会話は脳を活性化するために大事。同じようにひとり言も大事だといいます(写真:kikuo/PIXTA)

言葉には、不思議な力があります。「自分は○○だ」、「自分〇〇できる」といった自己規定の言葉を発したとたんに、不思議に自分自身がその方向に向かっていくようになります。

なんだか地味で、暗い感じがするかもしれない「ひとり言」ですが、実はさまざまな効用があり、奥が深いものだといえます。

では、何をどのようにつぶやくと、効果が出るのか? 脳内科医の加藤俊徳氏の新刊『なぜうまくいく人は「ひとり言」が多いのか?』をもとに、脳と言葉のメカニズムを脳科学的な視点から解き明かし、上手にひとり言と向き合うことで、自分の能力を高める方法を3回に渡り解説します。

ひとり言によって脳は成長する

人はいつからひとり言を言うようになるのでしょうか?

『遠城寺式・乳幼児分析的発達表』(九大小児科改訂版)によれば、1歳9カ月から2歳の頃に、「ワンワン(が)来た」という二語文を話すとされています。

著者の私見ですが、二語文が言えるようになれば、自分の耳で自分の声を聴いていると考えてもよいといえます。実際に2歳になると、左脳右脳の「聴覚系」脳番地はよく発達しており、音声を理解する「理解系」脳番地まで成長し始めています。

では、この乳児のひとり言の一端はいつから始まるのでしょうか。一般的に5カ月で「人に向かって声を出す」、6カ月で「おもちゃなどに向かって声を出す」、9カ月で「さかんにおしゃべりをする」とされています。

さらに10カ月になると、喃語(なんご)と呼ばれる「ばばば」「ままま」など意味のない言葉が減り、意思伝達が明瞭になってきます。この頃から左脳右脳の「聴覚系」脳番地の成長が加速してきます。

つまり、赤ちゃんは10カ月頃からひとり言を言い始めて、「運動系」「聴覚系」「伝達系」の脳番地が成長していきます。さらに1歳を過ぎると、海馬などの「記憶系」脳番地と「伝達系」脳番地が繋がり、どんどん言葉を覚えていきます。

このように、子どもの脳の成長にひとり言が大きく関わっていることは、明らかです。

しゃべらないと感情がなくなる

人は生まれてから「ひとり言」によって脳を発達させてきたわけですが、大人になるとその効能を忘れてしまうようです。

実際、患者さんと話をしていて愕然とすることがよくあります。

たとえば、「人と話すのが面倒くさい」と言って、ふだん会話らしい会話をしていない人が少なくありません。仕事はしていても、コミュニケーションが苦手だから口を利かないのです。

彼らの脳を画像診断すると、左脳のこめかみ部分にある「伝達系」脳番地が働いていないことがわかります。「伝達系」が働かないと、「感情系」も弱くなります。表情が乏しいのは、そのせいでしょう。

「これまでの人生で、感動したことを言ってみて」と聞くと、ずっと考えて、それでも思いつかない。言葉を発していないために、「感情系」とともに「記憶系」の働きもすっかり弱くなってしまっているのです。

当然ですが、自己認知力も弱いため、自分に対して自信を持つことも難しい。今はまだ何とか社会生活を送っているようですが、このまま放っておくと危ないと感じました。

日頃から、自分の声を出していないことが致命的です。声を出すことで自己確認=自己認知し、同時に自分の気持ちや感情を知ることができます。自分の感情や気持ちがわかって始めて、相手の気持ちや感情も理解できるのです。

「とにかく人と話をしてみよう。それが難しければ、ひとり言でもいいから話すようにしてみては?」とアドバイスするようにしています。

最近、他人に興味がない人が増えているといわれます。では、自分には興味があるかというと、それも乏しい。

何か思想的、信条的なものだとか、モットーがあって他人に興味がないのではなく、ただ単に脳が働いていないために、いろんなものに興味が持てない状態になっているにすぎません。これが押し進めば、抑うつ状態から本格的なうつ病になってしまうのは目に見えています。

とにかく、口とその周りの筋肉を使って、言葉を発することが大切です。それによって各脳番地を励起させるのです。

ひとり言は、それが一番簡単にできるツールだということです。

スマホのせいで記憶力が衰える

脳の仕組みというのは、基本的に3段階になっています。

まず、第1段階が「入力系」です。外部の情報を取り入れる段階です。「視覚系」と「聴覚系」を働かせて、目から視覚情報、耳から聴覚情報をインプットします。それを「伝達系」により、「思考系」と「理解系」に運びます。

私はこの「思考系」と「理解系」を合わせて、「ワーキングメモリ」と称しています。ワーキングメモリによって情報が意味づけされ、整理されるのが第2段階です。

そして、最後の第3段階が「記憶系」です。ワーキングメモリで処理された情報を、「記憶系」の海馬の働きによって、脳に定着させます。

ところが最近は、第3段階の「記憶」のところが弱くなっている人が多いように思います。先ほど説明した会話の少ない人の例は、まさにその典型でしょう。

そこまでの状況ではなくても、今の時代は「記憶系」が働きにくいようです。とくに悪影響を及ぼしているのが、スマホです。

スマホからは、つねに大量の情報が流れています。YouTubeやLine、TikTokなど、実に膨大な情報があふれ出しています。

それを漫然と見ているだけだと、「入力系」と「ワーキングメモリ」までは情報は行きますが、「記憶系」までにはたどり着かないまま、情報が素通りして行ってしまいます。まったく記憶に残らないまま、どんどん忘れていくのです。

なぜかというと、そこに記憶をつなぎとめる「言葉」が介在しないからです。

電車に乗っていると、誰もがスマホだけを無言で見つめています。あれだけ大勢の人がいるのに、周囲のことはまったく気にもとめません。スマホの中で繰り広げられる世界だけに、一言もしゃべらずに没頭しているのです。

脳は眠っている状態

もし彼らの脳内を診断したら、きっとワーキングメモリの「思考系」と「理解系」以外の脳はほとんど働いていないはずです。まさに眠っているような状態ではないでしょうか。


ここで、脳を活性化させることができるのが、「言葉」です。

本来ならスマホの情報をもとに、周囲の人と感想を言い合ったり、雑談すれば記憶に結び付くわけです。でも、電車の中ではそれもできません。

そこで、ひとり言の出番です。スマホを見ながら何かしらひとり言をつぶやいてみるのです。声に出すのがはばかられるのであれば、頭の中で言うのでも構いません。

海馬は、言葉に刺激されます。すると「記憶系」が働き出し、脳がようやく働き出すことができるはずです。

(加藤 俊徳 : 医学博士/「脳の学校」代表)