(※写真はイメージです/PIXTA)

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定年後、夫婦で毎月約30万円の年金を受け取り充実した老後を送っていた安達夫婦(仮名)。しかし夫の死後、孤独感と予想外に少ない「遺族年金額」に驚いた妻は、SNSにのめり込むようになります……。衝撃の理由で「老後破産危機」に陥った妻に、FPはどのような助言を行ったのでしょうか。ファイナンシャルプランナーの辻本剛士氏が、事例をもとに解説します。

幸せな老後生活のはずが…定年後の夫婦に起きた「まさかの悲劇」

70歳の安達直哉さん(仮名)は、4歳年下の妻・美帆さん(仮名)と2人暮らしです。戸建ての持家に住んでおり、住宅ローンはすでに完済しています。夫婦には息子が2人いますが、すでにどちらも所帯をもち、遠方で暮らしています。

直哉さんは現役時代、中小企業の営業職として忙しい日々を送ってきました。週末は得意先との「接待ゴルフ」に行くことも多く、その影響でプライベートでもゴルフにのめり込むようになりました。定年後のいまも、月に数回、友人とゴルフを楽しんでいます。

一方の美帆さんは、中小企業の事務員として定年まで勤めあげました。最近は、古くからの友人と旅行に出かけるなど、夫婦ともに悠々自適なセカンドライフを送っています。

夫婦はともに老齢基礎年金と老齢厚生年金を受給しており、2人合わせて年間370万円(月約31万円)の年金収入があります。

その内訳は以下のとおりです。

夫:老齢基礎年金……81万円、老齢厚生年金……109万円

妻:老齢基礎年金……81万円、老齢厚生年金……99万円

2人の資産状況は、預貯金と夫の金融資産を合わせて1,700万円程度です。現役時代に安定した給与があったことから、毎月の生活費は現在も、年金支給額よりもやや多い状態です。そのため、2人は少しずつ資産を切り崩して生活していました。

「いってきます」が最期の言葉に…「急性心筋梗塞」で還らぬ人となった直哉さん

そんなある日のことです。いつもどおり、仲間とともにゴルフに出かけた直哉さんでしたが、その日の夕方、美帆さんの携帯電話に見知らぬ番号から電話がありました。

出てみるとゴルフ場に近い病院からで、聞けば「夫が急性心筋梗塞で倒れた」といいます。

美帆さんは祈るような気持ちで急いで病院に向かいましたが、病院に到着すると、医師からは「残念ですが、手の施しようがありませんでした」と告げられました。美帆さんはその場に崩れ落ち、涙が止まりません。

「今日の朝、元気に『いってきます』と言って出かけたじゃない……!」

愛する夫の突然の死に、美帆さんはひどく憔悴。心には大きな穴が開き、彼女は深い絶望に打ちひしがれる日々が続きました。

遺族年金、たったこれだけ?…年金事務所で衝撃を受けた美帆さん

その後、息子や友人の助けもあり、なんとか葬儀や相続の手続きを済ませた美帆さん。少しずつ新たな人生を歩む準備を進めます。

これから1人で生活するにあたって、美帆さんはまず、自身の年金収入を把握するために、年金事務所を訪れました。

夫が生きていたころ、生命保険の見直しをした際に「夫が亡くなったらまとまった遺族年金を受け取れる」と聞いていた美帆さんは、金銭面について特に心配していませんでした。

最低でも夫の年金の半分程度は遺族年金として受け取れるだろう、自身の年金と合わせて、大体290万円(月約24万円)くらいになるだろうと考えていたのです。

しかし、年金事務所で職員に年金額を詳しく計算してもらったところ、美帆さんがこれから受け取る年金額は、遺族年金と合わせて185万円(月約15万円)であることが判明しました。想定より100万円も少ない金額に、美帆さんは途方に暮れてしまいました。

妻の受け取れる年金が少ないワケ

なぜ、美帆さんの受け取る年金は、予想より少なくなってしまったのでしょうか。

夫が死亡した場合、65歳以降の妻への遺族厚生年金は「夫の老齢厚生年金の3/4」(ア)あるいは「夫の厚生年金の1/2と妻自身の老齢厚生年金の1/2の合計」(イ)、いずれか高いほうの金額で計算されます。

今回のケースですと、美帆さんの老齢厚生年金は99万円のため、以下のように計算されます。

(ア)109万円×4分の3=81万7,500円

(イ)54万5,000円(109万円÷2)+49万5,000円(99万円÷2)=104万円

(ア)と(イ)を比べると(イ)のほうが高いため、したがって、美帆さんの遺族厚生年金は104万円となります。

しかし、この遺族厚生年金104万円から、美帆さんが受け取っている厚生年金額を差し引くルールがあります。美帆さんは遺族厚生年金104万円を受け取れるものの、自身の老齢厚生年金部分の99万円は支給停止となるのです。

結果として、美帆さんが実際に受け取れる年金額は、美帆さんの老齢基礎年金81万円+老齢厚生年金99万円+遺族厚生年金(104万円−99万円)=合計185万円となります。

いままで毎月約30万円の年金暮らしが、約15万4,000円に。美帆さんは困り果ててしまいました。

弱り切った妻に持ちかけられた「投資話」

収入が減ったとはいえ、生活スタイルをすぐに変えることはできません。夫の死後、美帆さんの月々の生活費は年金支給額を大きく上回り、ここに自宅の修繕費や固定資産税などの出費も重なります。資産はますます目減りしていきました。

このままではまずいと焦る美帆さんですが、悲しみから完全に立ち直ったわけではなく、今年40歳になる息子も、家族と遠方に住んでおり、あまり頻繁に相談することもできません。

「悲しいときや悩みがあるときに、文字を打てば誰かに見てもらえるアプリがあるんだよ」と息子にSNSを教わった美帆さんは、孤独から逃げるようにSNSにのめり込むようになりました。

文章を打ち込むと、見知らぬ誰かから反応があります。そのうち、いつもリアクションをくれる男性Aさんに、お金のことについても相談するようになりました。「実は夫が亡くなってから、生活が大変になってしまったの」。

すると、仮想通貨で莫大な利益を上げているというAさんは、「美帆さんの資金も、僕が代わりに運用してあげますよ」と言うのです。

「そんなうまい話、あるのかしら……」。美帆さんは半信半疑のまま、最初は少額を運用してもらうことにし、Aさんが指定する口座に10万円振り込みました。

翌月、美帆さんの口座に2万円の配当金が入金されました。「こんなに早く利益が出るなんて……!」と驚く美帆さん。しかも、配当金の振込は、3ヵ月間続きました。美帆さんはすっかりAさんを信用し、投資額を徐々に増やしていきました。

しかし、総額500万円近くを振り込んだあたりで、突然Aさんと連絡が取れなくなってしまいました。

不安に感じた美帆さんは、息子に電話をかけ、事の次第を話しました。すると、息子はひどく取り乱した様子で美帆さんにこう声をかけます。

「おい、母さんまじかよ……それ詐欺だよ、いますぐやめてくれ!」

有名な投資詐欺「ポンジ・スキーム」のワナ

美帆さんが騙された投資詐欺は、世界でも有名な「ポンジ・スキーム」という手口です。おもに下記のような方法で、ターゲットから大金を奪います。

<ポンジ・スキームの手法>

1.元本保証で年10%以上の高リターンを約束し、投資案件としてターゲットからお金を募る

2.出資金で運用しているように装う

3.実際には運用せずに集めた資金を着服する

4.信頼させるために出資者に最初の数ヵ月だけ配当金を出す

5.ある程度の出資金が集まった段階で逃亡、または意図的に破綻する

「元本保証」や「高リターン」などを謳い、言葉巧みにターゲットを欺いて出資金を集めます。特筆すべきは、集めた資金の一部をあたかも配当金が出たかのように渡す点です。こうしてターゲットを安心させたうえで、さらに多くの金が奪われます。

こうしたポンジ・スキームの被害に遭わないために、以下のような謳い文句で近づいてくる人物には注意してください。

・「元本保証・ノーリスク」を強調する

・異常に高い利回りを約束する

・損失が出ても補填できると主張する

・「いますぐ始めないと」「残り1名です」などと焦らせてくる

もし、このような勧誘を受けた場合は、まずは冷静になり、その場で決断せずに身近な家族や信頼できる金融機関や専門家に相談するようにしましょう。信憑性を慎重に確認し、決して焦って話に乗ってしまわないことです。

そして、当初1,700万円あった安達夫婦の資産は、夫の死による出費、減らせなかった生活費に加え、投資詐欺に遭ったことで、800万円にまで減ってしまいました。

心配した息子は、美帆さんを連れ、知り合いのファイナンシャルプランナー(FP)のもとへ相談に行くことにしました。

FPが試算して明らかになった、美帆さんの「老後破産危機」

息子と美帆さんから一連の話を聞いたFPはまず、美帆さんの毎月の生活費を洗い出し、現状を把握することにしました。

すると、現在の美帆さんの生活費は、月20万円かかっていることがわかりました。内訳は以下のとおりです。

<生活費内訳>

・住居費:3万円

・食費:7万円

・水道光熱費:2万円

・通信費:1万5,000円

・交際費:3万円

・その他:3万5,000円

■合計……20万円

年金収入は15万4,000円ですから、毎月4万6,000円の赤字となっています。

FPは、「この状態が続けば、あと15年で美帆さんは破産してしまいますよ」と話しました。とはいえ、美帆さんの年齢や体力面を考慮すると、これから労働収入を得ることは難しそうです。

そこでFPは、美帆さんが支出を減らせるよう、「生活費のスリム化」を提案しました。通信費や食費など、1つずつ支出を減らせるか見直していきます。

すると、月の生活費を2万円削減する見通しがつきました。このペースであれば、資金の枯渇は、15年後から26年後に延ばすことができます。

「家に閉じこもるより、外へ出て人と接したい」とアルバイトを開始

こうして、息子とFPの力を借りながら、改めて生活を立て直すことにした美帆さん。

夫を失ったうえに、さらに投資詐欺に遭って、どん底状態の美帆さんは、孤独と不安で夜も眠れない日々を過ごしていましたが、時間の経過とともに、少しずつ心の安定を取り戻し、前向きな気持ちが芽生えてきました。

やがて、「ずっと家に閉じこもるよりも、外に出て人と接したい」と考えた美帆さんは、ファーストフード店でシニア人材として働くことにしました。

初めのうちは緊張と不安がありましたが、若い世代から同年代まで、さまざまなバックグラウンドを持つスタッフとともに働くことで、美帆さんはしだいに生き生きと元気を取り戻していきました。月に2万円の労働収入を得ることで、生活にもよりゆとりが持てるようになりました。

仕事を通じて自信と生きがいを感じるようになり、美帆さんには笑顔が戻りました。美帆さんはいまも、孤独に苛まれることなく、前向きで充実した日々を過ごしているそうです。

辻本 剛士
ファイナンシャルプランナー