日本銀行の建物が「円」の形なのは意図的…ではなかった!建築家・辰野金吾の設計思想が生んだ偶然の産物
辰野金吾が設計
日本銀行の建物は建築家・辰野金吾の設計により、1896(明治29)年に日本橋の近くに完成しました。今回は、この建物をめぐる「ある噂」の真相について説明します。
日本では1882年(明治15年)に日本銀行が設立され、貨幣経済の発展と国家財政の安定化が求められました。
当初は東京・日本橋の仮庁舎で金融業務を開始しましたが、業務拡大に伴い、1896年(明治29年)に辰野金吾の設計によるレンガ造りの本店建物が完成します。
この建物は西洋建築の影響を受けつつ、日本の気候や風土に合わせた設計で、金融の中心地としての役割を果たしました。
現在は日本銀行本店と呼ばれ、外観は威厳のある重厚な石造り、内側は明治時代の建築らしくモダンな煉瓦造りになっています。
現在は旧館となっているこの建物は、国の重要文化財に指定されています。
ちなみに辰野金吾は東京駅舎の設計者としても知られ、敬意をこめて辰野堅固と呼ばれることもありました。
上から見ると「円」?
ところで、この旧・日本銀行の建物が上空から見ると漢字の「円」に似た形状をしていることが、後年になって注目されるようになりました。

日本銀行本店の空撮(Wikipediaより)
「円」の形状が日本銀行の役割である通貨管理を象徴しているように見えることから、設計当時にこの形状が意図的に選ばれたのではないかという噂が囁かれるようになったのです。

通貨「円」は、1871年(明治4年)の新貨条例で日本の公式通貨単位として定められ、国民に広く浸透していました。
そのため、「円」を象徴する形状が意識されたとする見方は、建築や金融に興味を持つ人々の間で話題となりました。
特に、航空写真や上空からの視点が一般的になった近代以降、この形状の特異性がより注目されるようになり、噂が広まったと考えられます。
面白い説ではありますが、しかしこの説は現在は否定されています。
おそらく偶然
まず、1891年当時、日本で使用されていた通貨単位の表記は「円」ではなく、旧字体の「圓」でした。
紙幣や公式文書では「圓」が使用されており、一般的な表記もこの旧字体が主流だったのです。
そのため、もし設計者が通貨単位を象徴しようとしたのであれば、「圓」の字形を意識する可能性が高く、現代の「円」の形状を意図的に反映したとは考えにくいです。
この点から、現在では、建物が「円」に見えるのは偶然の産物であるとする説が有力です。
また、辰野金吾は西洋の建築様式、特に英国のヴィクトリア朝建築やネオ・ルネサンス様式を取り入れつつ、実用性と美観を両立させることを重視していました。

辰野金吾(Wikipediaより)
日本銀行本店の設計では、限られた敷地内で効率的な空間配置を実現する必要があり、結果として円形に近い形状が採用された可能性があります。
これは、意図的な象徴性よりも、敷地の制約や建築上の効率性を優先した結果と考えられます。
さらに、当時は上空からの視点で建物を評価する習慣がほとんどなく、航空写真も一般的ではありませんでした。
このため、設計段階で「上から見て円形に見える」ことを意識する動機は薄かったと推測されます。
参考資料:執筆・監修阿部泉『明日話したくなるお金の歴史』清水書院、2020年
画像:Wikipedia, 日本銀行ホームページ

