“第二の故郷”札幌での試合に燃えていたリーチだったが、人生初のレッドカードで退場となった【写真:JRFU】

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W杯でも対戦するサモア代表に22-24と惜敗

 9月に開幕するワールドカップ(W杯)フランス大会へ強化を続ける日本代表は、7月22日に北海道・札幌ドームで行われた「リポビタンDチャレンジカップ2023」でサモア代表に22-24と惜敗。昨秋からの“代表戦”は6連敗になった。W杯イヤー初のテストマッチ(正式な代表戦)だったが、チームの支柱でもあるNO8(ナンバーエイト)のリーチ・マイケル(東芝ブレイブルーパス東京)が危険なタックルで一発退場。50分間を14人で戦う苦境での今季3連敗に、チームもファンも落胆の色は濃いが、進化を読み取れるプレーも見えた。勝利から遠ざかる日本代表の「いま」、そして3連敗を通じて見えてきた可能性を考える。(取材・文=吉田 宏)

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 札幌ドームがどよめきに包まれた。前半30分。W杯でも笛を吹くマチュー・レイナール・レフェリーが、右手でポケットから赤いカードを取り出した瞬間、リーチの“第二の故郷”での初テストが終わった。

「(マルチビジョンに映された映像を)見た瞬間、これはレッドだと思った」

 本人もこう振り返る危険なプレー。タックルに入った時に、肩が相手の頭部に当たってしまった。意図的ではないが、チームにとってはまさに命取りになる反則で、錦を飾るはずの舞台は人生初の“レッド”という想定外のシナリオで幕を閉じた。この日のリーチは、キックオフ直後のハイパントのノックオンなど気負い過ぎという印象だった。全校生徒が駆けつけた母校・札幌山の手高校の後輩たち、そして全道から集まったラグビー部員たち、北海道のファンへの思いが、実直で人一倍“郷土愛”に溢れた男の平常心を失わせた。

 W杯でも対戦する相手に、2012年以来4試合ぶりの敗戦。ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)も、2019年まで代表主将を務め、この日もゲームキャプテンを託した大黒柱のよもやの退場による影響を認めた。

「(選手は)頑張ってくれた部分もたくさんあったと思うが、すべてはリーチのレッドが出たところで、ある程度チームの方向は決まってしまったと思う」

 4年前のW杯では、サイズやパワーで上回る相手に組織で立ち向かうラグビースタイルで史上初のベスト8に辿り着いた。サモアはFW(フォワード)の平均体重で日本を10キロ上回り、パワーを武器に挑んでくる相手。日本が強みの組織力を試すには絶好の相手だったが、大半の時間を14人で戦うことになったため、その進化段階を測るには不十分な前哨戦となった。

 試合当日で世界ランキングは、日本の10位に対してサモアは12位。通算成績は5勝11敗ながら15年、19年と直近のW杯でも倒した相手に勝ち切れなかった。加えて、サモアは選考規約の変更で代表入りした元ニュージーランド代表SO(スタンドオフ)リマ・ソポアンガ、FL(フランカー)スティーブン・ルアトゥアらに、過去に主将も務めたNO8ジャック・ラムらW杯ではチームの核になるような主力勢を母国で調整させている。7月24日に更新された世界ランキングでも、日本はサモアに代わり12位に後退。現状の実力ではやむを得ない順位と言えそうだ。

不安定だったスクラム、試合中の修正力に課題

 リーチの退場にフォーカスが向けられるなかで、9月開幕のW杯へは他にも課題を露呈している。9、15日のオールブラックスXV(フィフティーン)戦でも勝負どころで押し込まれるなど不安定さを垣間見せたスクラムだ。

 この日もデータ上では自分たちのスクラムでの失敗は1回だったが、サモアFWに押し込まれる場面が何度もあった。結果的に決勝点となった後半23分のサモアのトライも、日本の不用意なノックオンによる相手スクラムからの左展開で、ライン防御を簡単に突破されて奪われた。スクラムで重圧を受けたことで、FWのカバーが遅れて手薄な防御を突かれたのだ。

 スクラムに関しては、結果的には相手のミスで大事には至らなかったが、開始直後にもサモアの右展開に日本のFWが防御に行けずにスペースを与えてしまっている。おそらくサモアのコーチ陣は、スクラムで日本FWの足を止めれば外側が手薄になると分析していたのだろう。オールブラックスXV戦でも許したスクラムからのイージートライは、W杯本番でも対戦相手が狙ってくるのは間違いない。

 スクラムの要で、ゲームキャプテンも務めたHO(フッカー)坂手淳史(埼玉パナソニックワイルドナイツ)は、「(試合中に)修正するのに少し時間がかかった。本番へ向けて、もっと早く直さないといけない」と組み負けたシーンよりも、やられた後のスクラムでの修正力への不満を口にした。この修正力も、日本選手の勤勉さが生み出す強みとして2019年大会の躍進を支えただけに、今後どこまで磨き上げることができるかが、フランスでの勝敗に影響するはずだ。

 スクラムと同時に、課題と感じさせたのがタックルだ。6月の浦安合宿で取り組んだリーグラグビー仕込みのタックルによる強いヒットは、場面場面でサモア戦でも見ることができた。だが、相手マークを抜くスキルとスピードに長けたニュージーランドの準代表とは違い、サモアは体重の重さ、体の大きさを武器に真っ向勝負してくる的の絞りやすいチームだ。前任のエディー・ジョーンズHC時代から本腰を入れたフィジカルストレングスと、海外勢が大量に代表入りしてきた恩恵にも助けられ、日本が真っ向勝負の相手なら太刀打ちできるようになったことが、最近のサモア戦勝利にも影響している。

 しかし、この日の札幌での日本代表は、前半37分に奪われたサモアの初トライも、密集周辺のサモアの連続攻撃を止められずに最後はゴールラインを割られている。1対1で抜かれるシーンも目立った。過去2試合のコラムでも指摘したように、単発のタックルでは渡り合う場面があっても、防御ラインや面での防御まではいまだに熟成していない。

連続攻撃から反則を誘いPGから得点

 リーチの早すぎるレッドカードで、ゲームが台無しになってしまったと嘆くファンも少なくないだろう。しかし、すべてが否定的な80分ではない。修正を感じさせるプレーも読み取ることができた。攻守で接点に入る2人目、3人目のサポートへの意識、反応の速さは過去の2試合を上回っていた。そのため次の攻撃への球出しがテンポアップされ、結果的に連続攻撃についてこられないサモアの反則を誘い、後半2、7、17分にはPGを奪い取っている。

 後半21分のPGは、キックからの防御で重圧をかけたことがサモアの反則を引き出した。W杯で日本がやりたいプレーによるスコア。テンポを掴みつつある攻撃に、WTB(ウイング)松島幸太朗(東京サントリーサンゴリアス)は「(2人目、3人目の意識は)練習からやっていますし、練習が終わった後にやる選手もいます。だんだん良くなっているかな。後は自分たちのミスを少なくすればいい」とポジティブな感触を掴んでいる。

 手の内を完全には見せない思惑も感じさせた。先発15人の総キャップ数が100程度のサモアに対して、日本は353キャップ。出場メンバーの顔触れを見ても、先にも触れたサモアほどの温存は感じさせなかったが、エース格のCTB(センター)ディラン・ライリー(埼玉WK)が、このゲームで効果的にボールを持つシーンはほとんど見られなかった。簡単なノックオンなども見せたのは気懸りだが、攻撃では徹底して若手のCTB中野将伍(東京SG)を突っ込ませるなど、W杯本番に用意するプレーを封印して意図的に役割を定めて戦っていたと判断してもおかしくないプレーが目についた。

 セットプレーからのライン攻撃で、強豪国の多くはバックドアと呼ばれる深めの立ち位置の選手にボールを持たせて、相手防御のプレッシャーをかわしながら攻めるアタックを使っている。メリットは、深い位置でパスを受けた選手がスペースを持てること、フラットな位置に立つ外側の選手にロングパスを放ることで、相手防御を崩す効果もある。しかし、札幌での日本代表は、深い位置のラインでそのままボールを動かし、状況に応じてキックを使っている。深さと浅さのコントラストはあまり効果的には使っていない。戦術に長けたトニー・ブラウン・アシスタントコーチのことだ。今は多くを見せていない浅い位置取りの選手による仕掛けを本番で使うのか、もしくは他国のセオリーを覆すような裏技を極秘裏に用意してくるのか。はたまた、策のないまま開幕を迎えるのかに注目するしかない。

数的不利での戦いは「これからに繋がる」

 試合後は落胆の色が濃かった選手たちだが、それぞれの言葉に、このゲームの本質が読み取れる。ゲーム主将の坂手は、「14人になった時に、全員が同じ絵を見続けられる時間は多かったと思う。ミスもあったが皆エナジーを落さずに戦い続けたのは、自分たちにとってこれからに繋がる」と数的不利な中での戦いを評価。FL姫野和樹(トヨタヴェルブリッツ)は「大きなサモアを走らせて疲れさせ、後半は自分たちの流れを掴んで戦うのがプランだった。それに関してはできている部分もありました。コリジョン(接点)の部分で重圧をかけられたからこそ、相手のノックオンも多かった」と振り返った。

 FB(フルバック)山中亮平(コベルコ神戸スティーラーズ)の「速いテンポでの球出しはできましたが、ただミスで終わっているだけ。そこをもうちょっと正確に継続していればチャンスは何度もあった」という指摘が、今のジャパンの状況を物語る。

 サモアに奪われた3トライのうち2本は、日本のミスが原因だ。先に挙げた決勝トライと、後半8分のFB山中がキックをチャージされて奪われたトライは、本番までに修正可能な失点ではある。だが、W杯まで1か月あまりに迫る段階の日本代表を見ると、浮上した課題がなかなか修正できていないのが懸念材料だ。2019年大会前から、期間中の日本代表はその修正力も強みにしたが、フランスでのキックオフが刻々と近づくなかで、まだ修正が必要な項目が少なくないのだ。

 上記したように進化を感じさせる部分は個々には認めるが、一方でイージーミス、スクラムの不安定さ、サモア戦で向上したとはいえラインアウトの不安定さ、そして組織で連動したスピーディーなアタックの熟成にカバー防御、さらにはまだ沈黙を続けるリハビリ組も含めた選手のコンディションの見極めとコンビネーションなど、修正すべき課題は多岐に渡る。

 繰り返しになるが、W杯8強突破という目標は時間との闘いだ。前向きな面も指摘したが、テストし、調整する時間は潤沢には残されていない。まずはサモアと同様、規約改正によって世界のトップ選手が加わった29日のトンガ戦で、進化を確認するしかない。

(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。