上・クラウンセダン、下・クラウンスポーツ(写真:トヨタ自動車)

2022年7月、4つのボディを一気にお披露目して話題になったトヨタ自動車の高級車「クラウン」。最初に発売された「クロスオーバー」に続いて、2023年10月に「スポーツ」、同11月に「セダン」が相次いで発売された。残る「エステート」も2023年度内と言われているが、現段階では3車種ということになる。


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4つのボディすべてを同時に発売するのは、生産や販売のことを考えれば難しいだろう。しかし、1年に1車種では3年を要することになるわけで、新型車としての鮮度が薄れていく恐れもある。

結果としてトヨタが選んだのは、最初にクロスオーバー、次にスポーツとセダンをほぼ同じタイミングで発売し、エステートを最後にするというスケジュールだった。この順番、4車種がお披露目された2022年7月の発表会のときに、ある程度予想できていた。

「セダンも考えてみないか」豊田章男氏の言葉

発表会では当時のミッドサイズ・ビークルカンパニーの中嶋裕樹プレジデント(現・取締役副社長)が、現在のクロスオーバーを次期クラウンとして開発し、豊田章男代表取締役社長(現・会長)に見せたところ、豊田氏はゴーサインを出しつつ「セダンも考えてみないか」と付け加えたというストーリーが明かされた。


2022年7月の発表会で豊田章男代表取締役社長(現・会長)とクラウンクロスオーバー(写真:トヨタ自動車)

ただし、中嶋氏はそのタイミングで、スポーツとエステートも提案してきた。これも受け入れられたことで、新型クラウンは4つのボディで登場することになったわけだ。

開発陣の思いが詰まったクロスオーバー、経営者の考えを宿したセダンという順番で登場するのは、社内的にも納得の順番だろう。

一方のエステートは、多くの人が思い描くSUVやクロスオーバーの姿に近いことから、業界内でも一番の売れ筋になると予想する人が多い。そのため、「急いで出さなくてもいい」という判断ではないかと思っている。

残るスポーツをセダンとほぼ同時に発売したのは、ラインナップの中で両極端に位置する2つのボディを相次いで出すことで、「新型クラウンの世界の広がり感をアピールしたい」という狙いがあったのではないだろうか。

さらにセダンについては、2023年6月に発売された新型「アルファード/ヴェルファイア」、同9月にSUVスタイルのボディが追加された「センチュリー」とともに、ショーファーカー(運転手をつけて乗るクルマ) シリーズの1台としても位置づけられている。


クラウンスポーツ(12月19日発売のPHEVモデル)(写真:トヨタ自動車)


クラウンセダン(写真:トヨタ自動車)

センチュリーの発表会では、当時はまだ発売前だった新型クラウンセダンが、やはり未発表だったヴェルファイアのPHEV(プラグインハイブリッド)とともに展示されていた。

これらの発売のタイミング、さらにはジャパンモビリティショー2023の時期も考えて、スケジュールを組み上げていくのは、大変だったのではないだろうか。

セダンだけは縦置き・後輪駆動

今回はこのうち、10月と11月に相次いで発売されたスポーツとセダンに絞って解説していくが、この2台は立ち位置が対極にあるだけでなく、メカニズムについても大きな違いがあり、それがデザインの違いにつながっている。

プラットフォームで言えば、スポーツはクロスオーバー同様、「ハリアー」やアルファード/ヴェルファイアにも使われる横置きパワートレインなのに対し、セダンのそれは「MIRAI」やレクサス「LS」と共通で縦置きパワートレインになる。


クラウンスポーツのパワートレイン(写真:トヨタ自動車)(写真:トヨタ自動車)


クラウンセダンのパワートレイン(写真:トヨタ自動車)

2022年7月の発表会で明かされた、中嶋氏と豊田氏の会話がどこまで突っ込んだものであるかはわからないが、豊田氏の「セダンも考えてみないか」という言葉の中に、縦置きパワートレイン+後輪駆動という意味も含まれていたと、中嶋氏は解釈したのかもしれない。

とはいえ、これはトヨタにとって珍しいことではない。以前にも、1つの車種で縦置きと横置きのパワートレインを併用したことがあったからだ。

有名なのは1983年に登場した5代目「カローラ」で、セダン系はこの世代から横置き前輪駆動に切り替わったのに対して、クーペ系は縦置き後輪駆動を受け継いだ。後者の高性能版の型式AE86が、現在の「GR86」の車名のルーツであることはよく知られたところ。


5代目カローラセダン(写真:トヨタ自動車)


クーペのカローラレビン(写真:トヨタ自動車)

同じ時期には、カローラの上級となる「コロナ」も、縦置き後輪駆動の7代目と、横置き前輪駆動の8代目を併売していた。エッジを強調した7代目に対し、8代目は丸みを取り入れたスタイリングで、その雰囲気は同じコロナなのにまったく異なっていた。

新型クラウンのスポーツとセダンは、コロナほどの違いはないものの、プラットフォームやパワートレインが別物なので、サイドから見たシルエットは別物だ。

クラウンセダンとMIRAIの違い

ディテールについても、スポーツは後輪に向けて駆け上がっていくキャラクターラインを入れ、サイドウィンドー下端を途中でキックアップさせるなど、クロスオーバーと近い部分もあるのに対し、セダンのサイドビューは水平にこだわっている。


筋肉質なリヤフェンダーもスポーツの特徴(写真:トヨタ自動車)


ウインドー下端のラインを直線としてフォーマルに見せるセダン(写真:トヨタ自動車)

これは、セダンがショーファーカーとして位置づけられているからだろう。プラットフォームを共有するMIRAIは、サイドウィンドー下端が少しずつ高くなるとともに、リアドア下方に跳ね上がるラインを入れており、スタイリングからドライバーズカーであることがわかる。


MIRAIはウインドー下端がキックアップし、ドライバーズカーであることを表現する(写真:トヨタ自動車)

クロスオーバーやエステートを含めて、4つのボディに共通部分があまりないことは、最初の発表会でデザイン領域統括部長のサイモン・ハンフリーズ氏も認めており、「すべてを似せるのは伝統的な手法であり、近年のプレミアムなユーザーは多様性に富んでいるので、それぞれのボディが持つ固有の価値を提案した」と説明していた。

筆者も、全車を同じ造形で揃えるドイツ車的な手法は古く飽きがきていると感じていたので、新型クラウンの方向性は納得している。

ただし、似ている部分もある。フロントマスクだ。4つのボディすべてが、LEDを生かした細いヘッドランプと、その下の大きな開口部という共通項を持つ。ハンフリーズ氏も「ヘッドランプは統一感を持たせた」と語っている。これが新しい“クラウンらしさ”ということなのだろう。


全モデルに共通するコの字型のLEDヘッドライト(写真:トヨタ自動車)

それ以上に統一感があるのはインテリアで、端正なT字型のインパネ、メーターとセンターパネルをつなげた横長のディスプレイ、インパネからセンターコンソールやドアトリムへのつながりなど、共通している部分が多い。


写真はスポーツだが、どのタイプもインテリアの基本的なレイアウトは共通(写真:トヨタ自動車)

「変わった」こと「変わらない」こと

前にも書いたように、セダンと他の3つのボディはパワートレインのレイアウトがまるで異なる。それなのに、ここまでイメージを近づけてきたことを見て、まもなく70周年を迎えるクラウンの“ブランド”をここで継承しているのだと思った。

スポーツのキャラクターを考えるとこのインテリアはコンサバティブだと思う人もいそうだが、逆に言えば、これまでクラウンを愛用してきた人にも受け入れやすい造形である。


2022年7月の発表での写真。右の黄色いボディのエステートのみ未発売(写真:トヨタ自動車)

メカニズムでは、スポーツにPHEV、セダンにFCEV(燃料電池車)が、それぞれクラウンとして初めて登場した。前者はグローバル展開を考えれば必須であるし、後者はMIRAIとプラットフォームを共有しているので当然だったと思える。

ここまでの展開を見て感じるのは、新型クラウンはモダンなスタイリングや4つのボディバリエーションで「クラウンが変わった」ことを強く印象づけながら、セダンの設定やインテリアの仕立てで「クラウンは変わらない」こともアピールしていることだ。

とりわけセダンの存在は、これまでのクラウンとこれからのクラウンの橋渡しを務める存在であり、このボディがなければ新型クラウンにはネガティブな評価が増えていただろう。それを考えれば、「セダンも考えてみないか」と注文をつけた豊田氏の一言は、限りなく重いものだったと思うのである。

(森口 将之 : モビリティジャーナリスト)