座をしていたほどだ。ところが、(横幅だけ)力士クラスのボディを手にした30代半ばの今となっては、10分程度の正座ですら足がシビレてガマンができないほどである。今後、正座が必須の場面に出くわしたとき、「こんな10分程度の正座ですら間々ならない状態でどうすればいいのかしら」などと不安に駆られる。まあしかし、そんな場面はそうそう無いか。正座が必須の仕事でもあるまいし。
そうなのだ。世の中には、正座が必須の仕事も少なからずある。お坊さん。落語家。能楽師。棋士なんかも、正座の姿勢で指す人が多い。仕事として必要な正座とはいえ、足はシビレないものなのだろうか。足がシビレて、仕事に支障をきたすようでは本末転倒のような気もするのだが。
「日本正座協会」によると、長時間の正座ができるようになるには、正座に慣れておくことが一番だという。普段から仕事で正座をする機会が多いと、必然的に正座に慣れてしまい、シビレることもなくなるのかもしれない。
プロ棋士の矢崎学さんは、著書の「矢崎学の浮いたり沈んだり」に、対局開始後の午前中は足がシビレるものの、対局が深まる夕方以降はシビレることがないと記している。その理由は、「対局に集中するから」らしい。正座が必須である職業の人たちは、正座に慣れていることにプラスして、高い集中力で仕事に当たっているから、足がシビレないのではなく、シビレを意識しなくなるとも考えられよう。
最後に、正座に慣れていない人でも足がシビレにくい、正座のコツを。
少し重心を前にし、かかとを開いて座り、足の親指を少し重ねて座りましょう。さらに、膝頭を少し開いたり、前後左右に体の重心を移動させることでも、シビレにくくなるようです。
(木村吉貴/studio woofoo)