本命不在の短距離戦線 スプリンターズSで人気のナムラクレアは真の女王になれるか
「本命不在」「大混戦」と言われる今年のGIスプリンターズS(10月1日/中山・芝1200m)。そうした状況のなか、最も人気を集めそうなのは、ナムラクレア(牝4歳)だ。
レースの行方を占う意味でも、この馬をどう評価するかが最大のポイントと言えるだろう。
芝1200mのスプリント戦に限れば、ここまで8戦5勝(他、2着1回、3着1回、5着1回)。そのうち、重賞が4勝。GI戦にしても勝ち鞍こそないものの、今年のGI高松宮記念(3月26日/中京・芝1200m)2着という実績がある。GIで1番人気に支持されるだけの実力と実績は十分に備えていると言える。
ナムラクレアはスプリント界の新たな女王となれるか
前走のGIIIキーンランドC(8月27日/札幌・芝1200m)も強かった。
スタートして先行集団のすぐ後ろにつけ、3角あたりから大外を回って徐々に進出。4角では4番手まで上がって、前を行く馬たちを射程圏内に捕らえた。そして、直線半ばでギアをトップに入れるや、メンバー最速の上がりをマーク。ワンランク上の末脚を繰り出して、2着以下をねじ伏せた。
まさしく"ねじ伏せた"――その表現がピッタリくるような完勝だった。
あのキーンランドCの鮮やかな勝ち方を見て、次のスプリンターズSも「この馬でいける」と思ったファンは少なくないだろう。
だが一方で、この完勝劇にはもうひとつ、違う見方がある。関西の競馬専門紙記者が言う。
「(キーンランドCは)馬場適性の差が出たレースでしたね。もともと速い時計の出にくい札幌の洋芝に加え、当日はほとんどの馬が馬場の内側をあけて走るような、重く、荒れた馬場でした。ナムラクレアはこういう馬場が得意なんですよ。
昨年も同じ洋芝の函館でGIII函館スプリントS(芝1200m)を圧勝し、不良馬場だった今年の高松宮記念も2着。キーンランドCが強いワンサイドゲームだったことは認めますが、高い馬場適性がこの馬にプラスに働いたのも事実です。ゆえに、あの勝ち方を額面どおりには受け取れない、ということです」
加えて、キーンランドCと本番のスプリンターズSとの関連性、という問題もある。過去10年を振り返ってみても、キーンランドCの勝ち馬が直後のスプリンターズSに出走して、勝利した馬は1頭もいない。GIIIに格付けされた2006年以降を見ても、2011年のカレンチャンが1頭いるだけだ。
また、キーンランドCをステップレースにして直後のスプリンターズSを勝った馬は、過去10年で2014年のスノードラゴン1頭のみ(2019年の勝ち馬タワーオブロンドンはキーンランドC2着のあと、セントウルSにも出走)。同レースにしても、舞台は新潟だった。しかも、キーンランドC8着からの巻き返しである。
キーンランドCからスプリンターズSまでの中4週という間隔は、GIのステップとしては理想的だが、キーンランドCの舞台となる札幌とスプリンターズSが行なわれる中山とでは、求められるものがそれだけ"違う"ということなのだろう。
だからといって、ナムラクレアが時計の速い馬場、さらには中山コースが向かない、ということではない。
年明けのGIIIシルクロードS(1月29日/中京・芝1200m)では、明け4歳の牝馬ながら56.5kgの斤量を背負って、1分7秒3という速い時計をマークして勝利している。中山コースも、昨年のスプリンターズSで3歳牝馬ながら5着と奮闘。直線、伸びないと言われた大外から追い込んで僅差の勝負を演じた。
要するに、コースや馬場が変わることによって、ナムラクレアのパフォーマンスが落ちる、ということは考えなくてもいいだろう。
となれば、勝利へのポイントとなるのは、あくまでもライバルたちとの力量比較だけ。
キーンランドCの負け組のように、馬場や展開などが合わず、ステップレースで力を出しきれなかった実力馬が何頭かいる。そういった馬たちが、あらゆる条件が整ったスプリンターズSでフルに力を発揮した場合、それでもナムラクレアが勝ちきれるかどうか、である。
キーンランドC以降の状態面なども含めて、先述の専門紙記者はこう分析する。
「キーンランドCのあと、ナムラクレアは厩舎に戻って9月9日には早くも時計を出していました。それぐらいの間隔で時計が出せるというのは、いかに調子がいいか、という証拠。状態面に関しては、まったく問題ないと言っていいでしょう。スプリンターズSでも上位争いには間違いなく絡んでくると思います。
ただこの馬自身、GI桜花賞(阪神・芝1600m)で3着になるなど、早くからGIでも結果を出していたように、もともと完成度の高かった馬。その点では、能力的にも、体力的にも、あまり大きな上積みは見込めません。自身の能力はきっちり発揮できても、上昇度で上回る"何か"にやられる、といったシーンは十分に考えられます」
昨年のスプリンターズSがコンマ2秒差の5着。今年の高松宮記念がコンマ1秒差の2着。頂点には、一歩ずつ近づいているとも言えるが、そこにたどり着けない"壁"がある、と見ることもできる。
はたして、ナムラクレアは"壁"を打ち破って、スプリント界の新たな女王となれるのか。激戦必至の電撃戦に注目である。