1998年の創業以来、会社を率いてきた藤田晋氏。30年弱に及ぶ社長人生最後の大仕事が正念場を迎えている(左画像:サイバーエージェント公式HPより、右写真:梅谷秀司撮影)

創業者である藤田晋氏の社長引退が2年後に迫る、サイバーエージェント。後継者にバトンタッチした先で、どう成長を描くのか。

『週刊東洋経済』6月15日号(6月10日発売)の第2特集は「サイバーエージェント 『ポスト藤田時代』の茨道」。藤田氏へのインタビューや関係者取材から、「ポスト藤田時代」への準備を進めるサイバーの現状と課題に迫った。


「正直、本当に無理なんですよ、引き継ぐの。本当に無理だって、自分が一番わかっている」

日本最大のネット広告代理店、サイバーエージェント。創業者である藤田晋氏の社長退任まで、残り2年を切った。後継者の育成・選定がヤマ場を迎える中、藤田氏は東洋経済の取材に、その難しさを赤裸々に語った。

2023年3月、自身のブログで2026年に社長を退く意向を宣言した藤田氏。先週で51歳になったばかりと、むしろ大企業の社長として脂が乗ってくる時期にも思える。しかし20代、30代の若い社員が活躍できる同社のカルチャーを守るために、今のうちにトップを退くことが賢明と判断した。

サイバーエージェントでは2022年から、30〜40代の有望な社員16人を選抜し、後継者育成の研修プログラムを履修させてきた。段階的な絞り込みを経て残った1人が、2026年春に2代目社長の座に就く。藤田氏も会長CEOとして、当面は伴走する想定だ。

武将的キャラで知られる最有力候補

社内外では“ポスト藤田”の予想をめぐり、早くもコンセンサスが固まりつつある。

最有力候補と名高いのは、2006年に入社した山内隆裕専務(40)だ。ガラケー向けが中心だったモバイル広告事業の重心を、当時は未成熟だったスマホ市場にシフトすることで、急速に売上高を拡大させた実績を持つ。サイバーエージェントの元幹部A氏は、「これだけの方針転換を決断できる大胆さが武器だ」と評価する。

近年はエンタメビジネスの育成を託され、多種多様な業界人との人脈作りに腐心してきた。寡黙な印象を持たれながら、熱心な渉外活動ぶりでも知られており、同社のエンタメビジネス関係者は「本人が意図しているかはわからないが、クライアントを囲う広告営業の経験を、漫画作家や出版社、アニメスタジオなどとの向き合いにも生かしている」と分析する。

人物像として、関係者が口をそろえるのが「組織づくり」への高い意識だ。「根っこの思想が軍隊的で厳しい」「『キングダム』の武将に憧れるようなタイプ」(複数の関係者)などといわれるだけあって、社員がスクラムを組んで突撃していくような営業組織を標榜してきたという。


山内専務を周囲が有力視する理由は、これらの実績や人柄以上に、藤田氏との厚い信頼関係にある。「山内専務は藤田さんへの忠誠心が高く、藤田さんもとくに山内専務をかわいがっている印象だ」(サイバーエージェントの元幹部B)。ちなみに山内専務と藤田氏は、ヒップホップという共通の趣味も持つ。

肝煎り事業のABEMAでは2023年からCOO(最高執行責任者)を任され、今年から本格的に動き出すIP特命部隊の舵取りも山内専務に託された。A氏は「山内体制に向けて、すでに実質的な移行時期に入っているのでは」と勘繰る。

最大の対抗馬は異色の若手ホープ

同じ40代でも、山内専務と対照的なキャラクターの候補者が内藤貴仁常務(46)だ。広告部門において、広告代理の事業部と双璧をなすAI事業本部のトップを務め、AIを用いた広告ソリューションの展開や、約90人のAI研究者が集うラボのマネジメントを担う。

人当たりのよい印象からは想起しにくいが、実は自他ともに認める「とがった人材」の内藤常務。藤田氏との指揮系統を重視する山内専務とは対照的に、勝手に案件を進めていくタイプだ。しばしば藤田氏から「内藤がやってること、よく新聞で見るよ」と言われるそうだが、当の内藤常務は「あ、そうですか。ありがとうございます」と意にも介さない。

ある社員は「広告ビジネスを人手からAIにシフトし、省力化しないといけないという危機感から、早い段階でAIラボを立ち上げた。彼の先見の明が、現在の競争優位性につながっている」と評価する。同時に、元社員からは「内藤さんと若手社員で会食した際に、『俺がいなかったら今のサイバーはなかった』と豪語していた」という逸話も聞かれる。

担当領域や実績、肩書を見れば、内藤常務も新たなトップの有力候補者に映る。だが、次期社長には会長CEOに就く藤田氏との伴走力が問われるだけに、そのポジションにははまりにくいとの見方が大多数だ。

後継者レースを藤田氏の愛する競馬になぞらえて、本命馬を山内専務とするなら、最大の対抗馬と目されるのが、1990年生まれの飯塚勇太専務(34)だ。

飯塚氏は、サイバーエージェントの一内定者にすぎなかった学生時代、開発したスマホアプリが藤田氏の目に留まり、勧められるがまま入社前に子会社・シロクを起業。入社後も主要部門を経ず、24歳で執行役員に抜擢された異色の人材である。

代表的な成果が、2017年にシロクで立ち上げたコスメブランド「N organic」。ECからリアル店舗にも進出し、四半期ベースで数億円の利益貢献をするまでに成長させた。

サイバーエージェントの主力事業は、広告であれば景気動向に、ゲームはヒットの有無によって売り上げが大きく変動しやすい。

そうした中で飯塚専務は、固定客との関係性を積み上げるコスメビジネスや、3年余り代表を務めたサブスクリプション型のマッチングアプリ『タップル』など、安定収益の見込める事業をコツコツ伸ばすことを強みとする。

同じ30代では、ブログサービス「Ameba」の広告営業で結果を残し、ABEMA広告ビジネスを管轄する山田陸常務の名前も取り沙汰される。ただ、「山田常務も含め、多くの若手役員は営業や人望などに強みが限られる。飯塚専務の起業家としての実績、複数の子会社を俯瞰してきた経営スキルとは比べ物にならない」(複数の元幹部・社員)との声が聞かれる。

座学研修は終了、能力開発のフェーズへ

山内専務と飯塚専務の一騎打ちとも言えるレースにおいて、大穴と目される人物がいる。現在は採用戦略などを担う石田裕子専務だ。

20代で広告代理の営業統括に抜擢された実力者で、入社年次では山内専務の2つ先輩。採用や女性活躍推進、働き方の再構築プロジェクトなどを率いてきた石田専務の経験値は、藤田氏の「社員と会社の空気を丁寧に観察し、『この年に入社した社員からは子会社社長が出ているが、この代からは出ていない』とか、社内制度の浸透具合などに目を配っていた」(元幹部B)という側面とも合致する。

また、カリスマ創業者を抱える企業体質上、「みんな社長になることすら考えていなかった」(藤田氏)社内において、「石田専務は以前から上を強く意識してきた」(元幹部A)希有な存在とされる。これらの要素をもってして、山内・飯塚両専務をも"まくる"可能性があるというわけだ。

16人を対象とした、後継者育成プログラムの座学的な研修はこの3月で終了した。目下、後継者候補を数人に絞り込み、実務を通した能力開発のフェーズへと移っている。

ポスト藤田時代のサイバーエージェントは、待ち構える茨道を突破することができるか。藤田氏の30年弱におよぶ社長人生の総仕上げとなる「引き継ぎ可能な体制構築」が、正念場を迎えている。

(森田 宗一郎 : 東洋経済 記者)