「スペインかぜでは若くて健康な人が死ぬ確率が高かった」という神話は誤りであることが死者の骨格調査で判明
「スペインかぜ」とは1918年から1920年にかけて大流行したインフルエンザの通称であり、世界人口の約27%に相当する5億人が感染し、死者数は5000万〜1億人だと推定されています。そんなスペインかぜについては、一般的に病気に弱いとされる高齢者や虚弱な人と同じくらい「若くて健康な成人」の死亡率が高かったという説がささやかれていました。ところが、実際に当時の死者の骨格を調べた研究で、この説が間違いだったことが判明しました。
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2304545120
Skeletons from 1918 flu dispel myth that young, healthy adults were more vulnerable to the virus | Live Science
https://www.livescience.com/health/viruses-infections-disease/skeletons-from-1918-flu-dispel-myth-that-young-healthy-adults-were-more-vulnerable-to-the-virus
史上最悪のパンデミックの1つに数えられるスペインかぜは、もともとアメリカの陸軍基地で発生したと考えられています。当時のアメリカは第一次世界大戦に参戦していたため、インフルエンザウイルスに感染した兵士らがヨーロッパに到着し、さらにヨーロッパやアフリカ、アジアにまで広がったとのこと。なお、スペインかぜという名称は、当時戦争中のアメリカやヨーロッパ各国で報道規制が敷かれた一方、中立国だったスペインではインフルエンザの流行に関する報道が行われたため、発生源がスペインだと誤認されたことが理由だそうです。
世界中で猛威を振るったスペインかぜについて広く信じられている説として、「高齢者や虚弱な人、あるいは未熟な赤ちゃんと同じくらい、若くて健康な成人の死亡率が高い」というものが挙げられます。一般的に、インフルエンザの死亡者数を年齢ごとにプロットした死亡曲線は、幼い子どもと高齢者で死亡者が多くなる「U字」を描きます。ところが、スペインかぜによる死亡パターンは、幼い子どもと高齢者に加えて若い成人でも死亡者が多い「W字」でした。これは、さまざまな感染症において基礎疾患があったり虚弱だったりする人のリスクが高いという通説に反しています。
そこで、カナダのオンタリオ州にあるマックマスター大学で人類学助教を務めるアマンダ・ウィスラー氏らの研究チームは、実際に1918年9月〜1919年3月にアメリカ・オハイオ州のクリーブランドでスペインかぜによって死亡した81人の骨格と、それ以前に死亡した288人の骨格を調べる研究を行いました。
研究チームが死者の骨格調査において注目したのは、その人が死亡した時の年齢と、すねの骨に現れる骨膜の病変でした。身体的外傷や感染症、栄養不足といった健康問題で体にストレスがかかると炎症が発生し、それが治癒する際に新しい骨の形成を引き起こします。一般に、すねの骨に進行中の骨膜病変がみられる人は、そうでない人よりも虚弱であると考えられます。
骨格の調査を行った結果、すでに骨膜病変が治癒している人と比較して進行中の骨膜病変を有する「虚弱な人」の死亡率が、パンデミック前だけでなくパンデミック中も高いことが判明。パンデミックの間、虚弱な人の死亡リスクは健康な人の2.7倍に達し、それは若者も例外ではなかったとのことです。
この結果は、「スペインかぜでは若くて健康な成人の死亡率が高齢者や虚弱な人と同じくらい高かった」という説は誤りであり、スペインかぜで死亡する若者はもともと健康状態が悪いケースが多かったことを示唆しています。
今回の研究はあくまでクリーブランドでの死者を対象にしたものであり、すねの骨に生じた病変の正確な理由を特定できていないなど、いくつかの限界があります。それにもかかわらず、COVID-19のパンデミックや黒死病などで見られた傾向と同様に、スペインかぜでも健康状態と社会経済的地位の格差が、死亡率の上昇につながった可能性を示すものです。
ウィスラー氏は科学系メディアのLive Scienceへの電子メールで、「事前に誰も免疫を持っていないはずの新しいパンデミックでも、特定の人々は病気になったり死亡したりするリスクが高く、それはしばしば文化によって形作られます」「COVID-19では、社会的・経済的なマイノリティが病気にかかり、死亡するリスクが高いことがわかりました。1918年のインフルエンザでも、同じようなことが起こったのだと思います」とコメントしました。