『シビル・ウォー』は、インディペンデント系の外国映画として7年ぶりに日本初登場1位を獲得©Courtesy of A24

洋画離れと言われて久しい日本の映画界に、驚きのニュースが訪れた。アレックス・ガーランド監督、キルステン・ダンスト主演の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が、首位デビューを果たしたのだ。

ハリウッドのメジャー娯楽大作ではない、インディペンデント系の外国映画が日本で初登場1位を獲得するのは、『ラ・ラ・ランド』(日本公開2017年2月)以来、なんと7年ぶり。そんな快挙を成し遂げたこの映画を制作したのは、近年、日本でも映画ファンの人気を集めているA24だ。

『シビル・ウォー』は、今年4月に公開された北米でも、A24の12年の歴史で最高のオープニング成績を達成している。トータルの北米興収、これまでの全世界興収は、いずれもアカデミー賞の作品賞を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022)に次いでA24の歴史で2位だ。

大人向け作品で映画館に客を呼び込む

配信の台頭、パンデミックの影響で、映画館ビジネスが苦戦していることを考えれば、なおさらすごいこと。メジャースタジオがスーパーヒーロー映画など大きく投資して大きく稼げる作品および、続編、シリーズものなど、知名度があってリスクの少ない作品に力が入れられる近年、大人向きの作品は配信に流れる傾向にある。だが、A24は、そういった作品を映画館で上映し、しっかりと観客を呼び込んでいるのだ。

『シビル・ウォー』の成功について、創業時から在籍する重役のひとり(注:A24は、社員がインタビューを受ける場合、名前を出さないことを方針としている。広報担当者にオンラインでの取材を取り次いでもらう際、筆者もその条件を提示された)は、「わが社にとってすばらしいマイルストーン。私たちが長いこと仕事をしてきて、これからも組んでいくアレックス(・ガーランド)と一緒に達成できて、とても嬉しい。みんなにとって素敵な出来事でした」と喜びを語る。


『シビル・ウォー』の主演を務めるキルステン・ダンスト©Murray Close/A24

ガーランドは現在、A24のもとで制作する新たな映画を撮影中。A24が北米配給を手がけた『エクス・マキナ』(2015)で初めて組み、『MEN 同じ顔の男たち』(2022)、『シビル・ウォー』をA24で制作、北米配給したガーランドは、同社と10年近いつきあいになる。

「A24は、監督、プロデューサーを信頼し、その人たちがビジョンを達成できるよう、支えてくれます。それは映画に限らず、彼らがリリースするコンテンツのすべてに見て取れます。私は彼らとすばらしい関係を築いてきました。彼らの協力的なアプローチに、私は感謝してやみません」と、ガーランドはメールにてコメントをくれた。

ほかに、A24は、『ヘレディタリー/継承』(2018)、『ミッドサマー』(2019)のアリ・アスター、『グッド・タイム』(2017)、『アンカット・ダイヤモンド』(2019)のジョシュ&ベニー・サフディ兄弟、『ウィッチ』(2015)、『ライトハウス』(2019)のロバート・エガース、『スイス・アーミー・マン』(2016)、『エブリシング・エブリウェア』のダニエル・クワン&ダニエル・シャイナートなどとも、すばらしい関係を築いてきている。


アカデミー賞の作品賞を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』©Allyson Riggs/A24

アジア系作品も積極的に手がける

世間の風潮にプレッシャーをかけられるまでもなく、ごく自然に多様なフィルムメーカーによる多様なストーリーを語ってきたのも、同社の特徴だ。

北米の配給会社として始まった彼らが初めて制作に乗り出し、オスカー作品賞を受賞した『ムーンライト』(2016)は、黒人の同性愛者の物語。ハリウッドでは長年、黒人よりさらに存在感が薄かったアジア系の話も、『フェアウェル』(2019)、『ミナリ』(2020)、『エブリシング・エブリウェア』、『パスト ライブス/再会』(2023)などで語ってきた。

やはりアジア系キャストが中心のNetflixのシリーズ『BEEF/ビーフ〜逆上〜』(2003)、西島秀俊、國村隼、ジュディ・オングらが出演し、日本で全ロケをしたApple TV+の『サニー』(2024)も、A24の制作だ。

『サニー』のショーランナー兼脚本家のケイティ・ロビンスは、パンデミック中の日本でロケを実現できたことについて、「それが作品のためにいかに重要かをA24が理解してくれ、私たちのためにがんばってくれたおかげ。本当にありがたいです」と感謝を示す。


西島秀俊が出演する『サニー』©Apple TV+

語られてこなかった人にスポットを当てる

一方、前出の重役は、「今までに語られていない話を語りたい。それらの話は、たまたま、多様な人たちのものであることが多い。その人たちは、自分の声を聞いてもらうチャンスを与えられませんでした。これからも私たちはその姿勢を貫いていきます」と、決意を示す。

そんなA24の作品は、これから日本の映画ファンにとってますます身近になっていきそうだ。昨年、ハピネットファントム・スタジオ(HPS)が、A24の映画を日本で独占配給する契約を結んだのである。

過去には違った配給会社が作品ごとに買い付けていたため、特定の作品が果たして日本公開されるのか、すぐにはわからなかった。ただし、この契約の前に別の会社が日本の権利を買い付けていた作品もあるため、この後もしばらくは別の配給会社が日本公開をするケースもある。

HPSの代表取締役、小西啓介氏は、北米の配給会社としてA24に早くから注目をしていた。初めて取引をしたのは、2016年のトロント国際映画祭で『ムーンライト』を見て感激し、国際部の担当者をニューヨークにあるA24のオフィスに送り込んで日本の配給権を買い付けた時だ。

その後も『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』などA24の作品を買い付けるうちに、求める作品の方向性、フィルムメーカーを大切にする姿勢などが自分たちと共通すると感じ、包括的な契約をできないかと話を持ちかけた。

「『エブリシング・エブリウェア』でオスカー作品賞を取るなど、勢いに乗っているところでしたし、世界での市場にどう挑むかということについても彼らは考えていたところだったと思います。会社のブランドもマーケティングし、それをまた個々の作品の宣伝にフィードバックするうえで、ひとつの会社にまとめて配給してもらうほうがよいとも思ったのでしょう。作品のテイストもですが、そのあたりでも思いが一致しました」(小西氏)

前出のA24重役も、このパートナーシップに満足だ。「HPSはとてもセンスがよいですし、話していても、いつもよい質問をしてきます。それに、私たちのフィルムメーカーをとても大切に扱ってくれる。これまでも息が合っていた彼らともっと密に仕事をしていけることを、嬉しく思います」。

さらに、小西氏は、このパートナーシップは一方通行ではないという。
「日本の映画を海外で配給してもらう、あるいは日本のクリエイターの作品をA24と共同で企画開発していくというのも、このパートナーシップの狙いです。A24のノウハウ、クリエイティビティを借りて、日本のコンテンツを送り出していきたいと思っています」(小西氏)。

日本ロケの作品もこれから登場

これから公開されるA24の映画には、日本が出てくるものもある。ベニー・サフディ監督、ドウェイン・ジョンソン主演の『The Smashing Machine』は日本でロケを行い、すでに撮影が終了した。

ジョシュ・サフディ監督、ティモシー・シャラメ主演の『Marty Supreme』のチームも、もうすぐ撮影のために日本に向かう。A24お抱えの監督である彼らの作品で馴染みのある風景を見られるとは、実に興味深い。

ほかには、黒澤明の『天国と地獄』を、スパイク・リー監督、デンゼル・ワシントン主演、ニューヨークを舞台にリメイクする『High and Low』も控える。これらの作品は、日本の観客の洋画への興味を刺激するだろうか。

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)