■政治経験ゼロで、地方議員に「転職」した

月額報酬は61万9000円。ボーナス含めた年間報酬は1021万円。労働日数は年間50日間。

こちらは、私、渡辺やすしの、新宿区議会議員としての「待遇」です。新宿区議会議員をはじめ、すべての地方議員の給料は条例で定められ、ホームページなどで公開されています。しかし、議員の「待遇」の現実はあまり知られていません。そこで、私は初当選してすぐに、X(旧Twitter)の給与明細買取屋さんというアカウントを通して「待遇」を広く公開しました。すると、大きな反響をいただくことができました。

私は、新宿区議会議員に当選するまで、政治家秘書や政党職員など、政治経験は一切ありませんでした。親族や友人にも政治家はいません。昨年1月に出版社を退職し、選挙活動をスタートさせ、4月に新宿区議会議員選挙に当選しました。私としては、サラリーマンから地方議員に「転職」した感覚です。就任して1年が経ちましたが、「高齢者偏重政治をやめて、限られた税金の使い道を現役世代に」という公約が実現するなど、地方議員としての活動に一定の手ごたえを感じています。

それと同時に、地方政治を良くするには、私のような政治経験のない議員がもっと増えたほうがいいのではないか、と考えるようになりました。そこで、本稿では、現職議員の立場から、給与明細よりも突っ込んだ議員の待遇を明かします。転職先の一つとして、「地方議員」を検討する人が一人でも増えればと思います。

写真提供=渡辺やすし氏
新宿区議・渡辺やすし氏の給与明細。報酬月額は61万9000円、所得税などの控除が5万410円で、振込額は56万7590円と書かれている。 - 写真提供=渡辺やすし氏

■東京都の区議の年収はどこでも約1000万円

新宿区議会議員の「給料(議員報酬)」は、月額61万9000円、期末手当(年2回支給)約139万1000円で、1年間でトータル約1021万円が支払われます。議員の給料は自治体ごとに条例で定められていますが、東京23区ではだいたい横並びで1000万円前後です。

自治体の規模により、議員報酬は異なります。全国市議会議長会の調査(2023年)によると、全国815市の市議会議員の平均月額報酬は42万5000円。人口5万人未満の自治体では33万7000円、20万〜30万人未満では55万円、50万人以上では72万6000円、と人口規模が大きな自治体ほど議員の給料が高い傾向にあります。地方議員の給料はその自治体の部長職の給料に準じているとされているので、議員の報酬の差は、自治体職員の給料の差とほぼ比例しています。

ただし、自治体職員と地方議員の給料以外の「待遇」は大きく異なります。一つは労働時間です。自治体職員であれば、基本、平日の午前9時から午後5時が定時です。一方、新宿区議会議員は、条例で出席が義務付けられている議会や委員会の開催は、2024年では約50日です。年間報酬を日数で割ると、「日給」は約20万円。経験上、議会や委員会の開催数のうち半分は午前中で終わりますし、新宿区議会の場合は、午後5時をこえて開催されることはほぼありません。「時給」に換算するとおそらく5万円を超えます。

■「昇給」はないが、ベテラン議員は「役職手当」を受けやすい

さらに、地方議員は「副業」ができます。全国市議会議長会の調査(2021年)によると、全市議会議員の53%が兼業しています。新宿区議会でも38人中12人が、医師、税理士、行政書士、会社役員、会社員などさまざまな仕事を兼業しています。私自身も会社経営者を兼業しています。拘束日数が少ないので、一般企業のサラリーマンよりも副業がしやすい状況にあると思います。

「経費」も支給されます。新宿区議会では「政務活動費」として給料とは別に、月15万円が各議員に支給されます。これは資料としての書籍代、政策を有権者に伝えるためのビラの印刷代、区役所の議員控室に配置するソファなどの備品購入代などに使えます。ただし、1円単位で領収書を添付しなければいけませんし、会食の費用はもちろん、生活費などに流用することも許されません。また、使わなかった政務活動費はすべて返還しなくてはいけません。

私は、選挙のときに「政務活動費は1円も使わない」という公約を掲げたので、全額返納しています。ちなみに「政務活動費」は自治体によってばらつきがあります。全国市議会議長会の調査(2021年)によると、政令指定市の65%の市議会が月30万円以上であるのに対し、人口5万人未満の自治体の市議会の約50%は月1万〜2万円です。

また、「役職手当」もあります。議員の給料は、初当選議員でも20年以上続けているベテラン議員でも同額で、「昇給」はありません。しかし、「議長」「副議長」「委員長」「副委員長」などの役職では月額報酬が増えます。新宿区議会の場合、議長は32万9000円、委員長は4万7000円が月額報酬に加算されます。これらの役職は議員の互選で決められますが、会派ごとにポストがあらかじめ割り振られていて、当選を重ねたベテラン議員が所属会派から推薦されることが多いので、結局は当選を重ねると「昇給」することになります。

写真提供=渡辺やすし氏
新宿区議会で区長に質問している渡辺やすし議員。 - 写真提供=渡辺やすし氏

■次の選挙で落選すれば、収入はいきなりゼロになる

新宿区の平均世帯年収は534万円ですから、1021万円という新宿区議の年収は相対的に高いと言えますし、労働時間、「経費」、「役職手当」なども含めた待遇も、決して悪くないと考えます。町村を除く、全国の自治体では、その地域の平均世帯年収を大きく超える給料を支払われることがほとんどなので、多くのサラリーマンにとって、地方議員への「転職」は、待遇面で魅力があるのではないでしょうか。

ただし地方議員にはリスクもあります。先ほど、条例で定められた議会や委員会での出席は年間50日程度と書きましたが、残りの315日間なにもしなければ、間違いなく次の選挙で落選します。

そもそも、議会や委員会で政策提言するためには、文献などの資料を読み込む研究時間が必要不可欠です。また、有権者から寄せられた様々な住民相談に対応したり、小学校の入学式やお祭りなどの地域行事に顔を出したり、駅前で街頭演説をして自身の議会活動についての報告をしたりすることにも、多くの時間を地方議員は割くことになります。

■雇用保険はなく、失業手当も受給できない

これらの活動をどの程度行うかは、各議員の裁量ですが、4年後の選挙の当選はもちろん、議員として価値ある仕事をするためにも、議会や委員会以外で、どれだけ地域住民の声を聞けるかが重要になってきます。

また、地方議員の任期は4年です。4年後の選挙で落選すれば、いきなり収入はゼロです。昨年の新宿区議会選挙では29人の現職議員立候補し、議長経験者2人を含む4人が落選しています。議員には雇用保険がありませんから、失業手当も貰えません。さらに自治体の首長と異なり退職金もありませんし、議員年金も廃止されているので、国民年金や国民健康保険に加入しなくてはいけません。

全国市議会議長会の調査(2021年)によると、市議会議員の平均年齢は59.8歳ですから、落選後、新たな就職先を見つけることも困難でしょう。私も含めた多くの地方議員が「兼業」をしている背景には、落選時へのリスクヘッジという側面もあります。もっとも、議員報酬だけで生活する議員が、落選での生活不安を恐れて当選自体が目的化したとすれば、民主主義にとって弊害でしかないので、私自身は議員の兼業には肯定的な立場です。

サラリーマンとして築いてきた地位やキャリアを捨てて、地方議員選挙に「転職」する最大のリスクはこの職業としての不安定さにあると思います。家族を養わなければいけない場合、さらにそのリスクは増えるでしょう。一部の資産家を例外として、立候補する前に、議員としての報酬以外の収入に一定のめどをつけることが必要になります。

新宿区役所(写真=Asanagi/CC-Zero/Wikimedia Commons)

■自分の住む街を変えられる「やりがい」はすごい

「転職」で重要なのは、それまで仕事のキャリアが生かせる、ということでしょう。その点、地方議員はうってつけの転職先です。例えば、新宿区議会では私だけが、元新聞記者・編集者という経歴です。そこでマスコミで培った発信力を生かし、たびたび自身のSNSをバズらせています。その結果、「敬老祝い金の一部見直し」「小中学校の学校給食費無償化」「ベビーシッター助成制度の拡大」など、選挙の時に掲げた公約の多くを、就任1年以内に達成できました。

議員の仕事で役立つのは、職歴だけではありません。私は1歳児の父親という子育て世代の当事者でもあり、その経験から「保育園送迎時のシーツの持ち帰りが保護者の過剰な負担になっている」という問題を議会で初めて訴えました。

自分が歩んできた経験に基づいて、自分の住む街の政治が、明日少しだけ変わる。これは、地方議員という仕事にしかない「やりがい」だと思います。ぜひ、地方議員への「転職」を前向きに検討してみてください。

----------
渡辺 やすし(わたなべ・やすし)
新宿区議会議員
​1985年生まれ。早稲田大学法学部を経て、同大学院公共経営研究科修了。産経新聞記者を経て、東京ニュース通信社で編集者として勤務する。2023年、新宿区議会議員に初当選。一人会派「現役世代に優しい新宿」を結成し、幹事長を務める。X(旧Twitter)のアカウント(@nabe_yas1985)で、日々、活動を発信中。
----------

(新宿区議会議員 渡辺 やすし)