多くの日本人が意外と知らない「老後にいくらあれば安心なのか」ひとつの答え

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年収は300万円以下、本当に稼ぐべきは月10万円、50代で仕事の意義を見失う、60代管理職はごく少数、70歳男性の就業率は45%――。

10万部突破のベストセラー『ほんとうの定年後』では、多数の統計データや事例から知られざる「定年後の実態」を明らかにしている。

60代の純貯蓄は、平均2000万円、中央値1500万円

図表1-9は、2019年における二人以上世帯の純貯蓄額(貯蓄から負債を引いた額)の平均値と、その内訳を取ったものである。

年齢階層別に貯蓄と負債の推移をみると、一般的な家計では20代から30代に負った借入金を徐々に返済し、高齢期に向けて貯蓄を増やすといった行動をとる。

負債の大半は住宅・土地に関するものである。住宅・土地に関する負債の額は30代の平均値で1337万円。これは住宅を購入していない人や親から贈与を受けた人なども含まれた数値であり、実際に住宅ローンを組んだ人に限れば負債額はさらに大きい額になると考えられる。

負債額は年齢を重ねるごとに縮小していく。40代では1052万円、50代に578万円、60代には190万円まで減少し、定年後にはほとんどの家計が住宅・土地に関する負債を完済することになる。

純貯蓄額は年齢を重ねるごとに増える。

年齢階層別の純貯蓄額の推移をみると、30代で665万円の負債超過であったものが、40代で負債超過の額は48万円と貯蓄と負債がほぼ均衡、その後は50代で1052万円、60代に2080万円まで純貯蓄が増える。

家計調査においては、住宅資産を貯蓄として計上していないが、当然、住宅資産も売却すれば一定の価値を生むことになる。このデータには計上されていないが、これとは別に長期にわたる住宅ローンの支払いも家計の資産構築に寄与していることになる。

貯蓄の内訳をみていくと、60代では出し入れ自由な「通貨性預貯金」(582万円)と預け入れ期間に定めのある「定期性預貯金」(882万円)で約6割、家計の資産には流動性の高いものが多く含まれている。

それに加えて、生命保険などが495万円、有価証券が345万円という構成となる。

金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」では、家計の資産の状況をより詳細に捕捉しているが、2020年度の調査において、60代の金融資産の平均額は2154万円、中央値は1465万円と、概ね家計調査と整合的な結果となっている。

なお、貯蓄の額については、一部の資産家の数値が平均値を大きく引き上げる傾向があるため、平均値と中央値には大きな乖離が生じる。平均的な60代の家計が有する資産は、中央値の1500万円程度だと考えられる。

金融広報中央委員会の調査から60代の金融資産の平均額の内訳をより詳しくみていくと、定期性預貯金を含む預貯金が1184万円で、そのほかの金融資産については金額の多い項目順に、生命保険(353万円)、株式(178万円)、個人年金保険(165万円)、投資信託(118万円)となる。

近年、中央銀行による大規模金融緩和などによって資産価格が高止まりしているが、一部の富裕層を除く平均的な家計では、株式や投資信託など資産価格の変動に直接の影響を受ける金融資産は少ない。預貯金などを通じた慎重な運用を心掛けていることがうかがえる。

資産形成に満足できるまで、人は働き続ける

先の数値は、一時点における各世代の貯蓄額の平均値である。これがすなわち各家計の生涯を通じた貯蓄の増減を表しているとは限らない。特に資産の多寡は生涯の給与の積み重ねでもある。

このため、現在の高齢世代と現役世代の世代間の違いを無視することはできない。現在70代以上の世代はバブル経済を経験した世代でもあるから、そもそもとしてその下の世代より裕福な傾向があるとも考えられる。

年齢による効果と世代による効果の違いを検証するため、60代世帯の長期的な純貯蓄額の分布の変化を取ったものが図表1-10である。

貯蓄額の分布は長期的に驚くほど安定している。60代の上位20%世帯の純貯蓄額は3000万円台半ばである。上位40%世帯は2000万円、下位40%世帯が1000万円、下位20%世帯が300万円程度の額となっており、いずれの年度においても、純貯蓄額はほぼ一定で推移している。

ここ数十年で、退職金の減少や中高年の賃金水準の低迷、年金の支給開始年齢の引き上げなど家計にとっては厳しい状況が続いている。にもかかわらず、多くの人の高齢期の資産水準はそれほど変わっていない。

これは、近年急速に進んでいる女性の労働市場への進出や高齢期の労働参加によって家計収入を増やし、年金の受給開始年齢の引き上げなどの負の影響を相殺しているからだと考えられる。

逆に言えば、経済状況が厳しくなれば、個々の家計は資産を維持するためにも働ける限りは働くという選択をするのである。家計経済と就業の意思決定は密接に関わりあっていて、近年の家計経済の変化が生涯現役の流れを形成しているものと考えられるのである。

こうしたなかで、世の中の多くの人が関心を持つのは、一体どの程度の資産を持てば高齢期に安心した暮らしができるかということである。

図表1-5で示した無職世帯の家計収支の差額をみる限り、70歳以降で見ると、70代前半で5.0万円の赤字、70代後半で3.3万円の赤字であり、たとえば90歳で死亡すると仮定したとしても、累計の赤字額はそこまで大きくはならない。

当然、高齢期の生活は人によって大きなばらつきがある。比較的早期に亡くなる人もいれば、高齢期に大きな病気にかかり要介護状態となってしまうことで、施設への長期にわたる入所が必須となる場合もある。こうした様々なリスクすべてに完全に対応することは現実的には不可能である。

しかし、高齢期に臨時的に必要となる支出も踏まえ、70歳を超える程度まで無理なく働いて残りの20年程度を働かずに過ごすと想定したときには、平均的な年金給付額に概ね1000万円程度の貯蓄があれば、統計上は現在の高齢世帯が送る平均的な暮らしが実現できると考えられる。

もちろん、60代時点で数千万円の貯蓄を有している人も少なくない。多額の資産があれば、老後の支出も高い水準を維持することができる。ただ、資産額が多い人は特に、死亡するまでにその貯蓄の全額を使い切れているかといえばおそらくそうではないのではないか。

先の図表にもある通り、70代以上世帯の貯蓄額は60代世帯の貯蓄額とあまり変わらない。統計データでみると、現実的には高齢期にはそこまで貯蓄は急激に減ってはいかないのだと推察される。最終的に各世帯が死亡時にどのくらいの資産を残しているのかについて信頼できる統計データは少ないが、多くの世帯がそれなりの資産を残して人生を終えるのだと考えられる。

こうしたデータから定年後の就労に関する行動メカニズムを推察すると、まず貯蓄に関する実際の基準は人によって様々なのだと考えられる。

リスク回避的な人、もともとの消費水準が高くて老後の消費水準も高いレベルを期待する人などは、老後に備えて多額の貯蓄を形成したいと考えるだろう。逆に、リスク愛好的な人、消費水準がそこまで高くない人などは、ある程度のレベルの貯蓄額で満足をする。

結果的には、個々の基準に即して、自身が十分に安心できる貯蓄水準に到達してから引退するという形で、高齢期の就労の意思決定がなされているのだと考えられる。

本来は「老後は2000万円の貯蓄が必要だ」などと言うことができればそれが最もわかりやすいが、厳密にいえば消費水準は人によって大きく異なり、貯蓄がこれだけあれば必ず大丈夫だという基準があるものではない。

実際の個人の行動をみていると、個々人の事情に応じて、これだけは貯めておきたいと考える漠然とした貯蓄水準があって、そこまでは働き続けるという考え方が実態に近い。

高齢期の就業率は近年大幅に上昇しているが、これは寿命の延伸や賃金、退職金、年金など個々人の経済環境が厳しくなっていくなかで、高齢期の資産形成のために定年後も長く働き続ける人が増加したのだと解釈することができるのである。

つづく「多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体」では、失われた30年を経て日本経済はどう激変したのか、人手不足が何をもたらしているのか、深く掘り下げる。

多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体