日本の中小企業の輸出を「先進国平均」レベルに増やせば、GDPを6%押し上げるほどの効果が得られる、といいます(撮影:尾形文繁)

オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。

退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきた彼の著書『給料の上げ方――日本人みんなで豊かになる』では、日本人の給料を上げるための方法が詳しく解説されている。

「いまの日本の給料は、日本人のまじめさや能力にふさわしい水準ではありません。そんな低水準の給料でもガマンして働いている、その『ガマン』によって、いまの日本経済のシステムは成り立っています。でも、そんなのは絶対におかしい」

そう語るアトキンソン氏に、これからの日本に必要なことを解説してもらう。

現在の円安は「輸出を増やす」最大のチャンス

円安が続く中、日本企業にとって輸出を増やす絶好の機会が訪れています。


多くの人は日本を輸出大国と考えがちですが、これは誤解です。実際、日本はかつて貿易黒字の大国でしたが、その主な原因は輸入額が少なかっただけであり、日本が輸出大国であったことを意味するものではありません。

事実、世界銀行がまとめた2022年の対GDP輸出比率ランキングでは、日本は153位です。先進国の中で日本より低いのは、日本より国内市場が非常に大きいアメリカだけです。

しかし、アメリカは1人当たりGDPが日本の1.6倍もあります。その違いを考慮すると、日本は先進国の中で、対GDP輸出比率ランキングが最下位と位置づけても問題ないと思います。

日本の対GDP輸出比率は21.6%で、先進国の平均33.9%、EUの56.3%、さらには途上国の22.6%よりも低いのです。

確かに、内閣府のデータによると、GDPに占める輸出は1994年度の8.8%から18.8%まで増加していますが、円安を活かせば、さらに輸出を増やすことが可能です。

「中小企業の輸出」が最大の伸び代

その伸び代が最も大きいのは、中小企業です。

内閣府のデータによると、2020年度において、大企業の輸出額は全体の輸出額の92.7%を占め、中小企業はわずか7.3%にすぎません。輸出企業数を見ると、大企業は32.6%、中小企業は67.4%です。大企業の28.3%が輸出を行っているのに対し、中小企業は21.2%で、時系列で見てもその比率はあまり向上していません。

諸外国と比べて、日本の中小企業には大きな成長の余地があります。OECDの報告(Facilitating SMEs Access to International Markets, 2004)によると、OECDの中小企業は輸出の約3割を占めていますが、日本ではわずか7.3%です。

アメリカでは大企業が輸出額の65%(A Profile of U.S. Importing and Exporting Companies, 2020-2021)、EUでは62%(SMEs Weight in EU’s International Trade in Goods)を占めるのに対し、日本では92.7%です。

輸出企業数で見ると、アメリカは中小企業が97.4%、EUは97.9%を占めていますが、日本は67.4%にとどまっています。


単純に、中小企業が先進国並みに輸出を増やせば、日本の輸出額を大幅に増やせるでしょう。2021年度の輸出額を104兆円とすると、その93%が大企業による輸出で96兆円、中小企業の輸出は8兆円です。

中小企業の輸出額を全体の3割まで増やせば、中小企業の輸出は41兆円となり、現在の5倍に増加します。これにより、輸出額は1.3倍に増え、GDP成長率も6%上昇する要因となります。

輸出総額は対GDP比で25%まで増加します。さらに先進国平均に追いつけるとすれば、1.4倍の拡大余地があります。

こういう主張をすると、「日本の中小企業は商社を通して輸出をしているから、大企業の統計に含まれている。比較は困難だ」と反論されることがあります。しかし、日本の輸出ランキングが世界153位にとどまっていること、輸出が自動車と部品に偏重していることから、その要因は定量的に極めて限定的な説明能力しかないと思います。

国内市場の縮小を補うために輸出は不可欠

日本は人口減少が進んでいるため、今後国内消費者が減少し、供給が余ることになります。国内経済にとって最も重要な生産年齢人口は、1995年からすでに1300万人も減って、2060年までさらに3000万人も減少すると予想されています。

これは一般的に労働量不足の深刻化と捉えられがちですが、生産年齢人口の減少は消費者の減少も意味します。消費者の減少は経済に大きな打撃を与えます。


生産年齢人口の減少の悪影響は、消費者の数が減って、経済の消費総額を減らす効果だけではありません。高齢化により、1人当たりの消費額も減少します。日本では52歳をピークに所得が増えても支出が減少する傾向があり、これは世界的にも確認されています。平均年齢が50歳に迫る日本では、これが個人消費の伸び悩みに拍車をかけます。

これを補うために、余った供給を海外に輸出するのは重要な選択肢の1つです。

成功している政策の一例として、インバウンド戦略があります。国内観光客の減少を補って観光地を守るために、インバウンド観光客を増やしており、2024年には観光業は日本の第2の外貨獲得産業となっています。

観光業による外貨獲得額は、2012年の1兆円以下から、2024年は7倍の7兆円となる見通しです。波及効果を考慮すると、7兆円の外貨の経済効果は約2倍となると考えられます。

輸出を増やしてこられなかった「2つの構造的な要因」

日本では労働者の7割が中小企業に勤務しており、この比率は先進国の中でも高いほうです。中小企業が輸出を増やさないと、円安が経済に悪影響を及ぼすだけで、それを上回るメリットは実現されません。政府は中小企業の輸出戦略を推進するべきです。

ここで、輸出増加のチャンスがありながらもこれまで実行されてこなかった理由を考える必要があります。構造的な問題が存在するかどうかを検討し、もしあるのであればそれを解決しない限り、円安を活かして輸出を増やすことは困難です。

輸出が増えない原因は2つあります。

要因1:中小企業の規模が小さい

まず、規模の問題です。中小企業庁によると、中小企業は全企業の99.7%を占めますが、平均規模は9.0人です。日本企業の84.9%は平均社員数が3.4人しかおらず、これらの企業は雇用の22.3%を占めています。こういった企業では規模が小さいため、輸出は困難です。

要因2:中小企業の生産性が低い

次に生産性の低さです。ドイツの研究によると、生産性が高い企業ほど輸出が容易であるとされています。日本の中小企業は大企業に比べて生産性が50.8%しかありません。アメリカは62.9%、EUは66.4%です。日本の中小企業は生産性が低いため、輸出が困難なのです。

結果として、規模と生産性水準から見て、このままでは円安が進んでも輸出はあまり増えない可能性が高いのです。中小企業は、連携や合併を進め、輸出が可能な規模を達成する必要があります。

これを言うと批判を受けますが、あえてお伝えしたいと思います。高齢化によって、社会保障の負担は確実に増加し続ける一方、生産年齢人口の減少によって負担する人は減ります。生産性を高めて賃金を上げなければ、結果として日本国民はその負担に追われてさらに貧困化します。


現状維持のままでは、その結果としての貧困を覚悟しなければなりません。賃金が上がらない異常な30年間から脱却するために、日本の中小企業も海外の中小企業と同様に輸出を増やして、人口減少に備えて、賃金を上げる方法を探る必要があり、またそのチャンスもあるのです。

(デービッド・アトキンソン : 小西美術工藝社社長)