「宇宙ロケットは地球の自転を利用して東へ打ち上げるので、ロケット発射場は赤道に近いほど良い」という話があります。これは実は、半分正しくて、半分古い話になっています。

東向きから始まった宇宙ロケット

 いまや、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)のミサイル発射が毎月のように行われるまでになっています。そのなかで同国は2023年5月末、南へ向けて軍事偵察衛星を載せたと称するロケットを発射しました。

 このときのロケット打ち上げは失敗に終わりましたが、なぜ北朝鮮は東側へ向けて発射することが多い弾道ミサイルとは異なり、偵察衛星打ち上げ用のロケットは南側へ向けて打ったのでしょうか。


2022年1月5日に発射された、北朝鮮が極超音速ミサイルであると主張するもの(画像:KCNA via/Latin America News Agency via Reuters Connect)。

 そもそも人工衛星の飛び方(軌道)は、大きく分けると「東向き」と「南北方向」があります。東向きの代表格は、赤道上空3万6000kmを東へ飛ぶ静止衛星です。気象衛星「ひまわり」や、衛星放送に使われる放送衛星「BSAT」など、馴染みのある実用衛星が数多くあります。

 一方、南北方向に飛行するのは地球観測衛星です。「ランドサット」「だいち」「情報収集衛星」などは南北方向の軌道です。

 1950年代から60年代の宇宙開発がスタートした時代は、東向きの衛星が主流でした。東向きに打ち上げる場合は、できるだけ赤道に近い場所からロケットを打ち上げるのが有利です。人工衛星は速度7.9km/秒を出す必要がありますが、地球の自転速度は赤道上で0.46km/秒もあります。赤道上では地面に立っているだけで、必要な速度の6%も得られているのです。これは、航行中の空母から飛行機を発艦させると、空母の速度の分だけ加速が楽になるのと似ています。

 このため、宇宙ロケット発射場はできるだけ赤道に近く、東の方角が開けている場所に建設されました。アメリカでは東海岸の中でも南端にあたるフロリダ、日本では鹿児島県の内之浦や種子島が選ばれています。

 なお、いまでこそ日本にはもっと南に位置する小笠原諸島や沖縄県の島々が含まれますが、この時期、それらはまだ日本に返還されていませんでした。そのため、当時の日本列島の南端に位置する内之浦や種子島が選ばれたというわけです。

東にも南にも打てる、奇跡のポジション

 しかし1970年代頃になると、地球観測衛星の重要性が高まってきます。地球観測衛星は地球全体をまんべんなく観測できるよう、地球を南北に回る「極軌道」を飛行するので、宇宙ロケットは南か北へ打ち上げる必要があります。

 南向き打ち上げの場合、地球の自転はロケット打ち上げの助けにならず、むしろ少し逆らって打ち上げなければならないので邪魔になります。現在では、日本から打ち上げられる宇宙ロケットの約半数は南向きですから、必ずしも赤道に近い方が良いわけではないのです。


日本周辺の領海や排他的経済水域などの概念図(画像:海上保安庁)。

 とはいえ日本は赤道から遠すぎず近すぎない、ほどほど良い緯度にあるので、宇宙ロケットの打ち上げには適しています。実は宇宙ロケット打ち上げ場所でより重要な条件となるのが、打ち上げ方向に陸地がないという点です。

 ロケットは打ち上げ後に分離されて落ちてきますし、飛行機より失敗確率が高いので事故による墜落も少なくありません。このため、ロケットの飛行経路は無人にする必要があります。できれば海、それも飛行機や船が少ない海域が良いのです。

 この視点で考えると、日本は世界的に見ても奇跡的に良い条件のエリアに位置しているといえるでしょう。日本列島は、東から南にかけての方角に太平洋が広がっており、ロケットをどちらへ飛ばしても他国の上空を通りません。内之浦や種子島からは、どちら向きにも発射できるのです。

 ただ内之浦や種子島からまっすぐ南へ打ち上げると南大東島や北大東島をかすめてしまうため、やや東を迂回する非効率なコースで打ち上げる必要があります。ゆえに、近年では南向き打ち上げに制約のない北海道大樹町で、北海道スペースポートの整備が進んでいます。

日本はロケット打ち上げしやすい国だった!

 諸外国を見てみましょう。アメリカはフロリダに最大のロケット発射場を持っています。ここは東向きの打ち上げには適していますが、南向きに発射するとキューバや中南米の上空へ向かってしまいます。そこで、南向き専用の発射場を西海岸のカリフォルニアに設けています。


日本のH3ロケット。鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられている(画像:JAXA)。

 ヨーロッパは、東にはロシアや中東など、南にはアフリカがあり、この方向には打ち上げできません。北向きの打ち上げなら一見すると可能なように見えますが、ロケット開発の中心国であるフランスから見ると、北にはイギリスがあります。そこでヨーロッパ宇宙機関(ESA)とロケット打ち上げ企業のアリアンスペースは、南米のフランス領ギアナに発射場を設けています。

 中国は長年、内陸のミサイル実験施設から宇宙ロケットを打ち上げてきましたが、近年は南シナ海の海南島に拠点を移しつつあります。南シナ海は太平洋ほど広くはありませんが、海南島の真東は台湾とフィリピンの間を通り抜けられるなど、これまでよりは格段に楽になったと言えます。

東と南に日本あり ロケット打ち上げにくい朝鮮半島

 一方、朝鮮半島は極めて宇宙ロケットを打ち上げにくい場所です。東から南にかけて日本列島があり、どの方向に打ち上げても日本上空を通過してしまいます。

 北朝鮮は1998年と2009年に、人工衛星を搭載したと主張するロケットを東向きに打ち上げて日本の東北地方上空を通過させました。宇宙空間には領空が及ばないので領空侵犯にはなりませんが、打ち上げ失敗時の墜落を考えれば、このような打ち上げは日本に危険を及ぼしてしまいます。


韓国国産の「ヌリ」ロケット。同国南西部に位置する全羅南道高興郡の羅老宇宙センターから打ち上げられた(画像:韓国航空宇宙研究院)。

 韓国は全ての宇宙ロケットを、南岸の羅老(ナロ)宇宙センターから南側へ向けて打ち上げています。沖縄の島の間を通るコースを選べば、日本に危険を及ぼさずに飛行することができるからです。しかし、東向き打ち上げが必要な衛星を自国内から打ち上げられないのは、韓国の宇宙開発には大きなネックになっています。

 北朝鮮も2012年以降は、宇宙ロケットは南向きに打ち上げています。偵察衛星(地球観測衛星)は南北方向に飛行するからです。

 こうして見てみると、北朝鮮が弾道ミサイルと異なりロケットは南向き、すなわち沖縄県方向へ向けて発射している理由がわかるでしょう。

 ただし北朝鮮は、国連安保理決議で弾道ミサイル関連技術の開発を禁止されているため、宇宙ロケットの打ち上げも決議違反となる点は間違いありません。