トークイベントに登壇した青山学院大学駅伝部の原晋監督。大学生を指導する側に求められる資質について持論を展開した【写真:大学スポーツ協会提供】

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UNIVASら共催トークセッション、青山学院大学駅伝部・原晋監督が語る「指導哲学」後編

 自主性や主体性のある選手を育てるために、指導者にはどのような能力が求められているのか。2004年から青山学院大学駅伝部を率い、箱根駅伝で6回の優勝に導いた原晋監督が、10月19日に行われた一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)、株式会社マイナビが運営するアスリート向けキャリア支援サービス『マイナビアスリートキャリア』、株式会社SPLYZAの共催で実施されたトークセッション「選手の自主性や主体性を活かすための指導者の在り方とは」に登壇。UNIVAS理事で立命館学園副総長・立命館大学副学長の伊坂忠夫氏らとともに、現代のあるべきスポーツ指導者の姿について語り合った。

 原監督は近年、関東大会である箱根駅伝の“全国化”を事あるごとに主張してきた。仮に実現した場合、青山学院大にとっても選手のスカウトなどで不利な状況が生じる可能性があるが、それでも強く主張する背景には1人の指導者として社会課題の解決に向けた想いがあった。(取材・文=牧野 豊)

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 今年で就任20年目を迎えた青山学院大駅伝部の原晋監督。これまで箱根駅伝では4連覇を含む通算6度の総合優勝、2016年度には出雲駅伝、全日本大学駅伝と合わせ史上4校目となる同一年度の学生3大駅伝3冠を達成した。「箱根駅伝を通じて社会に役立つ人材を育成する」というチーム理念は不変だが、時代の変化とともに自身の指導法も変容を遂げながら実績を積み重ねてきた。

 果たして、原監督は今後どのような指導を行っていくのか。10月19日に行われたトークセッション「選手の自主性や主体性を活かすための指導者の在り方とは」の中で、「今後指導者は社会で活躍する人材を育成するために、学生に何を提供すべきか?」と問われると、「自身の経験を言語化する能力」を挙げた。

「学生アスリートは当該スポーツを通じてどうしたら良くなれるかを体感していますが、それを言語化する能力は全体的に希薄な部分があると思います。我々指導者自身もそうですが、失敗を含め、物事を体系立てて言語化できる力をつけていくべきです」

 そして、今の社会が求めているコミュニケーション能力を高めるためには、展開力、本質把握力、そして提案力という3つの要素をアスリートが身につけられるように指導すべきだと説明する。

 1つ目の展開力を身につけるには、情報量や知識量を増やす必要がある。

「自分が専念している競技のみならず、同じスポーツでも異なる競技に興味を持ったり、あるいは芸能界や政治、経済、芸術やいろんなところの情報に触れながら、収集力を身につけていくことで知見を広めてほしいと思います」

指導者には「社会課題の解決に結びつけられる視点が必要」

 2つ目の本質把握力は、文字通り膨大な情報に埋もれる世の中において枝葉の話やうわべの情報に左右されずに、物事の本質を追求していく力のことである。

 3つ目の提案力は、経験談やエピソードを交えながら会話ができる思考を持つことだ。

「失敗体験は真剣に向き合っての失敗は必ずしも失敗ではないと認識し、成功体験だけでなく、すべての経験を上手く構成することです」

 これらの3要素を身につけられる指導を行えば、社会の課題を解決できる人材のフレームづくりにつながっていくという考え方だ。

 それは同時に、今後のあるべきスポーツの指導者像にもつながっていく。UNIVASで理事を務める立命館学園副総長・立命館大学副学長の伊坂忠夫氏は、トークセッションの中で多様性が求められる今の時代において「指導者は学ばないと教えられない」と柔軟な思考を身につける重要性を説く中、原監督もその必要性に賛同する。

「指導者も自分の領域にとどまるのではなく、自分の領域で培ったノウハウを社会課題の解決に結びつけられる視点が必要になってくると思います。競技の勝敗だけでなく、そこにたどり着くまでのプロセス(過程)をある程度体系化、言語化させて、社会の問題点を抽出して、課題解決に生かしていく。そうした領域まで広げるような人材が、指導者にも求められると思います」

 そして原監督は、スポーツと社会の関係について、最近の学生スポーツ界の不祥事にも言及。「展開を誤って、スポーツの領域が社会のお荷物になると言われかねない現象が起こっています。そうならないよう、自らも指導に当たっていくつもりです」と気を引き締める一方、20年間、選手たちと共に寮に住み込む形でチームを強豪校に作り上げた自負もある。

「私自身は生活面における規則等、守るべきことは厳しくやりましたが、(悪い意味での)先輩・後輩の序列、監督が生活をずっと監視したり、あるいはほったらかしにするなど、そういうことはやらずに、居心地の良い空間づくりを心がけてきました。そういう空間があれば体罰やいじめ、不祥事などは起こりにくいはずです。今年のチームは、ほぼ全員が21時には寮にいて、学年に関係なくワイワイ楽しんでいますよ」

 正解のない問題を解決していくのがスポーツと社会の共通点である。特定の答えがない中、いかにより良い方向に物事を進めていくか。スポーツに携わる学生は選手のみならずマネジャー、コーチにもいる。彼らの経験は必ず、社会の課題解決につながると考えている。

箱根駅伝に出場する選手の7割強が「関東以外の地域の出身者」

 トークセッション終了後、原監督は近年自身が主張する箱根駅伝の全国大会化について、社会課題の解決にかける形で、改めてその理由を説明した。

「今日のトークセッションにも絡んできますが、今の日本は東京(関東近郊)一極集中で、地方は人口減少が止まりません。データでは箱根駅伝に出場する選手の7割強が関東以外の地域の出身者です。彼らが東京に来て、その文化を感じて卒業後も定着する傾向が強いのは、体育会以外の学生と同じです。これでは、地方がどんどん疲弊します。

 逆に地方の高校生が地元に残って競技を継続し、地元で就職する構図ができあがれば、地方も活性化される。箱根駅伝を目指せる環境が地方にできれば、監督やトレーナー等の雇用も生まれ、競技人口の普及にもつながる。それが地方創生だと思います」

 そもそも箱根駅伝の創始者である金栗四三は、箱根駅伝を関東に限って作ったわけではない。目的は、日本の長距離界を世界で戦えるレベルに上げることだった。そして原監督は、現在は関東大会である箱根駅伝を全国大会にすることは、青学大にとってメリットがない点を強調する。

「例えば関西の立命館大や同志社大が強化に力を入れたら、それだけスカウトで青学大は不利になるわけです。でも私は、それでも社会的な視点から見て全国化すべきであると思っています」

 原監督の新たなコーチングは、100回目の箱根駅伝の先へとつながっていく。

(牧野 豊 / Yutaka Makino)

牧野 豊
1970年、東京・神田生まれ。上智大卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。複数の専門誌に携わった後、「NBA新世紀」「スイミング・マガジン」「陸上競技マガジン」等5誌の編集長を歴任。NFLスーパーボウル、NBAファイナル、アジア大会、各競技の世界選手権のほか、2012年ロンドン、21年東京と夏季五輪2大会を現地取材。22年9月に退社し、現在はフリーランスのスポーツ専門編集者&ライターとして活動中。