推しの素晴らしさの言語化することは、自分自身を見つめることにもつながります(写真:Fast&Slow / PIXTA)

アイドルや声優、バンド、YouTuber。アニメや漫画、本、舞台……。人によって「推し」の対象はさまざまですが、「推しについて誰かに語りたい!」「推しの魅力をみんなに知ってほしい!」と思う気持ちは同じ。しかし、いざ語ろうと思っても「やばい!」という言葉しかでてこない、という人も多いのでは。

そこで自身もアイドルと宝塚が「推し」だという書評家・三宅香帆さんの著書『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』から一部を抜粋・再編集し、「推し語り」のコツを3回にわたってご紹介。初回の本記事では「推しを語る前の準備」についてです。

なんのために「推し」を言語化するの?

「推しの素晴らしさを伝える文章」を書こう……!

そう気合を入れて、ファンレターを書くための便箋を買ってみたり、SNSアカウントを増やしてみたり、ブログを開設してみたりしたはいいけれど。そのあと、あなたはなにをしますか?

「よし、最近めちゃくちゃよかったライブの感想を書くぞ」と思ったとします。

なにから書こうか? うっ、書くことが思いつかない。「よかった」しか言葉がでてこない。

じゃあ、セットリストの素晴らしさを書く? すごく聴きたかった曲が聴けたことについて? あ、それともMCのよさ? 推しの衣装について? ああ、なにから書こう。

というか、あのライブの一番よかったところってどこなんだろう?

私は「推しの素晴らしさを言語化しようとしても、語彙力がなくて、いい言葉が思い浮かびません」と相談されることがたまにあります。

じつは私も同じで、すぐには言葉がでてきません。「推しの素晴らしさを伝える文章」を書きたいと思うとき、大抵まずは頭の中がわーっと騒がしくなっています。

推しの魅力とか、簡単に言葉にできない。「最高だった」「やばかった」「すごかった」しか浮かばない。「推しを見て感動した」、その先が言語化できない。


Z世代の6割、X世代(43歳)以上も4人に1人は「推し」がいる時代(出所:ビデオリサーチひと研究所 推し活調査2024年2月 「推し」の有無(世代比較))

でも、私はその状態が悪いことだとはまったく思いません。なぜなら、感動が脳内ですぐに言語に変換されないのは当たり前のことなんです。

だって、感動とは言葉にならない感情のことを指すから。

昔の人も「やばい!」を使っていた!

古語に「あはれなり」という言葉があります。

これって「なんか胸がじーんとする」「グッとくる」「うわあっって言いたくなる」といった感覚をひと言でまとめた語彙なんですよね。

胸になにかがグッと飛び込んでくる。そして、感情がぶわっとあふれる。あふれた感情はプラスの場合(=いいものだと思う)も、マイナスの場合(=悲しいものだと思う)もどちらもある。

良くも悪くも、感情が振り切れる体験──それが古語の「あはれなり」です。昔の人は、よくこんな便利な言葉をつくったものですよね。

しかし、現代語には「あはれなり」に代わる語彙がない。

感動したとか、感激したとか、そういった言葉が一番近いですが「あはれなり」が指す感情すべてを包括する語彙はありません。だから私たちは、「あはれなり」の現代語バージョンとして、「やばい」という言葉をいつのまにか発明したのでしょう。

「やばい」って、それがプラスの感情だろうとマイナスの感情だろうと、どちらかに指標が振り切れているといった意味ですよね。

いいときもよくないときも、なにか自分の感情が大きく動くような事態に対して、私たちは「やばい」を使う。あれは古語の「あはれなり」とまったく同じ意味なんです。

これは余談になりますが、そう考えている私は「『やばい』を使う最近の若者は語彙力がない!」って批判する気持ちがわからないんですよね。だって「やばい」って、要は「あはれなり」と同じ使い方をするんだから。

平安時代はオッケーで現代ではダメなんて、意味がわからない!

そんなわけで、日本には昔から「感情が大きく動くこと」をひと言「あはれなり」でまとめてしまう文化があるわけです。そして、なぜ「あはれなり」でまとめられるかというと、もう、そう表現するしかないからです。

感情がぶわっと動く。なんだかすごいものを見た──なんだこれ。

目の前で起こったことに対する自分の感情を言語化できないほどに、未知の事態である。そういう状況をもって、私たちは本当の意味で感動する。

だとすれば、自分の感情をすぐさま言語化できないことを恥ずかしく思う必要はないんですよ。むしろ、言語化できないほど感情を動かされるものに出会えたことを嬉しく思いましょう。そんな出会い、人生でなかなかあるものじゃない。

感情を大きく動かしてくれるって、それがたとえマイナスでもプラスでも、人生におけるすごく素敵なギフトです。

なんのために感動を言語化するの?

しかし「じゃあ感動を呼びさましてくれた推しに感謝! 感動は感動のままに、言語化せずに終わりましょう!」だと……SNSにもブログにもファンレターにもなにも書けずに終わってしまいます。それは困りますよね。

いや、もちろん本当に感動した経験って、自分のなかに留めておいてもいいんですよ。なにも無理に他人へ伝えなくても、自分の記憶として脳内に置いておくのも一手です。

しかし私は、「たとえ自分しか見ない日記やメモのなかだったとしても、自分の言葉で感動を言語化して、書き記しておくのはいいことなんじゃないか」派です。

なぜなら、自分の言葉で、自分の好きなものを語る──それによって、自分が自分に対して信頼できる「好き」をつくることができるから。

私は「自分の好きなものや人を語ることは、結果的に自分を語ることでもある」と考えています。そもそも、好きなものや素敵だなと思った人って、すごく大きな影響を自分に与えてくれますよね。

もちろん嫌な経験や辛い出来事も自分を形づくるものではありますが、やっぱり好きなことの影響は大きい。

だとすると、自分を構成するうえで大きなパーセンテージを占める好きなものについて言語化することは、自分を言語化することでもあります。

そして、なにかを好きでいる限り、その「好き」が揺らぐ日はぜったいにくる。私はそう思っているのです。

「好き」を言語化するうえで一番NGなこと

それでは、自分の「好き」を言語化するうえで、一番重要なことを伝えましょう。

ずばり、「他人の感想を見ないこと」です。

逆に言うと、「好き」を言語化するうえで一番NGなこと──それは、他人の感想を自分の言語化の前に見てしまうことなんです。

これ、今の時代だからこそ、すごく気をつけたほうがいい‼ と私は声を大にして言いたい。自分自身、とっても気をつけています。というか、気をつけていないと、他人の感想が自然と目に入ってしまう。そして、他人の言葉に影響されてしまう。

自分自身の「好き」を言語化しようと思ったのに、他人の言葉によって、自分の「好き」を見失ってしまう。そういうことって往々にしてあるんです。

たとえば映画の感想を見かける。自分とは違う評価が書いてある。はっきりとした強い言葉を使っているので、なんとなくその人の言っていることのほうが、説得力があって正しい気がしてしまう。

すると、なぜか自分の感想が、もともとその人と同じものだったような気持ちになってくる。

自分がまだもやもやとした「好き」しか抱えていないとき、ほかの人がはっきりとした強い言葉を使っていると、私たちはなぜか強い言葉に寄っていくようにできています。

いきなり話が大きくなりますが、歴史上の独裁者って、大抵演説がうまいですよね。それはつまり、人の心をとらえる強い言葉を使うのが上手、ということです。強い言葉は、私たちの心を引きつける。

強い言葉って、「もともと自分もそういう考えだったのかもしれない」と思わせる力があるんです。共感を呼びさます力がある。それが強い言葉の定義です。

でも、他人の強い言葉に身を委ねすぎるのは、危険です。自分が思ってもみなかったことなのに、さも自分がもともと考えていたかのように抱いてしまう。

すると、自分の「好き」はおろか、自分の感情や思考、もともと持っていた言葉も見失ってしまいます。

そうはいっても、私たちは他人の言葉に影響を受けてしまう生き物。他人の言葉をコピーするような仕組みを持って生きている。

でも、だからこそ、抗うべきです。

言葉のクセはうつっても、思考は自分だけの部屋を持てるように。自分だけの言葉を手放さないように。

まっさきに自分の感想をメモする

その第一歩として、自分の「好き」を言語化する前に、他人の言語化を見ることは、やめておきましょう。

具体的に言うと、「SNSやインターネットで自分の推しについての感想を見るのは、自分の感想を書き終わってから‼」。


もちろん、他人の言葉を読むことで自分の感想が生まれる場合もある。たとえば、他人が言及していたことから自分も思い出して「そうそう、私もそこ好きだった」って感想がでてくる、とかね。

でも、それは自分の感想をいったん書き終えてからでいいじゃないですか?

「この感動を人とわかち合いたい‼」そう思って、なにかを観たあとにすぐSNSを開いてしまうクセは、私自身すごくあります。でも「危険だな〜」といつも思うわけです。

自分の言葉をつくり終わったあとなら、人の言葉を見ても、「あ、ほかの人はこんなふうに思うんだ」って客観的に見られる。

だから、SNSで他人の感想を読む前にひと呼吸おいて、まずは自分の感想をメモしましょう。すごく重要なコツなので、ぜひ実践してみてください。

【次の記事】"推し"へのファンレター「自分の言葉」で書く方法

(三宅 香帆 : 文芸評論家)