実はイギリスにはない?日本の線路幅「狭軌」の謎
箱根登山鉄道の線路。標準軌(1435mm)の登山鉄道と狭軌(1067mm)の小田急の車両が走れるようレールが3本ある(写真:walk/PIXTA)
日本に鉄道が走り出してから150年以上が経った。JR在来線をはじめ、日本の多くの鉄道の「軌間」、つまり線路の幅は、国際標準の1435mmより狭い1067mmの「狭軌」だ。
鉄道建設当時、イギリスから派遣された技術者は、山が多く平地も限られている日本で建設に有利であるとして狭軌を導入した。一方、60年前に走り出した新幹線は高速運転のため、国際標準軌を採用した。
日本だけでなく、一つの国の中でも異なる軌間が存在するため列車の直通が困難というケースがあるが、軌間には技術的な理由だけでなく、昔も今も「国際政治」が大きく絡んでいる。どうして複数の軌間が存在することになったのか。世界各国の事情を俯瞰しながら考えてみることにしたい。
日本の「狭軌」はどこからきた?
1825年にイギリスで鉄道が初めて走り出して以降、19世紀後半には各国でレールが敷かれ、鉄道は勃興期を迎える。日本最初の鉄道は1872年、東京―横浜間(現在の新橋―桜木町間)に開業した。この際、イギリスから技師を招いて技術を導入したのはよく知られている事実だ。
【写真】日本の在来線より60cmも広いインドの軌間、ロシアゲージと標準軌が重なるウクライナ、日本と同じNZや南アフリカ…国内の珍しい線路も
一方で軌間について調べてみると、日本の狭軌、1067mm規格で敷かれた鉄道は、実は都市間を結ぶような本格的な鉄道としてはイギリスには存在していない。
なぜこんなことが起きたのか。
イギリスは当時世界各地にあった植民地で、鉄道敷設にかかる面積がより小さく、少ない予算で広範囲に鉄道網が拡大できる「狭軌」を採用していた。そうした経緯の下、イギリスは日本への鉄道技術導入の際、それを応用した。
日本で「狭軌」と呼んでいる1067mm軌間は、海外、とくに英語圏では、日本の鉄道よりも開業は遅かったものの、南アフリカのケープ州で採用された軌間であることから、「ケープゲージ」とも呼ばれている。ケープゲージは、イギリスの植民地支配の影響下にあった国々、例えばオーストラリア(主にクイーンズランド州)やニュージーランドでも用いられている。
イギリス本国でも導入例はあったものの、これら各国のように都市間を結ぶ鉄道ではなく、路面電車やケーブルカーなどだった。
ちなみに「本線級の路線で世界最古の1067mm軌間」を名乗るのは、1865年7月開通のオーストラリア・クイーンズランド州に敷設された鉄道だ。ただ、1862年6月にノルウェーの首都オスロ郊外に1067mm軌間の鉄道が敷設された記録もある。いずれにせよ、日本の鉄道開業前後の時期にはイギリス本国以外、植民地などで採用が広がっていた軌間といえるだろう。
南アフリカの鉄道は日本と同じ1067mm軌間だ(写真:Bloomberg)
ニュージーランド・ウェリントンの近郊電車。日本と同じ1067mm軌間で、架線電圧も日本で一般的な直流1500Vと類似点が多い=2003年(写真:Bloomberg)
黎明期の試行錯誤が生んだ「超広軌」
一方、イギリス本国では後に「国際標準軌」となる1435mm軌間を採用したが、当時のイギリスはまさに産業革命のさなかで、黎明期にはさまざまな軌間の鉄道が存在した。
その代表格が、1830年代から1840年代にかけて、著名な鉄道・建築技術者イザムバード・キングダム・ブルネルがグレート・ウェスタン鉄道(Great Western Railway=GWR)の建設に採用した2140mmという軌間だ。実に、日本の狭軌の倍もある。
この「超広軌」といえる線路幅は、列車の安定性が増して乗り心地が向上することや、より強力な機関車によって高速での運行が可能になるとして考えられた。この広軌鉄道のために造られた蒸気機関車の動輪直径は、最大で約8フィート(約2440mm)もあったという。
グレート・ウェスタン鉄道の「超広軌」2140mm軌間の線路と機関車(写真:Public Domain)
だが、レール間隔が広いため、軌道や橋梁、トンネルなどのインフラ設備を通常より大きく頑丈に造らなければならず、その結果、敷設にかかる建設コストが標準軌に比べて割高だった。乗り入れなど効率的な運行と安全性から標準軌が普及する中、超広軌の路線運営は長続きせず、1893年までに汎用性の高い標準軌鉄道に付け替えられた。
欧州大陸の主要国はイギリスでの成功にならって標準軌を採用し、現在もそれを引き継いでいる。アメリカも同様の軌間を採用した。こうして「国際標準」化したわけだ。
しかし、標準軌がすべての国に受け入れられたわけではない。各国にはそれぞれ異なる事情があったからだ。
軌間の決定に関わる要素はさまざまだが、大きくは鉄道の用途や地形、経済的な背景が影響している。一般的には、高速・長距離の輸送を担う鉄道は列車をより安定して走らせられる標準軌やそれより広い広軌、日本の在来線のように山岳区間が多い国では「狭軌」が採用された例が多い。「氷河急行」で有名なスイスの山岳鉄道も、日本よりやや狭い1000mm(1m)の狭軌だ。
一方でスペインのように、険しい地形でも強力な機関車を走らせられるよう、標準軌より広い1668mmを採用した例もある。ポルトガルも同じ軌間のため「イベリアゲージ」と呼ばれる。
フランス=スペイン国境の地中海側では、スペインのイベリアゲージ(左)とフランスの標準軌のレールが平行に敷かれている=フランス側セルベール駅(筆者撮影)
だが、それだけではなく、軍事的、政治的な問題も深く関わっている。鉄道が各国に広まった19世紀や20世紀初頭の国際政治がもたらした結果が、今も引き継がれているのだ。
軍事や「植民地主義」の影響も
欧州各国と国土を接していた帝政ロシアは、独自の1520mmという軌間を選んだ。実際には定かではないが、これは軍事上の観点により、外国の列車をロシア領に侵入させないようにしたいという思惑があったからだといわれることが多い。
かつて広大な国土を擁していたソビエト連邦では、鉄道網をこの1520mm軌間で敷設した。このため、冷戦終結後に独立した各国は国境で台車ごと交換を余儀なくされるなど、欧州主要国との直通運転で頭を悩ます事態となっている。
そして、今まさに大きな影響を受けているのが、ロシアに侵攻されているウクライナだ。
ウクライナの鉄道網はソ連時代の1520mmで、そのままでは基本的にロシアなど旧ソ連圏の国にしか乗り入れできない。そこで、現在加盟を目指している欧州連合(EU)との経済的な連結強化の一環として、鉄道網の標準軌への改軌を進めている。
1520mm軌間のウクライナの電気機関車。ポーランドのプシェミシル(Przemyśz)まで乗り入れている=2023年12月(写真:原忠之)
ロシア軌間と標準軌の線路が同じ場所に敷かれる4線軌道の例=ウクライナ・Chop(写真:原忠之)
すでに西部の国境付近では、標準軌鉄道の建設が進んでいるほか、ポーランドに近い地域では標準軌車両を入れるための路線設計も進んでいるという。こうした動きはEUの支援を受けながら、ウクライナの復興と欧州との経済統合に向けた重要なプロジェクトとして推進されている。
19世紀末期から20世紀にかけての欧州列強による植民地主義も影響している。前述のようにイギリスが植民地での鉄道敷設用に用いた「ケープゲージ」もその一例だが、現在でも顕著に当時のレール規格が残る例としては、旧フランス領インドシナ、つまり現在のベトナムやカンボジアに敷かれた1m幅の線路がある。
その寸法から「メーターゲージ」と呼ばれるフランスが敷いた線路は、一部が中国国内に延びていた(現在は廃線)。また、フランス植民地ではなかったが、同じ規格の線路がタイ、マレーシアを経て、シンガポールまで延びており、東南アジアでは一般的な軌間となっている。
熱帯雨林の中を走るマレーシアの鉄道。軌間はタイやベトナムなどと同じ1mの「メーターゲージ」だ(編集部撮影)
メーターゲージのマレーシアには電車特急も走っているが「高速鉄道」とはいえない(筆者撮影)
しかし、軌間が1mとなると、線路設計や地盤を整備しても、運用できる実用的な最高速度は日本の在来線の一般的な速度と同様、おおむね時速120kmほどにとどまる。そこに登場したのが、中国の鉄道技術だ。
中国「一帯一路」も「軌間」の戦略?
中国は「一帯一路」の名の下に、インフラ輸出の拡大を通じ自国の経済成長を促進したいというお題目を掲げ、東南アジア地域との経済的つながりの強化や、自国領土からインド洋への進出経路の確保といった軍事的目標もあって、メーターゲージより大量かつ高速に輸送できる標準軌鉄道や高速鉄道の敷設を積極的に行っている。
具体的には、2022年12月に開通した「中国ラオス鉄道(LCR)」が顕著な例だ。中国からの乗り入れを前提に、ラオス国内区間も中国の鉄道と同じ標準軌で建設された。
さらに中国は、LCRを延伸する形でタイ、マレーシアとの鉄道リンクの完成を目指し、実際に両国で鉄道敷設工事を進めている。既存のメーターゲージ鉄道との接続を考えない形で建設を進めていることが気になるところだ。
こうして現在も、鉄道の軌間は政治的な思惑と切り離せない関係にある。
世界各国には、ここまで挙げた以外にもさまざまな軌間が存在する。さらに特筆できるものをいくつか紹介したい。
かつてイギリス植民地だったインドでは、1676mmという超広軌の線路が国土の大部分に張り巡らされている。これは重い貨物の輸送や長大な編成の長距離旅客輸送に適しており、隣接するパキスタンやバングラデシュの一部、スリランカでも採用されている。
インド軌間とメーターゲージの両方に対応するバングラデシュ国鉄の3線軌道=ダッカ・カムラプール駅(筆者撮影)
スリランカも1676mm軌間。間近で見ると非常に広く感じる(編集部撮影)
インドはメーターゲージや狭軌鉄道も多かったが、1676mmへの改軌を急速に推進。主要幹線はこの軌間となっている。一方、日本の技術支援で建設が進む、いわゆる「インド新幹線」は日本と同じく標準軌を前提に工事が行われている。
アイルランドも独自の軌間
標準軌と異なる軌間としてよく挙げられるのは、前述したスペインの1668mm「イベリアゲージ」だろう。隣接する標準軌のフランスとの直通に手間がかかるため、日本では実用化に至っていないフリーゲージ(軌間可変)車両が古くから開発され、運用してきた経緯がある。
高速列車「AVE」などが走る高速新線は標準軌で造られているため、在来線だけが通るローカル都市などへの乗り入れのために国内でも軌間可変車両が使われ、中間駅にそのための基地も設けられている。在来線のほうが高速新線(新幹線)より軌間が広いという、日本とは逆のパターンだ。
このほか、大ブリテン島の西にあるアイルランド島の鉄道ネットワークは、1600mmという独特の軌間が使われている。イギリスやアイルランドの度量衡で5フィート3インチという規格で造ったものだが、たまたまメートル法では1600mmという「ちょうどの数字」となった。
アイルランドの1600mm軌間「ケルティックゲージ」の例。日本製通勤電車が走る=ダブリン市内にて(筆者撮影)
アイルランド島の北側の一部は英領北アイルランドで、線路はそこまで延びているが、「標準軌の故郷」とも言えるイギリスの一部ながら、まったく異なる軌間の鉄道が走っているという事実が興味深い。現在この軌間は「ケルティックゲージ」と呼ばれている。
鉄道の軌間の違いは、単なる技術的選択にとどまらない。各国の政治的戦略や、経済的背景が深く関与していることを改めて意識してみると興味深いものだ。
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(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)