兵庫県尼崎市の福本鉄工所で働くミャンマー人従業員。左から、ナン・メイ・テッ・ピュさん、ソー・ミョー・テッさん、福本豊社長、娘の七重さん、カイン・サベー・モンさん、ジン・ミン・トンさん(写真・西垣充撮影)

「昨(2023)年あたりから、各支店から上がってくる外国人材採用の問い合わせ内容が変わってきている」と尼崎信用金庫国際部部長である鵜川圭太郎さんは話します。

中小企業が多く集積する尼崎市に本店を置く同信金は、阪神間を中心とする40市4町を営業エリアとしており、国際部には支店からクライアント先の相談が集まってきます。

「外国人がすぐに辞めてしまう」

何が変わっているのか。かつては「外国人をどうやって採用したらいいのか」という相談が多かったのですが、「外国人を採用したが、すぐに辞めて転職してしまった。何とかならないか」となってきたというのです。

日本に住んでいるからといって、国籍や生活環境が違う外国の方が日本人のような考えになっているとは考えにくい、外国人として理解したうえで雇用しないと定着が難しいのかもしれません。

とはいえ、どう行動すればいいのか。海外から直接雇用して外国人材の定着に成功している中小企業が、実は同じ尼崎市にあるのです。

1945年創業の福本鉄工所。製鋼を行わない鋼鈑の切断などを行う会社で、従業員は2024年6月現在でパートを含めて18人の会社です。そのうち外国人が4人で、全員がミャンマー人です。

日本人を募集しても集まらず、採用しても3カ月の試用期間内に退職したり、試用期間以上働いてほしくない日本人が来たりと困っていたところ、周辺の企業が外国人を採用し始めているという噂が聞こえてきました。

であれば、どう外国人を採用すればいいのか。同社の福本豊社長は、尼崎信用金庫の営業担当者が来た時に外国人採用について相談したところ、「これからはミャンマー人がいいですよ」との助言を受けたことがきっかけでした。

また、インドネシアから技能実習生を採用していた同業者から、人材の質が以前と変わってきたという話を聞いていたこともあり、外国人採用、とくにミャンマー人に興味を持ちました。

後日、尼崎市の近く・大阪府豊中市の行政書士「ふでもと事務所」の筆本真功さんが、同社を訪問しました。筆本さんはミャンマー人のビザ取得で多くの実績を持つ行政書士です。

オンライン面接で採用を決定

ミャンマーに行かなくて現地とスカイプでつないで志望者と対話できると聞きます。費用もかかりません。当時は2018年とコロナ禍によるオンライン面接が一般化する前でした。

そして、福本社長と妻の欣子(よしこ)さん、長女の七重さんの3人が面接を行いました。候補者はミャンマーの難関工科大学を卒業した男性7人。日本に来たことがないにもかかわらず、ある程度の日本語で会話ができることに驚き、いずれも採用したいと思わせる面接だったそうです。

ところが、福本社長が選んだ候補者と、欣子さん、七重さんの2人が採用したいと感じた候補者は真っ二つに分かれたそうです。今、工場で働くジン・ミン・トンさん(通称:ジン君)とソー・ミョー・テッさん(通称:ソー君)の2人は、欣子さんと七重さんが採用したいと思った2人です。

福本社長は「私は、ついつい経験や専門性を重視しがちになっていたのですが、性格や真面目さを重視した家族の視点がよかった。2人の判断を優先してよかった」と笑いながら、当時のことを振り返ります。

2人への内定通知後、日本で働くための手続きに約6カ月かかりました。その間、七重さんを中心にオンラインで定期的に内定者と連絡を取り合い、関係を築いていました。

2019年2月に来日。初めて外国人を受け入れることに不安はありましたが、来日後も気配りを絶やさず関係を太くすることを大切にし、七重さんが毎日の生活や仕事の悩みを手厚くサポートしました。

来日してから半年ほどは、仕事が終わった後に毎日20分ほど「今日は何をした?」「今日は何を学んだ?」「今日何か失敗したことは?」などと日本語で会話する時間を設けていたそうです。

仕事だけでなく、日本語を教えたり、一緒にレストランに行ったり、仕事以外の悩みを聞いてあげたりと、仕事以外の時間もともに過ごし、信頼関係を築いてきました。

「夜遅く、夜11時ぐらいに家のチャイムが鳴ることが時々あるんです。あ、これはジン君かな? いや、ソー君かも?」と。小さな悩み事でも相談してくれる存在になった七重さんの存在は、日本での生活において大きな支えになるだけでなく、本音を聞き出す貴重な機会になっています。

転職が自由な在留資格を持っているが…

来日6年目になる2人の在留資格は「技術・人文知識・国際業務」と呼ばれるもので、転職は自由です。実は、これまで転職を考えたこともあったようです。

来日して1年が経過した頃、本人たちから七重さんに給料の相談があったようです。自分の給料を他人に伝える外国の人は多く、ミャンマーの方も自分の給料を伝えることはごく普通のことになっています。

七重さんは福本社長に相談して、2人の勤務態度や、すでに会社にとって欠かせない人材になっていたこともあり、少し給料のベースアップを行いました。「本人たちに聞くと、ベースアップしたことによって、給料は知り合いの日本で働くミャンマー人のピン(上)とキリ(下)の、真ん中ぐらいになったようでした」。

福本社長は、給料のベースアップを行った当時、同じく外国人を雇用している同業者から「外国人社員に給料を払いすぎなのでは?」と言われたそうです。

その後、その同業者から「うちの外国人は辞めてしまった。福本社長のようにベースアップをできる範囲でやっていればよかった」とこぼされ、改めて「当時の判断はよかった」と振り返っています。

ミャンマーの人は、一度退職すると決めると、その後その不満を解消させても、例えば給料を上げても「退職する」という気持ちは変えないことが多いようです。

本人が今後の進路を決める前に対処する。そのためには、日頃から何でも話し合える関係性を築いておくことが、人材定着を考えるうえでとても大切なことがわかります。

ソー君は来日前にお付き合いをしている彼女がいました。ミャンマーに残してきた彼女であるナン・メイ・テッ・ピュさん(通称:ナンさん)とは遠距離恋愛で、すでに5年を経過していました。

ミャンマーでは2021年に発生したクーデターで国内の政治・経済の混迷が深まり、ミャンマー国内での就職が難しい状況です。ソー君は「結婚して日本に連れて来られないか」と考えるようになりました。

「彼女と一緒に働くことはできないか」

ただ、ナンさんは日本語を勉強し始めていましたが、会話もほとんどできない状態。それでも日本に来られるのか、また仕事もあるのかと思い悩み、結局、七重さんに相談しました。

ソー君から相談を受けたとき、七重さんはちょうど妊娠が判明した時でした。そのため、日本語があまり必要でない事務をアルバイトとして雇えないかと福本社長に相談しました。

福本社長は「ソー君は食生活が偏る傾向があり、健康に不安がある、それなら彼女と結婚して日本に来て一緒に生活すればプラスになるだろう」と思い、「アルバイトとして雇うから彼女を日本に呼びなさい」と伝えました。

そうして2022年10月からアルバイトとして働き始めたナンさん。七重さんに聞いてみると「日本語はまだまだ通じないですが、英語は少し通じますし、すごく真面目に働いていて気配りができるので、社内での評価も高い。安心して産休に入れます」と打ち明けました。

同僚のジン君も来日前から付き合っている彼女がいました。彼女であるカイン・サベー・モンさん(通称:モンさん)は京都の会社の勤務。離れ離れで5年間、恋愛をはぐくんでいました。

しかし同僚の彼女・ナンさんがやってきて同居したのを目の当たりにし、同じく遠距離恋愛が5年続いていたこともあり「自分も結婚して一緒に生活できないか」と考えるようになりました。

「日本で働く婚約者を雇ってもらえないか」

モンさんはコンピューターを使って3次元のオブジェクトやモデルを設計する3D CADのエンジニアです。「彼女(=モンさん)と結婚して一緒に生活したい」とジン君は七重さんに相談したところ、福本社長が「ちょうど会社のCADオペレーターの1人が60歳近くになっているので、雇用しても人材的にいいだろう」との回答をもらいました。

モンさんは5年間働いた会社を退社するのは申し訳なく思いましたが、結婚も人生にとっては大切なのでと会社に伝え2024年2月に退職、翌3月から働き始めました。

「うちのCADオペレーターは2次元の設計しかできませんでしたが、モンさんは3次元もできる。仕事の幅が増えて受注も増えるかも」と福本社長は期待を膨らませます。

外国人従業員の家族や身内を日本に呼んで一緒に雇用することで雇用が安定化するのは、地方企業や中小企業を中心に最近よく見られる傾向です。

賃金面では大手企業や首都圏のほうが魅力ですが、首都圏では2人以上で住めるような物件の家賃を会社が負担するのは難しく、また特別なルールを設けることが難しい大手企業では実行しにくい状況です。

外国人人材にとっては自分が働いている職場なので安心して身内を呼べるだけでなく、家族など親しい関係の同国人と生活することで精神的安定が生まれます。

そして、身内を雇ってくれたことで会社への感謝の気持ちが芽生えます。それだけでなく、家族全員が別の地域に行って同時に就職を決めることは難しいため、就職した企業での定着率も上がるという結果が生まれているようです。

普段から仕事以外でも会社の人とつながることは、日本人同士だと敬遠されがちです。しかし、異国の地で働き生活するミャンマーの方にとっては、日本社会に溶け込むきっかけになります。

孤独を感じさせず、配慮すること

さらに、孤独を感じることがなく、また知らないことを教えてもらい、アドバイスももらえ、自分のことを大切にしてくれている、と感謝する場合が多いようです。

こういった関係があるからこそ、賃金格差での転職を防ぎ、さらに母国の身内も引き込み、さらなる従業員を確保し、会社自体にも相乗効果をもたらす結果を残しています。

最後に、今後についてジン君とソー君に聞いてみると、次のように答えました。

「もっと賃金が高い会社はありますし、人材派遣会社から転職しないかという誘いもありますが、責任ある仕事を任せてもらってやりがいがあるし、福本社長や七重さんをはじめこの会社の方々がいるから、私はまずは永住許可が出るまでの10年間ここで働き続け、その後の人生を考えたいと思っています」

中小企業だからこそできる外国人材の離職を防ぐ方法は、日本人従業員の離職を防ぎ定着率を高める方法にも通じるところがあるのではないでしょうか。

(西垣 充 : ジェイサット(J-SAT)代表)