国際社会で日本の存在感を高めるには、どうすればいいのか。ジャーナリストの池上彰さんは「アメリカ一辺倒ではなく、日本ならではの外交を展開すべきだ。日米同盟を基本に、隣国の韓国や南半球の『雄』とも言えるオーストラリア、外交巧者であるイギリスと仲良くしたほうがいい」という――。

※本稿は、池上彰『新・世界から戦争がなくならない本当の理由』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。

写真=CNP/時事通信フォト
2023年8月18日、メリーランド州サーモント近郊の大統領静養地キャンプ・デービッドで開催された日米韓首脳会談の共同記者会見で、日本の岸田文雄首相を見つめるジョー・バイデン米国大統領 - 写真=CNP/時事通信フォト

■パレスチナ紛争で「日本ならではの外交」を

日本の外交は、やはりアメリカとの同盟関係を基軸にすることが大原則です。しかし、すべてアメリカと同一歩調を取る必要はないと思います。

たとえば地球温暖化問題で、アメリカはトランプ政権時代に、国際的な枠組み「パリ協定」から離脱しました(2020年11月)。バイデン政権になってから復帰しましたが、もしトランプが再選されれば、再び離脱することが予想されます。そのとき、日本が「温暖化対策は必要です」と進言する。これが大事です。

パレスチナの紛争で言えば、アメリカは完全にイスラエル寄りですが、日本はイスラエルとの関係を大事にしながらも、パレスチナも支援しています。独自の外交でいいでしょう。幸いにも、日本はパレスチナともイスラエルとも良好な関係を築いています。日本ならではの外交を展開できるはずです。

■日本の支援資金で危機を乗り越えた国連組織

アメリカはUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)への支援をトランプ政権時代にやめています。なぜパレスチナを守る必要があるのか、アメリカの支援金の一部がハマスに渡っているに違いないと、支援をいっさい停止したのです。

UNRWAの支援資金は3割をアメリカが負担していましたから、それがなくなり、UNRWAは機能停止になりかけました。すると日本とEUがアメリカの抜けた分を埋め、UNRWAは危機を乗り越えることができました(バイデン政権はUNRWAへの支援を復活させています)。

ただし、ハマスがイスラエルを攻撃した際、UNRWAの職員がハマスの手助けをした疑いが出て、2024年1月に世界各国は一時、UNRWAへの支援を停止しました。

■上川外相が「ポスト岸田」と期待される理由

また、アメリカは1980年4月にイランと国交断絶して以来、敵対しています。しかし日本は、イランと良好な関係を保っています。仮の話ですが、岸田文雄首相がイランに飛び、ハメネイ師に「核開発を止めるべきだ」と言うだけでも、抑止力になり得ると思います。

上川陽子外務大臣は、こうした外交をしています。外相に就任直後、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長とエジプトで面会し、パレスチナ支援を表明しました(2023年10月21日)。その後イスラエルに渡ると、エリ・コーヘン外相と会談しています(同年11月3日)。

この実績からか、いま新聞・テレビの政治部記者をはじめ、メディアの間では、上川外相の評価が急上昇、ポスト岸田に上川陽子の名前が浮上してきました。気の早い記者は、日本初の女性総理大臣と予想するほどです。

いずれにせよ、日本は日米同盟が基本ではあるけれど、すべてをアメリカの言うとおりにするのではなく、独自性をどこまで発揮させるかが課題となります。

■長年、歴史観で対立してきた日本と韓国

それでは、アメリカ以外に日本が“仲良くしたほうがいい国”はどこでしょう。もちろん、できるだけたくさんの国と仲良くすべきことが大前提ですが、あえて挙げるとすれば、韓国、オーストラリア、イギリスです。順にお話しします。

まず韓国です。日本と韓国は歴史的に古い結びつきがあります。しかし近現代、日本が韓国(当時は大韓帝国)を植民地とした韓国併合(1910〜1945年)以来、元徴用工や従軍慰安婦、さらに竹島の領有をめぐる問題で、たびたび諍(いさか)いが起こりました。

2023年12月21日には、韓国の大法院(最高裁判所)で日本企業に元徴用工への賠償を命じる判決が確定しましたが、日本政府は日韓請求権協定(1965年締結)で解決済みとして抗議しています(戦時賠償金については本書の第二章で説明します)。

■若い人たちは“不幸な歴史”にとらわれていない

それでも、いまの尹錫悦(ユンソンニョル)大統領(2022年5月10日就任)は、「日本は何度も歴史問題について反省と謝罪を表明している」「韓国社会には、反日を叫びながら政治的利益を得ようとする勢力が存在する」と述べるなど、前の文在寅政権と比べてきわめて親日的です。

親日は、政治の世界だけではありません。特に若い世代で、文化交流が盛り上がっています。2003年に放送された韓国ドラマ「冬のソナタ」は、日本で「韓流ブーム」を巻き起こしました。

それから20年、2023年のNHK紅白歌合戦では、日本のYOASOBIが歌唱・演奏する「アイドル」において、K-POPのアイドル(NewJeans、Stray Kids、SEVENTEENほか)がコラボレーションして、話題をさらいました。日韓共に、若い人たちは“不幸な歴史”にとらわれていないのでしょう。

韓国との良好な関係を維持・発展させることは、東アジアの安定にとっても大事なことですし、隣国と仲良くすること、すなわち善隣友好は外交の基本でもあります。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fotoVoyager

■中国への警戒感を強めるオーストラリア

続いてオーストラリアです。日本はオーストラリアと「日豪EPA(経済連携協定)」を結んでいます。日本にとってオーストラリアは世界第4位の貿易相手国ですし(オーストラリアから見れば、日本は世界第2位)、外交上でも非常に親日的です。

私は2023年2月末から3月にかけて、オーストラリアを訪れました。環境意識の高い現地の人たちを取材するのが目的でした。そこでわかったのは、オーストラリアが中国に対して危機意識を持っていることです。

オーストラリアの近海には、民主主義を重んじるニュージーランドしかありません。だから地政学的にも平和なのですが、近年、その周辺海域に中国が進出しているのです。中国が軍事基地をつくるのではないかとの観測も浮上しています。

2023年11月には、日本のEEZ(排他的経済水域)で作業していたオーストラリア海軍のダイバーに中国軍が音波を当て、負傷させるという事件も起きました。台湾有事を彷彿(ほうふつ)させるような出来事です。

■日本の「対中国ノウハウ」が役に立つ

また、新型コロナウイルスが中国の武漢で発見されたとき、オーストラリアのスコット・モリソン首相は「ウイルスがどこで発生したか厳重に調べなければいけない」と発言したのですが、そのとたん、中国はオーストラリアからの石炭の輸入をストップしました。このことで、オーストラリアは「中国はほんの少し刺激するだけで貿易に大きな影響を与える危険な国だ」ということを認識したのです。

2017年には、中国寄りの発言を繰り返していたオーストラリアの野党・労働党のサム・ダスチャリ上院議員に、中国が莫大(ばくだい)な資金援助をしていたことも判明しています。

日本には尖閣諸島問題をはじめ、中国との関係で蓄積された外交ノウハウがありますから、親日国・オーストラリアを支えることができるのではないでしょうか。北半球にある日本が、南半球の「雄」とも言えるオーストラリアと仲良くすることは地政学的にも有効だと思います。

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■イギリスのTPP加盟は日本のおかげ

最後のイギリスは大英帝国時代から外交巧者で、あらゆるインテリジェンスを豊富に持っています。日露戦争で日本がロシアのバルチック艦隊を破ったのは日英同盟下、イギリスからの情報が元になっていました。

なお、日露戦争は日本が勝利したことになっていますが、日本は8万4000人の戦死者を出し、およそ20億円(いまの約3兆円)の戦費の多くを外債(外国からの借金)で賄(まかな)いました。国家予算の5年分です。これでは国家も国民も疲弊します。そのような状態にあった日本が、アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領による仲介案に乗り、ロシアと平和条約(ポーツマス条約)を結んだのです。

池上彰『新・世界から戦争がなくならない本当の理由』(祥伝社新書)

イギリスは、EUを離脱(2020年2月1日)したことで、経済的な苦境に陥りました。そのため、2021年にTPP(環太平洋経済連携協定)への加盟を申請します。TPPの加盟国間では関税がなくなり、貿易・経済が活性化するからです。

イギリスの加盟申請に対して、日本は継続して後押ししてきました。そして2023年7月16日に開かれたTPP閣僚会合で、ついにイギリスの正式加盟が承認されます。この会合には、日本から後藤茂之経済財政再生担当大臣が出席していました。日本がイギリスに恩を売った形になったと思います。

ロシア・ウクライナ戦争でも、イギリスは陰に陽にインテリジェンス機能を発揮しています。このイギリスと関係を深めることは、日本にとってきわめて有益です。まさに現代版・日英同盟です。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。6大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』『新聞は考える武器になる  池上流新聞の読み方』『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』など著書多数。
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(ジャーナリスト 池上 彰)