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 63年ぶりに、学生野球の中心地が動く。東京・渋谷にある通称「名取ビル」こと日本学生野球協会や全日本大学野球連盟、東京六大学野球連盟、全日本女子野球連盟、NPOアオダモ資源育成の会の事務所があす3月25日、神宮球場の近くへ移転する。

 渋谷ヒカリエの向かいにある9階建ての「名取ビル」。この一室で、学生野球にまつわる多くの歴史的な決定やプロ・アマによる意見交換ががなされてきた。

 東京六大学連盟の内藤雅之事務局長によると、かつて信濃町にあった学生野球会館から1963年に移転してきた。

 当時は1階から5階までが山一証券の渋谷支店。6階から上は空室だったという。「その時、山一証券の取締役に立大野球部OBの藤田寛治さんがいらしたんです」。藤田氏から、後に全日本アマチュア野球連盟会長となる長船騏郎氏に話があり、移転先に決まった。「エレベーターガールもいたそうで、当時の最先端をいっていたと聞いています」。

 内藤氏は「僕は大学のマネジャーだった1982年からここに通い始めました。向かいには東急文化会館があってね。渡り廊下があって、雨に濡れずに来られるのが良かった。五島プラネタリウムや映画館もありましたね。長嶋茂雄さんは、『文化理髪室』が行きつけだったそうです」と語る。

 大規模な再開発が進み、周囲には高層ビルが建ち並ぶようになった。名取ビルのある区画もついに再開発の対象に。取り壊しが決まった。内藤氏は「周りがこうなって、やっぱりか…みたいなのはありましたけれど。もう切り替えるしかなかった」。

 一方で「個人的には40年ほど通勤していましたし、野球界では“名取ビル”で通用していましたから。監督やチームスタッフ、選手、卒業したマネジャーまでみんなここに来ていました」。2001年、長船氏が日本代表編成委員長に就任すると、長嶋氏を代表監督に招へい。オールプロで編成された04年アテネ五輪日本代表「長嶋ジャパン」が誕生した。「長嶋さんがここにいらして長船さんと話していたこともありました。王貞治さんも数回来られて、最近もお見えになりました」。プロ・アマ問わず、携わる全ての人が足を運び、意見が交わされてきた、まさに学生野球の中心地だった。

 新居はJOCなどが入る「ジャパン・スポーツ・オリンピック・スクエア」。東京六大学リーグの本拠地・神宮球場の真向かいだ。これまで名取ビルに保管されていた、立大時代の長嶋茂雄さんが当時の通算新記録となる8号本塁打を放ったバットなど記念バットやボールなど多数の「お宝」は野球殿堂博物館や東京六大学リーグの各校に寄贈される予定だ。

 内藤氏は「新しい神宮球場に、できれば記念館のようなものが作られたらうれしいなと。甲子園歴史館は阪神と高校野球にまつわる物が展示されています。東京六大学とヤクルトのものを、多くの方に見ていただけるコーナーができたらいいなと思っています」と2032年完成予定の新神宮球場に期待を寄せる。

 名取ビルと言えば、月間スケジュールが書き込まれた「黒板」が名物だが、これはなんと信濃町時代から使われているもの。「事務所の皆さんと、黒板を持っていきましょうと意見が一致しました。新しい事務所に持って行きます」。昔ながらの縦書きで、右から「1日」を書き込んでいくスタイルの黒板。長い歴史が刻まれてきた「相棒」も、ともに新天地へ行く。

 昨年、東京六大学連盟が結成から100年を迎え、101年目に入ったタイミングでの移転というのも奇遇だ。新たな地で、再び歴史をつないでいく。