SPRINGMANが挫折をバネに凱旋、全身全霊のステージで記憶に刻んだ『SCREW』リリースツアーファイナル
『SPRINGMAN 1st mini album「SCREW」release tour』2024.6.28(FRI)東京・下北沢Daisy Bar
「初めて立ったライブハウスなんですよね。ここ(Daisy Bar)が。それから8年経って、自分の好きな音楽と、それを好きだと言ってくれるみんなと、この場所にいられて本当にうれしいです。今後ともよろしくお願いします!」
熱烈にアンコールを求める観客に応え、最後にもう1曲、熱唱バラードの「ポットパイ」を演奏する前にSPRINGMANこと荒川大輔(Vo.Gt)は、そんなふうに観客に語りかけたのだった。その時、彼の胸中に去来する思いについては後述したいと思うが、6月28日(金)、下北沢Daisy Barでついに迎えた1stミニアルバム『SCREW』のリリースツアーのファイナル公演は、この日、大雨が降ったことに加え、小田急線まで止まってしまったことも含め、忘れられない体験として彼の記憶に残り続けることだろう。
今回のツアーは各地、対バンスタイルで回ってきたが、この日のゲストは黒子首。早速、熱演を繰り広げると、満員の会場には、SPRINGMANの登場前からすでに大きな盛り上がりが生まれていた。
メランコリックな歌謡メロディを、ブラックミュージックの影響を消化した上で自在にリズムとギターの音色を操るバンドサウンドに落とし込んだ曲の数々は、まさにベスト選曲の趣。荒川のことをバネ君と呼び、「人間の弱い部分をしっかりと書いている彼の曲を聴いていると、自分もそんなふうに弱い部分を持っていていいんだと救われる」と語った堀胃あげは(Vo.Gt)。ファンキーなポップ・ナンバー「トビウオ愛記」のシンガロングにSPRINGMANの「さよなら北千住」のフレーズを織りまぜ、観客を歓ばせた。「さよなら北千住」は、彼女がSPRINGMANの存在を知るキッカケになった曲なのだそうだ。
そんな粋な演出が作った歓迎ムードの中、ベース、ドラム、キーボードからなるバンドとともにステージに出てきた荒川は客席に向け、ピースサインを掲げる。いや、この場合はビクトリーサインと言うべきか。その荒川が自慢のレスポールをミュートカッティングしながら歌い出したのは、「still writing…」。そこにサポートの3人が演奏を重ねると、早速、観客が手を振り始めた。大きなグルーブを描く8ビートのロックナンバー。たたみかけるようなサビのメロディが観客の胸を焦がしたところにバンドはキーボードがアナログシンセ風の音色で鳴る90’s調のパワーポップ・ナンバー「カポック」、8ビートのスピーディーなロックンロール「心境」と繋げ、観客の気持ちをさらに煽っていく。
ギターをかき鳴らしながら、シャウトするように歌い、時折、雄叫びをあげる荒川はエネルギーの塊そのものだ。筆者がインタビューした時の伏し目がちに言葉を選びながら語る思慮深い青年という印象はこの日、一瞬で吹き飛んだ。ステージとスタンディングのフロアの間にある柵の上で荒川がギターソロをキメると、今度は観客が鬨の声をあげる。
ドラムのリズムが倍テンになる「心境」のアウトロから、「まだまだ行くぞ!」と手拍子を求めながら繋げた「いないふり」はSPRINGMANのポップパンク・ナンバー。
「知ってたら一緒に歌ってくれ!」
荒川はマイク片手に再び柵の上でエネルギッシュなパフォーマンスを繰り広げた。そんな怒涛の序盤から一転。「ギターボーカル荒川大輔によるソロプロジェクト。私がSPRINGMANです。小田急線が止まってしまったと聞きました。しかも、めっちゃ雨が降ってる。本当にすみません。お足元の悪い中、ありがとうございます。一生懸命歌うので、どうか最後まで、どうか最後まで、どうか最後までよろしくお願いします!」という誠実さが滲む挨拶を挟んでからの中盤は、曲に込めた思いを語りながら、テンポを落として「雨降り休日」「とりとめもなく」「勤労」をじっくりと聴かせ、彼が作る曲の振り幅も見せつけていく。
「イヤな天気だけど、楽しんだ者勝ちです」と言った「雨降り休日」は、リズムが跳ねるリラックスしたポップ・ソング。エレピの音色で繋げ、「みんなで集まると楽しいですね。でも、家に帰ると1人、その1人の時間も大切です。そんな時間を歌にしました」と語った「とりとめもなく」は、淡々とした歌に切なさと都会的な洗練が滲む。グリッサンドからのピアノソロも聴きどころ。
そして、「みなさんと一緒に生きていきたいと思ってます。ずっと昔から歌ってきた、とっても大切な曲です」と想いを込めた「勤労」。荒川の弾き語りにバンドが寄り添うバラードにもかかわらず、観客が拳を上げたのは、命を擦り減らすだけの日々の中でもがき苦しんでいる歌の主人公の気持ちに共感したからだ。
荒川を鼓舞するようにキメを重ねながら、バンドの演奏が白熱し、<だけど僕は誰のために生きてるんだろうか>という荒川の熱唱が観客の胸を打つ。そして、荒川は観客の気持ちをさらにかき乱すようにバリバリと歪ませた音色でギターソロをかき鳴らしたのだった。今年4月に『SCREW』をリリースして、ようやくプロのミュージシャンとしてスタートラインに立てたという気持ちがあるのだろう。
「自分のこれまでの話を」とこの日、荒川が自己紹介を兼ねて、改めて語ったのは、子供の頃から歌うのが好きだったこと。野球を身長で挫折してからずっと歌ってきたこと。その後、路上ライブを始め、栃木県で高校生の1位になったこと。その時、東京からライブ出演の依頼があったこと。
「それがDaisy Barでした。栃木県で1位になってるから、自信満々でした。でも、ライブしたあと、また連絡しますと言われたけど、連絡は来なかったですね」
なるほど。今回のリリースツアーのファイナル公演の会場にDaisy Barを選んだのは、そういう理由からだったのか。荒川が凱旋ライブを意識していたのだとしたら、その願いは見事成就したと言えると思うが、実はもう1つ、この先、初心を忘れないようにするため、かつて鼻っ柱を折られた記憶を今一度思い出しておきたかったんじゃないかという気も筆者はしている。ともあれ、『SCREW』のリリースとそのリリースツアーがSPRINGMANの新たなキャリアの始まりと荒川は考えているに違いない。
「CD(『SCREW』のこと)を出すまでに6年掛かりました。『SCREW』はネジのこと。ネジはみんなの生活のいたるところにあって、みんなを支えています。でも、存在が薄いですよね。そんなネジの在り方が工業系の高校と大学に行ってたからってこともあるけど、僕は大好きなんです。そんなふうに自分の音楽で、おこがましいですけど、みなさんの支えになれたらと思って、『SCREW』とタイトルを付けました」
その言葉は、ここから新たなキャリアを始める荒川による宣言なのだと受け止めた。前述した「勤労」と並ぶこの日のハイライトと言えるのが、そんな宣言の直後に荒川がアコースティックギターを弾きながら、荒川曰く「夢を一緒に追いかけている」バンドとともに披露した『SCREW』のリードトラック「エスケープコール」。
「ここまでたくさんがんばってきたけど、たくさん逃げてしまった。自分の弱さが痛いほど身に染みた。同じように思っている人は、ここにもいると思う。僕が逃げたとき、友達が助けてくれたように今度は僕がみなさんを助けたいと思います!」
この曲が物語るのは、荒川が語った悲壮な思いとは裏腹にミッドテンポの演奏に滲むポップな味わいもまたSPRINGMANの大きな魅力だということだ。
そして、「いよいよラストスパートです!」と声を上げた荒川はバンドとともにサビのシンガロングも含めキャッチーなポップロック・ナンバー「さよなら北千住」、リズムがファンキーになるロックンロール「右にならえ」とたたみかけるように繋げ、フロアを存分に揺らすと、最後は「ありがとうございます!」と柵の上でギターをかき鳴らした。
アンコールを求める観客に応え、再びステージに出てきた荒川は、10月10日(木)にShibuya eggmanで自主企画『発条燦々 vol.3』を開催することと、同ライブがバンドセットと荒川による弾き語りの2本立てに加え、ゲストも迎えることを発表して、観客に歓声を上げさせた。
CDをリリースするまでには6年掛かったけれど、今現在のSPRINGMANにはやりたいことも、それをやるはっきりとした目的もある。そして、協力してくれる仲間もいる。となれば、その活動はこれからどんどん勢いを増していくに違いない。SPRINGMANに迷いはこれっぽっちもない。
取材・文=山口智男 写真=オフィシャル提供(撮影:満田彩華 @ayaka_photo44)