ニュースでも目にする教育委員会。いったいどんな組織なのでしょうか(写真: maroke / PIXTA)

2024年2月に報じられた、名古屋市教育委員会が教員団体から校長に推薦する教員の名簿とともに、金品を受け取っていた問題。教育委員会がどんな組織で、何を行っているのか、詳しくわからない、という人もいるのではないでしょうか。麹町中学校・前校長で、現在横浜創英中学・高校の校長を務める工藤 勇一氏が上梓した『校長の力―学校が変わらない理由、変わる秘訣』を一部抜粋・再構成し、教育委員会の実情を紹介します。

教育委員会はどんな仕事をしている?

市区町村の教育委員会は、いったいどんな仕事をしているのでしょうか。

地方教育行政の組織及び運営に関する法律を根拠として、市区町村の教育委員会は学校を指導・助言することができます。

組織について下記図を見てもらうとわかりやすいでしょう。

※外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください


教育職員会組織図(図:本書より引用)

いわゆる教育委員会には数名の教育委員で構成される「教育委員会」と、その事務を担当する「教育委員会事務局」があります。

一般的に教育委員会は5名ほどで構成されていて、そのうちの1名が教育委員会事務局のトップでもある教育長です。教育長は常勤の職員で、その他の教育委員は非常勤職員ということになります。

他の委員は地域の保護者や医師や弁護士などさまざまな立場の方が任命されています。教育長および教育委員は、首長が議会の同意を得て任命します。教育長の任期は3年、教育委員は4年で、再任も可能となっています。

その下の事務局の中には名称は自治体で異なりますが、教育指導課、教育総務課、教育施設課、学務課等があります。職員の多くは区役所職員などの行政マンが担当します。教員や保護者の方々が呼んでいる「教育委員会」というのは、本来の「教育委員会」のことではなく、「教育委員会事務局」のことを指しているということです。

ここで注目してもらいたいのは、学校を直接指導する役割を担う教育指導課です。例えば各学校が学習指導要領に従った教育計画を提出しているかどうか、チェックをするといった仕事を担当しています。

自治体によっては「指導室」とか「指導課」など他の名称で言われています。この課は行政マンよりも教員出身者が多いことも特徴で、かくいう僕自身も、目黒区教育委員会で指導主事、新宿区教育委員会で教育指導課課長などを経験しました。僕の部下の指導主事たちも全員が元教員でした。

地域の教育委員会の仕事は、各学校の指導内容を法的根拠に従って指導することです。一般的にイメージされる、管理的だったり監視したりする組織という側面もたしかにあります。

問題があれば放置せずに、校長をトップとする学校を適切に指導することが必要です。それによって子どもたちや保護者たちを守ることが、教育委員会の役割です。

教育委員会が秘めた可能性

「指導」の側面の他にもうひとつ、教育委員会の大事な仕事としては、学校への「支援」という側面があります。

困っている学校に対して、教育委員会が有用な支援をする。僕はこの「支援」という役割に大いに注目しました。

例えば新宿区教育委員会で指導課長をしていた時、毎年新年度になると課の全職員を集めて研修を行っていました。最も強調したのは「教育委員会は誰のために仕事をするのか」ということです。

原点を見つめると、「教育委員会は生徒、そして保護者、地域のために仕事をする組織で良い学校をつくる仕事です」ということになります。

部下たちに対しても必要に応じて、「指導」と「支援」のスイッチを切り替えましょうと僕は繰り返してきました。

何かを実施するとそれが前例になります。僕の経験を通しての偏見ですが、役所は基本的に前例を作りたがらないように感じます。

しばしば「文書に規定されていないし、前例がないからそれは無理です」という言葉が役所の中で聞かれます。役所は文書主義なので「こういう支援ができます」と文書で規定されていますが、曖昧な部分の判断については前例に委ねられてしまうわけです。

ということは、文書に書かれていることの最大限を読み取ればいいのです。

「学校を支援するために、ここまでやっていいですよ、と読み取れるものについては最大限の支援をしてください。もし、学校を支援するために法的な根拠を踏まえた規定が不十分だとすれば、できないと諦めるのではなく規定そのものを修正する手続きを取ればいいのです」と部下に指示しました。

裁量が利く余地はたくさんあります。法的な整備を含め、時には条例を変えるという大きな調整が必要なこともあるでしょうし、たかだか要綱を変えるだけで支援の幅がぐっと広がるケースもあります。

民間企業との付き合い方

限界があると同時にまだまだやれることはある。僕は教育委員会でできる限りの支援をしたいと考え、実際にその方法を探りました。

一例として、僕が新宿区教育委員会の「学校情報化」担当チーム統括指導主事として取り組んだ支援の仕事についてお話ししたいと思います。

公立学校ICT(情報通信技術)化事業として、ICT環境を整備することは、当時とても大事なテーマでした。

しかし、一方で忙しい教員たちに使い勝手のわからないITを導入することで、さらなる負担を強いることになってしまってはいけない、という心配もありました。

ただ新たなシステムを導入するだけでは、教員が使いこなせないかもしれません。使うための研修も必要になり、時間も労力も割かなくてはなりません。機器を導入しただけではまったく意味がないのですから。授業準備のために都度、時間をかけるようでは教員の負担が増えて本末転倒です。そこで外部企業の協力を得ることにしました。

例えば、配線等がすべて事前にセットアップされていて、そのままで使える「IT教卓」という機器を新たに開発することにしました。黒板をホワイトボードに置き換えて、超短焦点プロジェクタを使って画面を投射する方法を導入したのです。簡単に言えば、現場の教員たちが負担なくすぐに使えるICT化を推進したということです。

ちなみに民間との交渉の仕方にも、ポイントがあります。上から目線で民間企業を利用してやろう、という姿勢はもってのほかです。あくまで公務員としての立場をわきまえながら、民間とお互いにウイン・ウインになるようにするのです。やはり、みんなが幸せになる方法って何なんだろうか、と考えるべきだと思うのです。

ベンチャー企業を相手にした時は、将来的にその企業が教育の本質をついた、みんなの役に立つような仕事ができるような企業に成長するためにはどうしたらいいかといったように、僕は考えています。

実際、当時は小さなベンチャーにすぎない存在だったのに、今は大きな企業になっているケースはいくつもあります。その人たちが今なお、いろんなアイディアを持ってきてくれたりして僕を助けてくれています。

教育委員会は学校を支援すべし


話を元に戻すと、ICT化にはもちろん、最初はいろいろ抵抗を示す教員たちがいました。教員組合も導入には反対でした。

僕は「今なぜICT化が必要なのか」という意味と意義を説明して、とことん相手が理解してくれるまでじっくりと向き合って話をしていきました。

教育委員会が現場の負担を増やそうとしているわけではない、ということ。そして、生徒たち、保護者たちのためになる。だから導入したいと教育委員会は考えている。その真意がきちんと伝わった時、全体が動き出しました。

結果としては、ほぼ3年間で区立小中学校全40校、総教室数700超をICT化し、教員たちが使いこなすようになりました。学校側が喜ぶような支援ができたと自負しています。

教育委員会は助言をくれる。我々の味方なのだ、という理解が深まっていくと、「ぜひアドバイスをしてほしい」「ぜひ指導課長から校長へもちかけてほしい」などさまざまな要望も出てきました。「わからず屋の校長を動かすためには、教育委員会から話をするほうが物事が進みますのでよろしく」というお願いもありました。

教育委員会は決して監視一本ではなくて、学校を良くしていく奉仕者としての役割を担っている。そうした自覚のもとに仕事を進めていくことが何より大切です。教育委員会は資金面、施設面でより良い教育活動をするための法的な根拠を持っているのですから、最大限学校を支援すべきなのです。

(工藤 勇一 : 横浜創英中学・高等学校校長)