スカウトを悩ます甲子園出場投手の「人材難と進路問題」 そんななか「大会ナンバーワン」と絶賛された投手は?
スカウトが語る2023甲子園の逸材〜投手編
「今年はいないよ」
スカウト陣がそう嘆くのも無理はない。佐々木麟太郎(花巻東)、真鍋慧(広陵)を筆頭としたスラッガーが揃った今大会だが、投手は前田悠伍(大阪桐蔭)が大阪大会決勝で敗れるなど、スター不在。しかも昨年は140キロ以上を記録した投手が56人いたが、今年は44人(初戦終了時点)と大幅に減少した。
さらにスカウト陣を悩ませたのが、今大会トップクラスの投手が軒並みプロ志望ではないことだ。
優勝候補の愛工大名電を相手に1失点完投勝利を収めた徳島商の森煌誠
そんななか、今大会ナンバーワンの評価を得たのは徳島大会5試合をひとりで投げ抜き、チームを12年ぶりの甲子園に導いた徳島商の森煌誠。甲子園でも初戦で愛工大名電を5安打10奪三振1失点に封じた。最速147キロのストレートに加え、カーブ、スプリットを効果的に使って連打を許さなかった。
「大会ナンバーワンで間違いないでしょう。現時点ですべて揃っている。カーブ、スライダー、フォークを投げ分けられるし、ゲームをつくる能力がある。スケールを含めていいピッチャーです。徳島大会からひとりで投げきったのは馬力がある証拠。(ひとりで投げない人が多い)今の時代でも『これだけ投げられるんだ』と評価は上がりました」(パ・リーグリーグスカウトA氏)
「大会ナンバーワンですね。球が強く、フォークはスピードもキレもあるし、スライダーのコントロールもいい。初戦の投球なら、どのチームが相手でも抑えられていたでしょう。自分のピッチングスタイルができているのもいい。まだまだ伸びしろもあります」(セ・リーグスカウトB氏)
「今大会に出場していた投手のなかでは抜群ですね。力感と投げるボールが比例しないのがいい。腕の振りよりもボールに勢いがあるので打者は差し込まれる。それでストレートを狙おうと思ったら、スプリットがくる。高校生レベルであれは打てませんよ。志望届を出したら、3位までに消えるレベルです」(パ・リーグスカウトC氏)
スカウト陣からは称賛の声が集まったが、本人が試合後に表明したようにプロ志望届は出さず、社会人に進み、3年後のドラフト1位を目指す。
準々決勝の花巻東戦で151キロをマークした仙台育英・湯田統真
森と並んで高い評価を得たのが、今大会唯一の150キロをマークした仙台育英の湯田統真。昨夏はチームメイト・高橋煌稀の後塵を拝したが、今夏は背番号10ながら堂々の一番手に成長した。
「昨年からの成長ぶりに驚きました。四死球を出さなくなり、真っすぐ、スライダー、チェンジアップのどれも精度高く投げられる。あとは緩い球があれば最高です。完成度が高いピッチャーですね」(セ・リーグリーグスカウトD氏)
「高校生なので四隅のコントロールはまだまだですけど、勝負に行く球はいいですね。球速も変化球のキレも上がっていますし、将来は上位候補でしょう」(パ・リーグスカウトA氏)
森同様、スカウトから高い評価を得たが、湯田は大学進学予定。また、チームメイトで昨年夏の優勝投手の高橋も146キロをマーク。スカウトは「もともとコントロールはいいし、ある程度投げられるのはわかっている。変化球のキレもよくなっている」と一定の評価を与えているが、こちらも大学進学予定だ。
このほか、沖縄大会5試合31回3分の1を無失点、甲子園でも初戦のいなべ総合戦で完封勝利を挙げた沖縄尚学・東恩納蒼(ひがしおんな・あおい)も高い評価を得ている。
「高校生らしくないクレバーさがある。審判のストライクゾーンを確認しながら投げたり、『ランナーを出しても、ホームインさせなきゃいいんでしょ』というピッチングができる。あの投球ができれば点をとられないのも納得です」(パ・リーグスカウトC氏)
「ギアが三段階ぐらいある。高校生では敵なしの完成度です」(セ・リーグスカウトB氏)
スカウト陣絶賛のクレバーさだが、東恩納も大学進学の予定だという。
【素材を評価されたふたりの左腕】ではプロ志望組で高い評価を得た投手は誰なのか。一番に名前が挙がったのが、大阪大会決勝で大阪桐蔭を3安打完封した履正社・福田幸之介だ。2回戦の高知中央戦で144キロを記録した速球が魅力で、左腕であることも大きいという。
「左で馬力のある投手はそういない。馬力はプロレベルです。コントロールはアバウトなのでストライクゾーンのなかで動かすというピッチングになるでしょう。安定度という点では疑問は残りますが、左ですし、大成はしなくても通用はするでしょう」(セ・リーグスカウトB氏)
「抜け球が多く、制球力に不安はありますが、とにかく体が強い。あの馬力は魅力です。ファームで3年ほど鍛えたら、一軍で投げられるようになるかもしれません」(パ・リーグスカウトC氏)
スカウトが高く評価した神村学園の黒木陽琉
左腕では神村学園の黒木陽琉(くろぎ・はる)にも注目が集まった。初戦の立命館宇治戦では10対1と大量リードした9回二死から登板。第4試合にもかかわらず、多数のスカウト陣が黒木を見るために残っていたほどだ。
「今年は高校生の候補が少ないから人気が出るでしょう。腕の振りのよさが魅力。カウント3−2から腕を振ってスライダーを投げられますからね。あのスライダーはわかっていても打てない。伸びしろも感じます」(パ・リーグスカウトA氏)
「プロ志望届を出せば、間違いなく指名されると思います。フォームがいいし、腕の振りがすばらしい。とくにタテのスライダーはいいですね。(2回戦の)市和歌山戦ではピンチで登板して厳しいところに投げることもできていた。精神面も評価できます」(セ・リーグスカウトD氏)
最速151キロ右腕として大会前から評判の高かった専大松戸の平野大地は、千葉大会決勝、甲子園初戦と未登板。「ストライクの入らないピッチャーは使えない」(持丸修一監督)という状態だっただけに、スカウト陣の評価は下落した。
「県大会で見ましたが、調子は今ひとつ。壁にぶち当たっている印象です。素材がいいのはわかっているんですが......」(セ・リーグスカウトB氏)
「注目度や期待に実績が追いついていない状況です。春のセンバツでも変化球ばかりでしたし、夏は大事な試合で投げていない。素材がよくても、それを見せてくれないことには評価のしようがありません」(パ・リーグスカウトC氏)
「持っているものはすごく、本来なら3位くらいで指名される実力はあります。もともとキャッチャーでショートスローができ、フィールディングもよかったんですが、県大会で『あれっ』というのがあった。甲子園で登板できないぐらいの状態だと不安ですね」(セ・リーグスカウトD氏)
【星稜・武内涼太は打者としても魅力】星稜の武内涼太も石川大会で13イニング13失点を喫し、甲子園でも長崎大会のチーム打率.252の創成館に2回途中6失点(自責点4)と実力を発揮できなかった。
「投打に素材はいい。高校生のなかで、素材としてはトップクラスでしょう」(セ・リーグスカウトB氏)
「常時140キロ台中盤を出すし、持っているエンジンは高校生としてはトップクラスです」(パ・リーグスカウトC氏)
武内本人は「プロに行くなら投手で」と言うが、高校最後の打席で本塁打を放ったように打者としての魅力もある。
「飛ばす力はあるので、右の長距離砲として魅力があります。獲るなら打者ですね」(パ・リーグスカウトA氏)
佐々木朗希(ロッテ)のような足を高く上げるフォームで注目を集めた日大山形の菅井颯は、本来の投球を見せられず初戦敗退したが、素材は高評価。
「バランスがいいし、センスがある。順調に育ちそうな感じはあります。現時点で、プロなら育成かもしれませんが、大学なら1年生から使ってもらえる可能性はあります。無理してすぐにプロに入らなくても......という気はします」(セ・リーグスカウトB氏)
「体はあるし、落ちる球もある。素材としては抜群で、甲子園でどんなピッチングをするのか期待したのですが......まだ実力不足ですね。大学に行ってからでも遅くないと思います」(パ・リーグスカウトC氏)
仙台育英の150キロ左腕・仁田陽翔は、高橋、湯田とは対照的にプロ志望だが、現時点での評価は厳しかった。
「左投手で球が速いのは魅力です。ただ、コントロールが......プロのストライクゾーンに対応できるのか不安です」(セ・リーグスカウトD氏)
このほかプロ志望組では、英明の左腕・寿賀弘都に可能性を感じるという声があった。
「現時点で投手としてはふつうの左投手ですが、勝負根性がある。ピンチで投げている表情がいい」(パ・リーグスカウトA氏)
「角度のある投手なので、鍛えがいがあります」(セ・リーグスカウトB氏)
同じくプロ志望の浜松開誠館・近藤愛斗には「球速は出ているけど、打たれてしまう。時間はかかるタイプだと思いますが、大化けする可能性はあります」(パ・リーグスカウトC氏)という声が聞かれた。
プロ志望組以外では、二刀流で活躍した北海・熊谷陽輝は「投打に大型の好素材。打撃はパワーも柔らかさもある」、同じく北海の岡田彗斗には「いい時はすごくいい。リリーフだと圧倒的なピッチングができる」、東海大熊本星翔の玉木稜真は「140キロ中盤が出るし、コントロールもよくなった」と将来性に期待する声があった。
思い返せば、木更津総合の早川隆久(現・楽天)や大分商の森下暢仁(現・広島)は、高校の時点でプロ志望届を提出すればドラフト指名は確実だった。だが、早川は早稲田大、森下は明治大で腕を磨き、ともにドラフト1位でプロ入りした。投手には故障のリスクがつきまとうとはいえ、無理してプロに進むよりも、大学に進学して実力をつけるケースは多々ある。今夏の甲子園はスター不在だったが、数年後、この年代から球界を代表する投手が出てくることを楽しみにしたい。