家系ラーメンの「壱角家」が店舗を増やしている。2024年6月現在で、店舗数は124店舗(直営101店舗、FC23店舗)となっている。運営する「ガーデン」の川島賢社長は「2014年に東京チカラめしの63店舗を即決買収し、飲食業の一等地を確保したことで、壱角家のチェーン展開を成功させられた」という――。

※本稿は、百折不撓編集委員会『意外とイケてる起業家の告白』(日刊現代)の一部を再編集したものです。

撮影=プレジデントオンライン編集部
壱角家 築地店 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■高卒、フリーターからのスタート

高校を卒業後、私はのらりくらりと生きていました。定職にも就いていない、フリーターだったんです。

20歳のころ、好きな女の子がいました。あるとき、彼女が留学することになりました。引き留めたかったけど、できませんでした。後日、彼女から手紙が届きました。「もっと、広い世界を見たほうがいいんじゃないの?」と。

当時、アルバイトとは別に、知人の会社の立ち上げを手伝っていました。寝ずに仕事に取り組むことはあったけれど、いわゆる熱意なんていうものは持っていませんでした。けれども、彼女の留学、そして手紙の一件から、仕事に対する考えが変わったのを覚えています。

時には、元博報堂の社員が立ち上げた、広告代理店から仕事を受注することもありました。その代理店のつながりで、不動産会社と知り合うことになりました。そしてあるとき、不動産会社から不採算のカラオケ店を譲り受けたんです。2000年ごろの話です。

■大手カラオケチェーンと勝負できたワケ

通常、カラオケ店は機材や建物など、1億円から2億円ほどの初期投資がかかります。けれども、幸運にも私はそれを、ゼロ円で引き継ぐことになったんです。つまり、投資回収をする必要はありません。当時、周囲には「シダックス」や「ビッグエコー」など、大手カラオケチェーンが存在していました。しかし、無料でもらった店には借金がないので、大手カラオケ店より価格を下げるのも容易でしたし、売り上げは、ほとんどそのまま利益になりました。

基本的に、日中の客室使用料金はゼロ円で、深夜だけ1時間につき380円前後の料金を設定していました。ドリンクも、1杯目は無料です。そのかわり「2杯目以降も、たくさん注文してくださいね」という形で、例えば烏龍茶などのドリンクを350円ほどで提供していました。烏龍茶って、原価率が10%くらいなんです。それだけでも十分もとがとれ、経営が成り立つわけです。

■「居抜きビジネス」で急成長を遂げる

しかも、人件費は自分が働いてしまえば抑えられます。お店から徒歩2分のところにアパートを借りて、朝10時くらいから、日付が変わった明け方4時くらいまで働いていました。社員は私だけ。あとは、アルバイトを雇って補っていました。

本当に単純なことしかしていないのに、引き継いだときは、毎月の売り上げが100万円程度だったのが、ひと月で300万円になり、半年後は1000万円を超えました。

その後も不採算のカラオケ店をどんどん買い取り、店を再生するビジネスで、3年間で年商10億円、10店舗まで展開するに至りました。新店舗を新たに建てるわけではなく、買い取った物件の設備や内装をそのまま利用する、いわゆる“居抜きビジネス”です。現在では、大手カラオケチェーンの「まねきねこ」が、同様のビジネスを展開されていますね。

写真=iStock.com/loveshiba
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/loveshiba

こうして急成長を遂げたわけですから、世間から多少なりとも注目が集まります。そのようなとき、取引銀行からステーキ店を経営している会社を紹介されたんです。これが、ガーデンが外食事業に参入するきっかけとなりました。

■「失敗しないものしかM&Aしない」という鉄則

事業譲受の話があった際、店へ行ったのですが、それはもうひどい状態でした。ショーケースはぼろぼろだし、掃除も徹底できていない。夜、店先の電気はついていないし、営業終了時間前に、従業員が勝手に店を閉めて、帰ってしまっていたんです(笑)。

ところが、このような状態でも、引き継ぐ前の時点で多少の黒字が出ていました。だから「損をすることはないだろう」と思い、購入を決めました。

それからは、お店はきれいにしましょう、電気はつけましょう、営業時間は守りましょうと、本当に当たり前のことをやっただけです。それだけで、このステーキチェーンは、最終的にはもともとの数字から2倍ほどの利益に成長しました。

そもそも、私は失敗しないものしかM&A(企業の合併・買収)しません。これは、創業から20年以上たった現在でも同じです。

■「東京チカラめし」を即決買収

その後も、牛丼、ラーメンなど、さまざまな事業を買収し、再生していきました。インパクトがあったM&Aの一つが、当時、焼いた牛肉をご飯にのせた「焼き牛丼」で人気を博していた「東京チカラめし」の買収です。

東京チカラめしは2011年に1号店を東京の池袋にオープン後、テレビや雑誌などのメディアに取り上げられ、瞬く間に有名になりました。最盛期には134店舗にまで拡大していました。

話題性はあったのですが、訪れる客は「一見さん」ばかりで、なかなかリピーターの獲得には至っていませんでした。

M&Aの際、売り手企業の損益計算書や貸借対照表という企業の財務状況をまとめた資料に目を通します。東京チカラめしは新規出店の際、最初の3カ月は1000万円以上の売り上げを出していました。そのため、50店舗、100店舗と、どんどん店舗展開を進めていました。けれども、5カ月後には1000万円が200万円に落ち込んでいたんです。もう、大赤字です。ガーデンが買った63店舗は、毎月の赤字がトータルで8000万円くらい出ていました。

東京チカラめし「焼き牛丼」(写真=FOcdp/CC-Zero/Wikimedia Commons)

■「あんな牛丼店を買って、どうするんですか」

そのため、東京チカラめしを買収すると発表したとき、取引している銀行から「あんな牛丼店を買って、どうするんですか」なんて言われました。翌日には、私の携帯電話はパンク状態です。友人、仕事関係の人、古くからの知り合い……。あらゆる人から着信やメール、LINEといったメッセージが入っていました。忙しかったので、どれも出なかったんですけれど。それほど、東京チカラめしを買収すること自体の話題性が強烈だったのです。

東京チカラめしは一等地に店を出していたので、他にも「買いたい」と名乗り出ていた会社が複数ありました。例えば、大手焼き肉チェーンの「牛角」などです。けれども、彼らはスピードが足りませんでした。

先のステーキ事業の買収の際もそうですが、私は損益計算書や貸借対照表を見て、この企業はいま、どれくらいお金に困っているのかを確認します。M&Aの話が来てから見る、というより、日頃からチェックしているため、情報は常に把握しています。

■「東京チカラめし」を継続するつもりはなかった

そのため、売り手企業が「3000万円で売りたい」と言っていても、「先方は2000万円に値下げしてでも売却したいはずだ」とわかれば、強引に押し通します。買って、成功しなければ、意味がありませんから。売り手企業も、たとえ3000万円が入らなくても、2000万円あれば存続できます。でも「買いません」となれば、それで終わりなんです。時々「冷たい」と言われますが、意外と「Win-Win」なんですよ。

そういうわけで、東京チカラめしも、なるべく早くお金が必要であることがわかっていました。だから「うちは、明日にでも現金で支払いますよ」と言ったんです。そうして、当社が63店舗を引き継ぐ形となりました。

けれども、そのまま牛丼店を継続するつもりはまったくありませんでした。当時、ガーデンは横浜発祥の豚骨醤油ベースのスープと、太いストレート麺が特徴の「家系ラーメン」で成功していました。トップブランドの一つ、壱角家です。

撮影=プレジデントオンライン編集部
壱角家「横浜家系ラーメン」 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■壱角家1号店は、「日高屋」すら撤退した場所

いまは移転していますが、その1号店は地下に店舗を構えていました。場所は新宿ですが、人気中華チェーンの「熱烈中華食堂日高屋」ですら、撤退したテナントでした。決して、条件はよくなかったんです。けれども、その店舗は当時から東京チカラめしの3〜5倍の売り上げを出していました。この結果から「家系ラーメンは、かなり期待できる」ということがわかっていました。だから、東京チカラめしを買収したら、その跡地で壱角家を全国に一斉展開しようと思っていたんです。

牛丼とラーメンは店のつくりが似ていて、厨房やカウンターなど、改装で手を入れるところはほとんどありません。看板や壁などの表面の仕上げをちょっとだけ変えて、改装費もそれほどかけず、60店舗ほどを一気に業態転換しました。予想通り、これがうまくいき、8000万円ほどあった赤字は半年でゼロ。2023年現在は、家系ラーメン全体で年間15億円近い利益を見込んでいます。

■「山下本気うどん」ヒットの裏側

「明太子が入った、白いクリームうどんとか、やってみませんか」

ある社員の発言をきっかけに、商品の大ヒットにつながったのが、2017年に再生した「山下本気うどん」です。

山下本気うどんは、元芸人のオモロー山下(現・インタビューマン山下)さんが立ち上げたうどん店です。山下さんは香川県ご出身で、名店「うどん慎」でも修業を積まれた、実力派です。そのため、当社がライセンス契約を結んだ後も、ノウハウに従い、特別な仕掛けをつくることもなく、3年ほど淡々と営業を続けていました。

ところが、あるときから、日本で大ヒットしている有名ダンスグループのみなさんが頻繁に訪れ、SNSなどで紹介してくれたんです。

同時期、当社の社員が先述の「白いクリームうどん」を発案し、「白い明太チーズクリームうどん」が誕生しました。白い明太チーズクリームうどんは、明太子と出汁を絡めたうどんの上に、それらが見えないくらいにたっぷりのクリームを絞った逸品です。これがSNSでヒットし、写真を撮りたいお客様がたくさん訪れました。

さらに、同じころ、人気YouTuberも出前をよく頼んでくれるといったことも重なって、相乗効果でどんどん宣伝になりました。

写真提供=ガーデン
山下本気うどん「白い明太チーズクリームうどん」 - 写真提供=ガーデン

■ラーメン業界では「常識外れ」の戦略

ちなみに、私はあまり商品開発に口出ししません。事業部署が「おいしい」と判断すれば、それでよいと思っています。私は、数字しか見ていません。そのメニューがきちんと利益につながるのかはしっかりと確認しています。

けれども、“素人意見”が役に立った場面もありました。例えば、先の壱角家の例です。あるとき「スープをそれぞれの店で作るのは、やめよう」と言ったんです。ラーメン業界からすれば、少し常識外れなことかもしれません。

壱角家を手がける前にも、ラーメン事業を買収し、再生したことがありました。売り手企業は、10店舗ほどある店のスープをそれぞれの職人に作らせていました。けれども、ラーメンは職人に腕がなければ、たとえ店で一からスープを炊いてもおいしくなりません。手を抜く人だっていますし、職人が休みの日だってあります。そのため、買収した10店舗のラーメンを食べ比べてみたところ、味にムラがあったんです。腕利きの職人がいる店のラーメンはおいしいけれど、はっきり言って、まずい店もありました。

■ブランド力の源泉は「いつでもあの味が楽しめる」

そもそも、ラーメン職人は一人前になるため、長い年月をかけた修業が必要な世界です。作る人によって味に差が出てしまうのは当然のことでしょう。職人一人ひとりを一人前にして、それをチェーン展開しようとなると、何年もかかってしまいます。1店舗ごとに作っていては、水道光熱費や、人件費も発生します。

そのため、壱角家では、“もっとも腕のよいラーメン職人の味”を広げられなくても、アルバイトでも再現できるような工程を開発し、味の均質化をめざしました。

飲食店を出すうえで、おいしいものを提供することは当然です。けれども、ガーデンは「隣の駅に移動してまでもお越しいただけるような店」をめざしているわけではありません。食べたいときに気軽に立ち寄れて「あそこへ行けば、いつでもあの味が楽しめる」と、安心してもらえるような店を展開しています。

そのためには、全店舗のクオリティーを統一することが欠かせません。頻繁にお越しいただくには、駅前であること、利便性がよいことも外せない条件です。このような積み重ねが、やがて「ガーデンならでは」のブランド力を高めてくれると考えています。

■だから壱角家は「1人勝ち」を続けられる

だからこそ、確実に一等地をとらなければいけません。東京チカラめしを、すぐに買い取ろうとしたのはそのためです。買収後、たった半年間で同店のほぼすべての店舗を、壱角家に業態転換しました。結果、壱角家はガーデンのトップブランドに成長し、飲食業界では異例の利益率単月40%を叩き出す店舗も続出しました。

百折不撓編集委員会『意外とイケてる起業家の告白』(日刊現代)

こういったガーデンの状況を見て、時折、大手牛丼チェーンなどが家系ラーメンに参入しようと、新店舗をオープンさせています。けれども、なかなか店舗数が伸びていません。

理由は明白です。都内の一等地は、すでに壱角家が占めてしまっているためです。ガーデンの手法で家系ラーメンを成功させるためには、味、そして立地といったバランスを、すべて網羅しなければならないのです。もちろん、牛丼店をラーメン屋に変えるなどすれば、向こうにも勝算があるかもしれません。けれども、わざわざうまく行っている牛丼店を閉じてまで、冒険する理由はないでしょう。

東京チカラめしの買収で好立地を得たこと、そして、それを一気に家系ラーメンに変えたことで、他社が入りにくい状況ができあがったのです。

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百折不撓編集委員会(ひゃくせつふとうへんしゅういいんかい)
百折不撓とは、何度失敗しても志を曲げないという意味です。中小企業の経営者が遭遇した困難、そこでの苦悩を、どう克服し、どう自身と会社を再生していったかのストーリーを紹介するシリーズです。
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(百折不撓編集委員会)