子宮頸がん予防「HPVワクチン」接種した男性医師が改めて伝える「命を守る」こと
「発症後に、HPVワクチンの接触的推奨の話が出て、うらやましかったです。子宮頸がんを予防できるのだと……」
「子宮頸がん検診の説明には、検診を受けていれば大丈夫というようなことが書いてあります。でも、予防と検診の違いを理解した方がいいと思う。子宮頸がんを予防できるのはワクチン、検診はがんの早期発見です」と強く話すのは、12年前に子宮頸がんを罹患し、現在再々再発の闘病の中、子宮頸がんに関して医療従事者とともにYouTubeなどで情報配信を続けている女優の古村比呂さんだ。
古村さんは、10月3日、エムスリー総研が主催の子宮頸がんワクチンに関するメディアセミナーに、医師でみんパピ!副代表の木下喬弘さんらとともに、参加した。
「日本のHPVワクチン接種率は少しずつ回復していますが、世界に比べるとまだまだ圧倒的に少ない状況です。特に、懸念されているのが、ワクチンの積極的推奨が差し控えになった世代です。国も打ち逃した世代が打てるように『キャッチアップ接種』を開始しましたが、接種率が上昇しない状況が続いています。このままだと、約320万もの女性が子宮頸がんのリスクにさらされてしまうと考えられいます」と木下さんは話す。
FRaUwebでは、HPVワクチン、子宮頸がんに関する記事を今までにも数多く発信してきた。過去に、木下さんに日本の接種率低下の問題、男性接種について取材をさせていただいたこともある。そこで、2020年7月に配信した木下さん取材の過去の記事に今回のセミナーの新しい情報を加筆し、改編した記事を改めてお伝えする。
「僕も接種しました」書き込みが大反響
「9価のHPVワクチン(子宮頸がんワクチン)を接種してきました。34歳の既婚男性ですが、夫婦間でピンポン感染を繰り返す場合もあるとのこと。男子に接種することで、中咽頭がんや肛門がんなども予防する可能性があります」
2020年1月にこうポストしたのは、フォロワー数14.4万人(記事配信2020年1月当時9.3万人)「手を洗う救急医Taka(@mph_for_doctors)」さんこと、現在MeDiCU (メディキュー) founder & CEOの木下喬弘さんだ。これに対して質問や共感の声が続々と寄せられた。
●息子にも接種した方がいいでしょうか?
●40代既婚男性です。既婚者にはどのくらい接種が勧められますか。妻の年齢は考慮すべきですか?
●海外に住んでいたときに4価を打ちました。今は9価があるんですね。
●男子も公費対象になって、9価が承認されることを期待しています。
●私も打ちたかった。来世は打ちたいです。これを読んだ方が私のような思いをなさらずにすむよう、ワクチンが広まりますように(子宮頸癌異形成の女性)
●34歳独身男性ですがお財布と相談して接種しようかと思います。
●中2の娘はロンドンの学校で無料接種しました。クラスの子はほぼ打っていました。
ほかにも、木下さんのポストをきっかけに「(HPVワクチンへの偏見があったが)有用なワクチンだとの認識に変わった」「市のホームページを見て初めて、このワクチンが公費対象だと知った」などの声が上がっている。
HPVワクチンは、子宮頸がんをはじめ、肛門がん、中咽頭がん、膣がんなどのがんや尖圭コンジローマなど、HPV(ヒトパピローマウイルス)によって引き起こされる病気を予防するワクチンのこと。
HPVワクチンには2価、4価、9価があり、9価は9種類のHPVウイルス感染を防ぐ。日本では2価、4価、9価が小学6年生から高校1年生の女子対象の定期接種という位置付けだ(2024年10月4日現在)。
性交渉経験があってもワクチン接種に意味がある
木下さんはなぜ、HPVワクチンを打ったのか? その理由を聞いてみると……、
「中にはワクチン接種に不安を覚える人もいるので、まずは、皆さんに安心してもらえたらと思っての行動でした。男性の場合は、HPVワクチンを打つことで中咽頭がんや肛門がんなどを予防する可能性があります。米国ではすでに子宮頸がんよりも、中咽頭がんの方がHPV関連がんとして死者数患者数が多くなっており、これを(ワクチン接種により)減らすことも社会常識になりつつあります」との答えだった。
また、すでに性交渉経験がある人にもHPVワクチン接種の意味はあるという。
「HPVというと一つのウイルスのように聞こえますが、実際には200種類以上の型があることがわかっています。その中で、子宮頸がんの原因になるウイルスを『ハイリスクHPV』と言います。代表的なハイリスクHPVには、16型、18型などがあります。
現在日本で接種されている HPV ワクチンは、『9価 HPV ワクチン』といって、9種類の HPV の感染を防ぐワクチンです。既に性交渉経験があり、16型に感染したことがあったとしても、18型や33型といった他の型の感染は防ぐことができるのです。9種類の HPV の全部に感染している人はほぼ存在しないので、性交渉経験があってもワクチンを接種することに意味があるんです。
とはいえ、大大大原則として、HPVワクチンは、感染する前に打つことで、ウイルスを持っている人と性交渉したときに感染を防げるというワクチンです。よって本来は、若年のうちに打つべきものです。私が接種したことは、効果の不確かな既婚者への接種を強く勧めるものではありません」
木下さんは、医学部卒業後、救命救急医療に関わり、2019年からハーバード公衆衛生大学院に留学した。HPVワクチンの普及活動で、2020年度ハーバード公衆衛生大学院卒業賞"Gareth M. Green Award"を受賞している。ワクチンはアメリカで接種した。
「アメリカでは、ワクチン接種は、健康に必要な行為として医療保険に組み込まれているので無料でした。保険料自体は高額ですが」
HPVワクチンは、アメリカでは26歳まで接種が推奨されていて、27〜45歳までは本人の希望やドクターとの相談によって打つことが認められているそうだ。
中咽頭がん、肛門がん、男性も起こるHPV由来の疾患
もう1つ、このツイートで木下さんが伝えたかったのは、HPVワクチンについて誤解が生まれ、それがいつまでも解消されていないことだ。
「子宮頸がんは若い世代の女性に多いがんなので、ワクチンを打つことでいちばんメリットがあるのは女性なのです。だからこそ女子に優先的に公費接種が行われています。海外では、男性にもメリットはあるが、女性の分がなくなるといけないからまずは女性に接種させるように言われてもいます。
それなのに日本では『なぜ女性にばかりリスクを負わせるのか』という、本筋とは真逆の対立構造に発展し、メリットが正しく伝えられなくなっています。その状況を変えるためにも、男女ともに打つべきであるということをしっかり伝えていくことが重要だと思いました。HPVワクチンは、一度接種すれば、効果はほぼ一生といわれているほど、子宮頸がん予防に有益なワクチンであることは間違いありません。かつ、男性にもメリットがあることも確実です」
そう説明すると木下さんは、米国の例を紹介してくれた。男性でもかなりの数の人たちが、HPVが原因でなり得るがんにかかっていた。
【男女におけるHPVワクチン関連癌の年間罹患者数(米国データ/年間)】によると
中咽頭がんは 男性7200人に対して女性1800人
子宮頸がんは 男性0人に対して女性1万400人
そのほか、肛門がん、陰茎がん、外陰部がん、腟がんなどを足していくとトータルで、年間9300人の男性と1万7600人の女性が、HPVワクチン関連がんにかかっている。
「男子にもHPVワクチン接種ができれば、これほどの数のがんをほぼほぼ予防できるということになります。また、より多くの人がワクチン接種を受ければ、集団免疫がついたという状況になり、関連する病気の撲滅も視野に入るのです。ただ。効果がわかるのは、がんの好発年齢になってから。10代で打ったとして、数十年後ということになります」
女性のHPV関連のがんの割合をみると、腟がん、中咽頭がんは60代ぐらいで増えてくるのに対して、子宮頸がんは20歳から増えてきて40-49歳がピーク。若い世代に発症するがんであると考えると、「先に女性に打ちましょう」ということは、公衆衛生の観点から理にかなっている。
70%の接種率が一気に低下した日本
日本では、2013年からの積極的勧奨の差し控えによって、約70%あった接種率が0.6%にまで激減した。現状はやや回復しているが、他国に比べると圧倒的に接種率が低く、日本のHPVワクチン忌避はWHO(世界保健機関)から批判されることもあった。木下先生によると、このような国は日本だけ。むしろ「日本はなぜそんなにワクチン忌避になったのか」と、世界中のHPVワクチン研究者がこぞってその理由を知りたがっているという。
接種率が低下したのは、本当に日本だけの現象なのだろうか?
「マスメディアがセンセーショナルに副反応を取り上げ、接種率が大幅に低下した国はいくつかあります。しかし、副反応の原因が必ずしもHPVワクチンと言えないことやリスクの低さから、一時的な低下で済んでいる国がほとんど。世界の中でも日本は、ワクチン史上に残る最低の接種率が続いています。それが他国と決定的に違うところです」
【副反応報道により接種率が低下した国々】
●日本 接種率70%程度から1%未満まで低下(2017年)
●フランス 接種率30〜40%から19%に(2016年)
●デンマーク 接種率80〜90%から36%に(2017年)
●アイルランド 接種率80〜90%から50%に(2016/2017年)
このうちデンマークとアイルランドはその後、V字回復し、現在はほぼ元どおりの接種になっている。フランスもWHOの2021年のデータによると、37%まで回復している。
なぜ日本では、回復しないのか。日本人は、他国と比べてヘルスリテラシーが低いということなのだろうか? 木下さんは次のように考えている。
「最初の副反応報道については、決定的に悪いとは思っていません。ワクチンの疑惑を伝える報道はどの国でも多少はあって、日本特有の現象ではないし、実際あったことを報じることも大切だからです。リスクが0のワクチンはどこにもありません。でもワクチンに対して懐疑的に思う比率は、医療が発展しているか否か、それによって感染症のリスクが身近であるかないかも深く関係しています」
【ワクチンに懐疑的という人の割合】
世界平均は13%
・懐疑的な人が多い国
フランス(45.2%)、ボスニアヘルツェゴビナ(38.3%)、日本(31.0%)
・懐疑的な人が少ない国
バングラデシュ(0.2%)、サウジアラビア(1.2%)、アルゼンチン(1.3%)
出典(EBioMedicine 12 (2016) 295-301)
「感染症が身近にある国では、打たないことへの恐怖が自分ごととして実感できる。逆にワクチンへのアクセスがよい国の方が、逆説的にワクチンへの信頼性が低いという結果になっています。先進国の人たちは、感染症を過去の病気だと思っているかもしれませんが、実際に、日本で子宮頸がんで亡くなる方は年間2800人もいます。1日8人もの女性が亡くなっている計算です。今そこにあるリスクなのです」(木下さん)
WHOから名指しで接種の低さを指摘された日本
キーポイントは、公的機関が接種勧奨を止めたかどうか。
「HPVワクチンの積極的勧奨を止めたのは、唯一、日本だけでした。現在は再開し、さらに、積極的推奨が止まった時期に接種を逃してしまった世代(誕生日が1997年4月2日〜2008年4月1日)の『キャッチアップ接種』も期限が迫っていますが行われています。
接種率は少しずつ戻ってきている現状で、17〜27歳の全体で接種率は49.5%です。ですが、この接種率には年齢でばらつきがあることがわかりました。積極的接種勧奨で2013年4月から6月までの間に接種していた可能性のある25〜27歳は84.1%と接種率が高いのですが、積極的接種推奨が差し控えられていた時期に接種対象だった17〜24歳では35.0%に留まっています。中でも、20〜24歳での接種率の低さが目立っていて、国が救済策として打ち出した『キャッチアップ接種』も約320万人もの接種対象の女性が打ち逃していることがJAMDAS(日本臨床実態調査)の調査によりわかりました。
日本のこう言ったHPVワクチン接種の低下に対して、ワクチン忌避研究の専門家でロンドン大学衛生熱帯医学大学院のハイディ・ラーソンさんは、論文で『メディアで報じられた時点で、科学的データを持ちうる機関である厚生労働省がすぐに反論すべきだった。メディア報道に加えて、国が公でお墨付きを与えてしまったのが接種率の低下に強く影響した』(Clin Infect Dis 64 (2017) 533-534)と書いています。私も同意見で、それが決定打となっていると思います」
厚生労働省の調査(2018年)によると、HPVワクチン接種を差し控えた理由について、7割ぐらいの方が、有効性についてもワクチンの副反応についても、「よく知らない」と回答した結果が出ている。接種対象が12歳〜15歳であることを考えると、回答したのは親であることが多いだろう。
つまり、内容はよく知らずとも、無料の定期接種を保証していてもお知らせが来ないから、推奨されてない、定期接種ではないと思われていることが理由の大部分を占めているといえる。その点が、公衆衛生の専門家として、木下さんはとても悔しいのだ。
「日本でHPVワクチンの接種率が極端に低下していることは、公衆衛生の世界の大きな課題です。WHOはなんども警告を出していますし、当時この問題に取り組んだ学生の私にハーバードの卒業賞が送られるほど、深刻な問題であることを、多くの方に知って欲しいと思っています。
しかもほとんどの方は、よく知らないから打っていない。でも定期接種なので、推奨されるワクチンであることに変わりはありません。過去の内閣府答弁でも、『厚労省の勧告には法的拘束力はない』『HPVワクチンは定期接種のものである』とされています」
女子も男子も打つのが理想
HPVワクチンができて18年が経つ。その後の研究では、接種してできた抗体が下がっていないという報告(Clin Infect Dis 66 (2018) 339-345)があがってきているそうだ。
「つまり、終生免疫がつく可能性もある優秀なワクチンなのです。公衆衛生の視点から言えば、理想は男性も打つべきです。
現在、厚生労働省も男性がワクチンを接種することで、中咽頭がん、肛門がん、尖圭コンジローマなどのHPV感染予防が期待できる、としています。市区町村によって、助成にばらつきがありますが、一部自治体では、男性のワクチン接種も女性同様に無料で行っているところも出てきました。東京都は2024年度から男性接種自治体助成を開始しています(開始は市区町村で異なる)。ほかの自治体でも男性の無料接種も広がってほしいですが、現状自費であったとしても男性も接種してほしいと思っています。
どんなワクチンも、リスクゼロではありませんが、これまでにHPVワクチンが原因で重篤な副反応が起こるという報告はなく、ほとんどの研究で他のワクチンと比べて副反応は同程度と報告されています。医学的に何も迷う要素はないと言い切れます。
WHOは、発展途上国の女性に優先的に供給したいので、男性への供給は控えて欲しいというメッセージを出しているほど、世界中にこのワクチンを必要としている人がたくさんいます。日本は、十分にワクチンがある。それだけでも恵まれていると思いませんか?」
私たちがフォーカスすべきは、現実に患者が存在して、亡くなる人が年間2800人もいるという現実だ。そのほとんどはHPVが原因であること、HPVワクチンでほぼ防げる。このシンプルな事実が伝えられれば、この病気の危険性を多くの人は認知できるし、冷静な判断ができるはずだ。
そして、積極的推奨を差し控えた時期で、HPVワクチンを打ち逃してしまった人は、無料で接種できる『キャッチアップ接種』の期限(全3回接種で、最終接種が2025年3月末)が迫っている。3ヵ月ごとに3回打つとすると9月末までに打つのが理想的であったが、期間をもう少し短くして打つサイクルもある。9月末までに1回目を打てなかったからと言って、あきらめず、ぜひ自分が住む市区町村に問い合わせをしてみてほしい。短縮接種だと4ヵ月での接種も可能だと木下さんは言う。
「1回目の接種を11月28日までに済ませば間に合います。自費で打つと10万円近くかかってしまい、打ちたくても打てないということも考えられます。誕生日が1997年4月2日〜2008年4月1日で、HPVワクチンをまだ打っていない人で接種を考えている人は、早めにアクションを起こしてほしいと思います」
子供たちや若者が、健康で未来を選択できるように、HPVワクチンの重要性を今真剣に考えるときが来ている。photo/Getty Images