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どんなものにも誕生の瞬間がある。それは、私たちが普段使っている言葉も同様のこと。例えば、多くの人が何気なく使っている「やばい」という言葉は、若者言葉のようにも感じられるが、そのルーツは意外にも古く、さらに意外な場所から誕生していた。
あまりに日常的で、深く考えることのなかった「やばい」という言葉の歴史と変遷。そして今や「やばい」から置きかわりつつある「えぐい」という言葉について、専門家に解説してもらった。

◆明治時代に「やば」が「やばい」に

辞書によれば「やばい」の意味として「不都合である」「危険である」などの記載がある。例えば、スポーツ観戦をしていて応援しているチームがピンチ(危険・不都合)の局面を迎えれば「やばい」と感じたり、時には声に出したりするだろう。このように今では一般化した言葉だが、かつては“一部界隈”で使われていた言葉だったと、国立国語研究所・准教授の新野直哉氏は話す。

「『日本国語大辞典』の『やば』『やばい』の項でも確認できますが、江戸時代に『やば』という語があり、明治時代にそれが形容詞化した『やばい』が使われ始めるという経緯を辿っているようです」(新野直哉氏)

◆「やば」は牢屋の看守のこと

まず、若者言葉のイメージも強い「やばい」の元になる言葉が、江戸時代から使われていたことが驚きだ。また、この「やば」という言葉は牢屋の看守のことを意味していたという。

この点について、二松学舎大学の文学部教授・島田泰子氏は次のように補足する。

「江戸時代の歌舞伎や滑稽本に『やばな(こと)』という表現が出てくるので、『やば』が当時から使われていたのは間違いありません。明治25年(1892年)刊行の『日本隠語集』には、形容詞化した『やばい』が何度も登場します。悪事がバレそう、とか、巡回が頻繁だ(から、犯行をやりづらい)とか、そんな意味でよく使われていたようです。この書物は、捜査や取り調べの必要上から犯罪者特有の言葉遣いを集めたもの。載っているのは、説明がないと部外者には通じない、身内限定の言葉ばかり。つまり、『やばい』は、当時の反社的なやばい人たちの間で使われていた『集団語』だったのですね」(島田泰子教授)

◆「やばい美味しい」は正しい使い方なのか?

由来からしても、ネガティブな意味として「やばい」が使われてきたことはイメージがつく。それが昨今、「やばい美味しい」「やばいかっこいい」などポジティブな形容詞をブーストする役割も帯びてきている。この変化についても新野氏に聞いた。

「2004年8月13・20日号の『週刊朝日』に、『『やばい』はすごくよいだって!? 今どき言葉の不思議』という題の記事があり、若者言葉では『やばい』を〈すごく良い〉という意味で使う、と書いてあるので、この時点ですでに肯定的な意味で使われていたことがわかります。また、2015年7月29日の朝日新聞の記事でも『ヤバい』が取り上げられ、似た例として『すごい』という言葉が元々は『ぞっとするほど恐ろしい』という意味だったものが、肯定的な意味も含めて程度の大きいことを示すように変化していると書かれていますね」(新野直哉氏)

そのうえで新野氏は、やばいという言葉が「悪い意味からいい意味になった」という論調も見られるが、それは適切ではないとしている。

「変化の仕方としては『危険だ』という意味から、『いい・悪いに関係なく、程度がはなはだしい。インパクトが強く感情を揺さぶられるほどである』になったとするのが適切だと考えます」(新野直哉氏)

◆「えぐい」も、もともとはネガティブな意味合い

そんな「やばい」という言葉が、若い世代を中心に「えぐい」に置き換えられているのを見聞きする機会が増えてきたように感じることはないだろうか。