女王・坂本花織をしのいで優勝の吉田陽菜、20カ月ぶりに復帰した白岩優奈ら女子フィギュアスケートは百花繚乱
げんさんサマーカップを制した吉田陽菜
8月、滋賀。シーズン前哨戦「げんさんサマーカップ」で、彼女たちはしのぎを削っていた。それぞれが抱える異なる情念が、リンクを華やかに彩った。
ーー20カ月ぶりにリンク(実戦)に戻ってきた気持ちは?
白岩優奈(関西大/21歳)は記者の問いに、弾けるような笑顔で返した。北京五輪シーズン、右足の痛みの治療で戦線離脱。復活した彼女は「滑れる今」を全身で噛みしめていた。
今年2月、久しぶりに氷の上に立った。「1年休むと、この感覚か......」と愕然とした。3月、イベントでスケートを披露。4月末、ジャンプをどうにか跳ぶようになった。本来の姿にはほど遠いが、今回、舞台に立てた。
「まだ滑り込みが足りていないので、次は今日よりもいい演技ができるように。近畿(選手権)、(大学)インカレと一個一個の試合を重ね、自分の弱さとも向き合っていきたいです。(休養中に)メッセージとかをくれた方々に、最後まで自分のスケートを見てもらえるように」
そう語った白岩は、感謝を力に変える。事実、フリーは序盤にジャンプのミスが続いたが、観客の熱烈な拍手に励まされると、後半のジャンプは立て直した。
氷上に戻ってきた白岩は、どんな輝きを見せるのか?【河辺愛菜に期待されるオリンピアンの意地】
北京五輪シーズン、シニア2年目だった河辺愛菜(中京大/18歳)は、破竹の勢いを見せた。五輪出場の栄誉を獲得。全日本選手権のショートプログラム(SP)で唯一決めたトリプルアクセルは劇的で、強い運も感じさせた。
2022−2023シーズンは成績的に雌伏(しふく)の時を過ごしたが、今シーズン、気持ちは前に向いている。
「前は緊張して、ジャンプのことしか考えられませんでした。でも、楽しむ余裕が少し出てきたかなと。そこは1年を通じて、成長できたかなって思っています」
河辺はSP直後、汗を拭いながら言った。64.23点で5位。フリーの最終グループに入った。
「(トリプル)アクセルは練習も増やしているので、演技全体のバランスを崩さないように入れたいなと。去年よりは感覚をつかめているので、今シーズンはアクセルを入れるぞって感じでいけたらと思います」
フリーは低調でループ、サルコウのミスは出たが、涙を指先でぬぐいながら声を振り絞り出した。立ち止まることはない。
「6分間練習からよくなくて。自分の足で滑っている感じがしませんでした。浮いている感じ。なんでこんなことになったのか。考えて練習に取り組んでいきたいです」
オリンピアンとして、底力を見せる。
「メンタル」
住吉りをん(オリエンタルバイオ・明治大/20歳)は、しばしば自身の課題をそう口にしてきた。ただ、彼女にひ弱さは感じられない。豊富な感情量を持て余していただけではないか。
「(げんさんサマーカップ直前に開催された)『木下トロフィー』(の演技)がすごく悔しくて。氷に合わせられず、練習してきたことを出せなかったので。それを今日は活かし、教訓にできました。6分間練習で氷の感触をチェックして、いい演技ができました」
住吉はそう説明していたが、その反骨は彼女のエネルギーと言える。SPでは坂本花織を抑えて、69.63点でトップに立った。ステップ、スピンはオールレベル4で、特に最後のスピンでは指で韻を結びながら舞い踊る様子が、モダンインディアンの曲調と衣装も相まって幻想的だった。
それでも、彼女は「70点に乗せたかった」ともの足りなさそうにも見えた。
「踊り出した時、(曲の)音が小さかったのが気になって。ただ、ダブルアクセルを跳んでからは集中してできました。残り2つのジャンプにもつながったかなって」
そう語る彼女は、勝負への気概が強いのだろう。それが浮き沈みにもつながるが、情念の強さはスケーターとしての肖像も象(かたど)る。トリガーを引けたら、代名詞となるプログラムをつくり上げ、飛躍する予感がある。
フリーでは昨シーズンも使った『Enchantress』をバージョンアップさせ、観客を魅了した。両足着氷になったが、4回転トーループにも挑戦。演技後、自ら二度、三度とうなずき、手応えが伝わってきた。惜しくも優勝は逃したが、伸びしろを感じさせ、次につながる準優勝だ。
「(優勝者に贈呈の)お肉はないし、2位は一番悔しいなって。でも、演技は去年よりはるかに成長しているので。順位にこだわらず、喜べる内容でした」
いよいよ、住吉が羽ばたく。
そして大会を制した吉田陽菜(木下アカデミー/17歳)は、意気軒昂でシニア1年目に挑む。SP6位からフリー1位での逆転優勝。大技トリプルアクセルをフリーで成功したのは大きかった。
「(ジュニアまでは)ジャンプで戦ってきましたけど、少しでもスケーティングで戦えるように。それで前に進めるかなって」
そう語る吉田は、SPの『Koo Koo Fun』で独特のリズムを自分のものにしつつある。個性的なプログラムで可能性を広げている。トリプルアクセルを失敗したが、「挑戦する立場なので」と意欲的なスケーティングで観客を引きつけた。
その姿勢が、大逆転のフリー『Shakuhachi/La Terre vue du ciel』での演技につながったか。鶴になりきっていた。
「鶴がテーマのプログラムなので、(振付師ローリー・)ニコルさんと動画を見て、このイメージかなって一個一個、振り付けしてきました。自然のなかで飛んでいる鶴、歩いている鶴、いろいろ研究しながら。
曲を通して、鶴のポーズがたくさん入っているんですが、そのポーズが少しでも鶴に見えるように。特にステップで曲調が変わって盛り上がるところは重点的に」
朗らかに語った吉田は、1週間後(8月21日)が誕生日だという。
「お肉は少し早い誕生日プレゼントで、家族と一緒に食べます!」と白い歯を見せた。「木下トロフィー」に続いての優勝だ。
「大人になった自分を見てもらえるように頑張ります!」
ルーキーは戦いを重ねて、変身を遂げる。
女子フィギュアスケートは、他にも渡辺倫果、千葉百音、松生理乃が上位に食い込んでくるはずで、樋口新葉、紀平梨花も再起に挑む。
世界女王の坂本、グランプリファイナル女王の三原舞依のふたりだけではない。百花繚乱のシーズンの開幕だ。