頼り甲斐ある山岳路線、山梨県ご当地鉄道事情
八ヶ岳山麓を走るJR小海線。「八ヶ岳高原線」の愛称を持つ(撮影:鼠入昌史)
夏は山登りの季節だ。そして、その季節になるとにぎわうのが、JR中央本線である。もともと中央本線には、新宿駅から甲州・信州を目指す特急「かいじ」「あずさ」が盛んに走っている。富士山麓電気鉄道・富士急行線直通の特急「富士回遊」もある。
中央本線は特急街道
そんな指折りの特急街道が、夏になるとさらに混雑を増す。とくに週末ともなれば、来る列車から来る列車、みんな満席状態だ。朝には下り、夕方から夜には上りの臨時列車がいくつも設定されるが、とにかくみな、山を目指すのである。
そんな中央本線。高尾駅を出て東京都内から離れると、ほんの少しだけ神奈川県内を経て山梨県に入る。山梨県に入って最初の町は、上野原。中央自動車道をよく使う向きにはおなじみの談合坂サービスエリアがあるのも上野原市内だ。
【写真】山梨県内にはどんな鉄道車両が走っている?富士山をバックに走る富士急行線の「富士山ビュー特急」や、八ヶ岳を望む中央本線の特急「あずさ」
中央本線、国道20号(甲州街道)、中央自動車道が並んで仲良く山の合間を縫って走って西を目指す。東京からも近く、ゴルフ場が集まっているのも山梨県の入り口の特徴だ。
そうこうしているうちに、泣く子も黙る大月駅にやってくる。中央線快速電車の終着駅で、夜遅くに乗り過ごしてしまったらどうのこうのという切り口で取り上げられることもある。が、そんなことより何よりも、大月駅といったらいわば富士登山の玄関口だろう。
大月駅から分かれる富士急行線は、桂川に沿って富士山麓の富士河口湖を目指す。大月駅の標高は約360m。それが終点の河口湖駅は約860mだから、26.6kmを走るうちに500mも山を登っているということになる。なかなかの登山電車だ。
沿線も見所が多く、途中の田野倉―禾生間で山梨リニア実験線と交差、また富士山―河口湖間には富士山麓の遊園地、絶叫マシンでおなじみの富士急ハイランド。富士登山はしなくても、富士急行線に乗ったことがあるという人は多いのではないかと思う。
名車両が第2の人生を送る
富士急行線は、走っている列車も多種多様だ。中央本線から直通する特急「富士回遊」が看板で、富士急行線内だけでも「フジサン特急」「富士山ビュー特急」。前者は元小田急20000形、後者は元JR東海371系で、いずれも以前は新宿と御殿場を結ぶ特急列車で活躍していた。つまり、同じ富士山麓でも舞台を変えて現役続行中、というわけだ。
元JR東海371系を用いた富士急行線の「富士山ビュー特急」。内外装のリニューアルデザインは水戸岡鋭治氏が手がけた(撮影:鼠入昌史)
いずれにしても、夏場の富士急行線は国内外の富士登山客で大にぎわい。今年から富士山は登山規制が行われているというし、クルマやバスを使う人も少なからずいるはずだ。
それでも富士急行線が富士登山ルートの一角をなす登山電車であるということは変わらない。富士山の五合目までは、富士山駅か河口湖駅からバスに乗り継いで、富士スバルラインを登ってゆく。
この富士スバルラインに路面電車を敷設する富士山登山鉄道構想があるが、是非をめぐって議論が続く。実現するとしても、だいぶ先のことになりそうだ。
駅前で信玄公がお出迎え
大月駅に戻り、中央本線の旅を続けよう。
中央本線は、山梨県に入るとまずは西に向かって一直線。しばらくは渓谷沿いを走り、勝沼ぶどう郷駅から甲府盆地に入る。勝沼ぶどう郷駅付近は標高約480m。そこから甲州市や山梨市のブドウ畑を車窓に見ながらじわじわと下ってゆき、標高約280mの県都・甲府市のターミナル、甲府駅にやってくる。
甲府駅は駅前広場で武田信玄公の像が出迎えてくれる。さすが信玄公の町、甲府である。駅のすぐ脇には甲府城もあるが、こちらは江戸時代になって築かれたお城で信玄公とは無関係。信玄公のお館は、甲府駅の北にまっすぐ行った先、いまは武田神社になっている躑躅ヶ崎館だ。
甲府駅前にでーんと構える信玄公。奥に見えるCELEOは甲府駅の駅ビルだ(撮影:鼠入昌史)
そして、甲府駅からは身延線というJR東海のローカル線も走っている。富士山の西麓を富士川に沿って南北に走る路線で、富士駅までを結んでいる。
どちらかというと富士駅側の印象が強く、静岡県の路線というイメージもある。が、実は県境は富士駅に近い稲子―十島間。身延線はほとんどの区間で山梨県を走っている。
実はほとんどが山梨県側を走るJR身延線。車窓から富士山が見えるのは写真の静岡県側に集中している(撮影:鼠入昌史)
八ヶ岳をバックに走る高原列車
甲府駅から中央本線の先を急ごう。ここまで東から西へと走ってきた中央本線は、甲府盆地から北西へと進路を変えてゆく。
一部の特急「かいじ」終点になっている竜王駅、武田勝頼の時代に新たな拠点とすべく築かれた新府城跡が近い新府駅などを経て、釜無川沿いを上流へ。標高が900mに迫ってきたところで、山梨県内の“終点”を迎える。その駅は、小淵沢駅だ。駅弁の「丸政」の拠点でもある。
小淵沢駅までやってくると、もう高原リゾートの空気に満ちあふれている。真夏の盛りに訪れても、心なしか東京都心と比べて涼しいような。少なくとも、アスファルトの照り返しよりは木々のざわめきのほうが目立つ町であることは間違いない。
小淵沢駅からはそのまま中央本線の旅を続けて信州に入ってもいいし、ローカル線のJR小海線に乗り換えてもいい。中央本線の旅ならば、信州に入ってまもなく諏訪湖のほとり。小海線は八ヶ岳の南麓、まだしばらくは山梨県内を走る。小淵沢駅を出て八ヶ岳をバックに大きなカーブを描くのは、いきなり訪れる小海線のハイライトだ。
小海線における山梨県内最後の駅は、清里駅である。1980年代にはやたらと若い女性に人気のリゾート地として注目され、ファンシーショップやタレントショップの類いが建ち並んだこともある。いまでも駅前にはそうした風情がいくらか残っている、八ヶ岳山麓のリゾート地という本質を取り戻しているようで、レジャー客の姿が目立つ避暑の町だ。
そうして小海線は清里駅を出てからほどなく県境をまたいで信州、長野県に入る。標高1375m、鉄道標高最高地点は県境の少し長野側にある。
小海線における山梨県最後の駅・清里駅。白いシックなデザインをしたリゾート地の玄関口だ(撮影:鼠入昌史)
山へ走る鉄道を満喫
日本最高峰の富士山を持ち、北も南も東も西も、すべて山の中という山梨県。そこを走る鉄道は、どこをどう切り取っても山登り。いまでこそ、さしたる苦労もないように登ってゆく列車ばかりだが、蒸気機関車の昔はたいそう苦難もあったのだろう。
特急「あずさ」。中央本線の定期特急は「かいじ」「富士回遊」含めE353系に統一されている(撮影:鼠入昌史)
いまは使われていないスイッチバックの駅もあるし、くねくね走った旧線を付け替えたトンネルもある。そんな山登りの山梨県の鉄道は、乗っているだけでも夏のレジャーの気分を味わえるといってもいいのかもしれない。
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(鼠入 昌史 : ライター)