うつ病で就労が困難となったときに収入を確保するには?

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 筆者のファイナンシャルプランナー・浜田裕也さんは、社会保険労務士の資格を持ち、病気などで就労が困難なひきこもりの人を対象に、障害年金の請求を支援する活動も行っています。

 浜田さんによると、現役世代の人の中には、仕事のストレスで体調を崩してしまい、うつ病などの精神疾患を発症してしまうケースが見受けられるということです。仕事を休み、療養することで回復できることもあれば、なかなか症状が改善しないこともあります。

 もし病気で仕事を続けることが難しく、就労による収入が見込めなくなってしまった場合、どのように対処すればよいのでしょうか。浜田さんが、20代のひきこもりの男性を例に、解説します。

自分を責め続けてうつ病を発症

 ある日、私は、仕事のストレスでうつ病を発症した長男(26)の母親(50)から、お金に関する相談を受けました。

 母親によると、長男は22歳で大学を卒業した後、就職を機に1人暮らしを始めました。仕事は営業職で、ノルマに追われるストレスの多い環境に身を置いていたそうです。

 まじめな性格のためか、仕事でうまくいかない自分を責めることが増え、心配や不安から夜になかなか寝付けないようになっていきました。寝不足のため集中力も続かず、仕事でミスを連発するようになり、そんな自分をさらに責め続けるといった悪循環に陥ってしまったそうです。

 次第に食欲も落ちていき、職場では目まいや吐き気のほか、体に力が入らずふわふわするような感覚に襲われることが増えていきましたが、それでも我慢して何とか仕事を続けていました。

 長男が24歳になった頃。その日も明け方まで寝付けなかった長男は、出勤しようと玄関で靴を履きましたが、そのまま体が固まってしまい、玄関から一歩も外に出ることができなくなってしまったのです。

 今までに経験したことのない大きな不安に襲われた長男は、その後、1週間無断欠勤をしてしまいました。会社から電話がかかってきても出なかったため、会社から別居している母親に連絡が入りました。驚いた母親は、すぐに長男の自宅を訪ねたそうです。

 玄関先に現れた長男は目がうつろでひげは伸びたまま。入浴をしていなかったためなのか、体から異臭を放っていました。

 異変に気付いた母親は、すぐさま長男を実家に連れ戻し、精神科を受診させました。すると、医師からうつ病と診断されました。結局、医師の勧めもあり、長男は休職しました。

 休職中は、病気やけがのために会社を休み、十分な報酬が受けられないときに健康保険から支給される「傷病手当金」を受給し、療養に専念していましたが、症状はなかなか改善しませんでした。この状態のままでは復職は難しいと判断し、長男は会社を辞めたそうです。

 退職後、長男は同僚や友人から連絡があっても会いたくない気持ちが勝ってしまい、返事をしませんでした。次第に孤立していき、今ではほとんど外出することもなく、ひきこもりのような生活を送っているそうです。

 しばらくすると傷病手当金が終了してしまうため、長男としては就労して収入を得たい気持ちもあるようです。しかし、フルタイムで働くことを考えるだけで不安が大きくなってしまい、体も震えてしまうとのこと。

 長男は「仮にこのまま両親と同居することになったとしても、お金の面で迷惑はかけたくない」と言っているそうです。しかし、傷病手当金が終了した後のお金の見通しがまったく立っていないため、気持ちばかりが焦ってしまい、一体何から手を付ければよいのかも分からない状態にあるとのことでした。

障害厚生年金で収入の土台を作ることも検討

 母親から話を伺った私は、「まずは安定した収入を確保するところから始めましょう。具体的には、障害年金を請求してみる方法があります」と提案してみました。

 長男が初めて病院を受診した日(初診日)は、厚生年金の加入期間中だったため、障害厚生年金を請求することになります。障害厚生年金の金額は、初診日までの給与や賞与の金額を基に計算されるため、正確な年金額を試算することは困難です。

 ただ、大まかな金額であれば試算可能なので、母親にその旨を伝えた上で、次のような金額を提示しました。

■障害厚生年金の3級に該当した場合
障害厚生年金 月額4万9690円

■障害厚生年金の2級に該当した場合
障害厚生年金 月額3万4250円
障害基礎年金 月額6万6250円
障害年金生活者支援給付金 5140円
合計 10万5640円

※障害厚生年金額は年収300万円として概算
※いずれの金額も1円以下切り捨て

 金額を確認し終えた母親は、不安そうな表情を浮かべていました。

「長男は障害厚生年金を受給できるのでしょうか。2級になってくれると助かるのですが…」

「障害厚生年金が受給できるかどうかは、主に医師の作成する診断書とご本人またはご家族が作成する病歴・就労状況等申立書の内容によります。その中でも特に重要なのが診断書です。まずは息子さんの日常生活の困難さを文書にまとめ、医師に見ていただくことから始めてみましょう」

 私はそう言い、長男の日常生活の様子を聞きました。

 長男は自分で食事を準備することが難しいため、母親が用意したものを食べているそうです。食欲がないときは、おかゆだけを食べるケースもあるとのこと。体の清潔保持に関しては、1週間のうち2日くらいシャワーを浴びる程度。場合によっては1週間以上もシャワーを浴びず、その間、まったく着替えをしないことがあるようです。

 掃除や洗濯、買い物はおっくうに感じてしまうので母親に頼っています。1人で外出するのは不安なので、通院は母親に付き添ってもらっているとのことでした。

 話を聞き終えた私は、母親にこう言いました。

「今のような具体的なエピソードをできるだけ多く文書にまとめ、医師に見ていただくようにしましょう。息子さんの同意が得られれば、私(浜田)の方で文書を作成します」

「それは助かります。長男にも話してみます」

 母親はほっとした表情でそう言いました。

 面談後、長男から同意を得た私は、障害厚生年金の請求に必要な書類をそろえ、請求を完了させました。

 請求から3カ月が経過した頃、私は母親から「無事に障害厚生年金の2級が認められました」という連絡を受けました。

 長男は無収入の状態を何とか回避できたため、お金の不安が少しは和らいだようです。依然として、フルタイムの仕事に就くのは厳しい状態にありますが、障害者雇用なら何とかなるかもしれないとのことで、現在は就労移行支援に関するサイトを見比べるようになったそうです。

「あまり無理をせず、できる範囲で少しずつ前に進むようにしてくださいね」

 私は母親にそう伝えました。