「頭書事件につき、原告は、都合により、被告らに対する訴えの全部を取り下げます」(「取下書」(2024年11月8日付け))

「頭書事件につき、被告らは、原告の訴え取下げに同意します」(「同意書」(同日付け))

「原告は、都合により」、詳しい理由は記載されていない。ただ、裁判記録をめくっていくと、松本氏側が自ら終止符を打った理由が見えてきた。

◆松本氏は「女性のLINEアカウント」も文春側に要求

 この裁判は、開始段階から先行きが怪しかったのかもしれない。

 松本氏側が提出した「訴状」には、賠償額について「筆舌に尽くし難い精神的損害を受けたのであるから、原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は5億円を下らない」と書かれていた。しかし、約5億円もの高額を請求しているのに、その内訳は不明のまま。

 松本氏が性加害をしていないということを立証する証拠はなく、週刊文春の該当ページを引用して「原告の名誉を毀損するものであることは明らか」と主張するだけ。松本氏が性加害をしていないことなどを具体的に説明せず、あまりにも歯切れが悪いのだ。

 さらに、松本氏側は「準備書面1」(2024年3月28日付け)で「審理の迅速化」と「記憶喚起」を理由に、記事上で「A子さん」「B子さん」と氏名が伏せられていた被害者とされる女性の氏名だけではなく、「LINEアカウント」や容貌・容姿が分かる写真までも文春側へ要求。文春側を「原告の上記主張は信じ難いものである」と呆れさせていた。

◆暴露系配信者のSNS投稿も証拠として提出

 しまいには、松本氏側が「被告らが異常なほど感情的に反発してきたことに、困惑しているところである」と述べつつ、甲第6号証として暴露系配信者がSNS上にA子さん・B子さんの氏名を特定したと投稿した内容を証拠として提出した。

 ただ、そんな暴露系配信者の真偽不明な投稿を、裁判官が証拠として評価するわけがない。松本氏側もわかっていたはずでは……。当然、個人が特定されるものとして、証拠説明書にも閲覧制限がかかり、黒塗りとなっていた。

文春側の「準備書面」に書かれていたこと

 双方でA子さん・B子さんの氏名などを開示の有無で押し問答が続いていた最中、8月14日の弁論準備期日を前に文春側が動き出した。

 文春側は全19ページに及ぶ「準備書面」(2024年8月7日付け)と、取材メモなど20点の証拠を提出。これまでの押し問答とは異なり、記事内容の「真実性」という、最大の論題へ舵を切ったのだ。

 この書面には、2020年7月の取材から2023年12月の記事掲載まで、取材の経緯や方法などが事細かく記述されている。例えば、2020年7月中旬にとある芸人の不倫記事を読んだA子さんが、知人の弁護士を介して週刊文春へ「ある女性が『○○さん(注:筆者で名前を伏せた)のことが記事になるのであれば、私はもっと酷いことをされた』と話している。その相手は松本人志さんです」と告発したことなど。

 他にも、文春の記者はA子さんに、ホワイトボードに現場見取図を書かせるなどして、実際に現場同様のホテルの一室で実況見分をしていた。取材メモは、まさしく刑事事件の裁判記録のような緻密さ。

 さらには、B子さんの交際相手にも取材をしており、「当時の僕が推察するに、彼女が泣きながら電話をしてきた時点で『これは松ちゃんとの間で何かあったな』と感じた」などの証言を得ている。

文春側は「原告の主張が全くの虚偽である」と主張

 文春側は、A子さんが当時のことについて、参加者が金髪にした松本氏に対して、「芸能人でこれだけ金髪の似合う方はいませんよ」とおべっかを使っていたことを記憶しているなどから、女性らの証言は「具体性、迫真性に富んだもの」と評価。同書面で、「原告は、個別具体的な認否を避け、(略)概括的な否認をするにとどまるが、この原告の主張が全くの虚偽であることは明らかである」と結語した。

 同書面の提出を受け、8月14日の弁論準備期日は取り消しに。改めて、11月11日に指定されたが、松本さん側はその3日前の同月8日に「訴えの取下げ」をした。

 この裁判は、大御所芸能人「松本人志」に文春側や世間が振り回された、不毛な争いだったのかもしれない。“松本人志裁判はなんだったのか”、意味を見出すのには時間がかかりそうだ。

文/学生傍聴人

【学生傍聴人】
2002年生まれ、都内某私立大に在籍中の現役学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。