仙台育英の左腕・仁田陽翔はプロ野球選手を凌ぐ身体能力! 規格外の数値を記録
仙台育英「150キロトリオ」〜仁田陽翔インタビュー
仙台育英が誇る高橋煌稀、湯田統真、仁田陽翔の「150キロトリオ」は、間違いなく高校球界最強の投手陣だ。なかでも、監督の須江航が「伸び率は一番」と太鼓判を押すのが仁田陽翔。指揮官が小学生の時から目をつけていた左腕は、どのように成長していったのか。
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昨年夏の甲子園でも活躍した仙台育英・仁田陽翔
今年のセンバツ後から仙台育英投手陣が順調にパフォーマンスを上げてきているなか、監督の須江航が太鼓判を押すように名を挙げたのが仁田陽翔である。
「どのピッチャーも甲乙つけがたいんですけど、『仁田が一番』と言っていいくらいの伸び率を感じますよね」
数字にも明確に表れた。この春、仁田はストレートの最速を更新したのである。
その試合とは、東北大会決勝の八戸学院光星戦(青森)だった。2対3の9回二死二塁のピンチの場面。仁田が意識的に強く腕を振る。力ない打球がセカンドへ飛ぶと同時に、岩手のきたぎんボールパークの電光掲示板に「151」という球速が表示された。
しかし仁田は、釈然としないように言う。
「正直、自己満足みたいなところではあるんで、周りに言いにくいというか。自分としては『甲子園で150キロを出したい』という目標を持っているので、そのためにどうしていくかを考えているところです」
仁田は恐縮するが、実際にそれだけのボールを投げられるれっきとした裏づけはある。
須江がこんなエピソードを教えてくれた。
アスリートのデータ解析を専門とする施設『ネクストベース・アスリートラボ』で、仙台育英の選手が投球動作などさまざまな測定を行なった時のことだ。ピッチングの重心移動の際に、左腕の仁田で言えば右足の踏み出す力など地面反力を計測する「フォースプレート」という機器での数値が驚異的だったのだと、須江が明かす。
「ネクストベースさんを利用されている、名だたるプロ野球選手をも凌ぐ数値だったんです。それだけ、仁田の身体能力はずば抜けている何よりの証拠じゃないですか」
【小学生の頃から目をつけていた逸材】須江は仁田が小学生の頃から、傑出した能力に着目していた。
出会いは偶然だった。まだ秀光中の軟式野球部の監督をしていた頃だ。楽天の本拠地で小学生の大会があると知人から教えられ視察に行くと、目を見張るピッチャーがいた。それが、猪川野球クラブ時代の仁田だった。
次の出会いは2019年。佐々木朗希の熱狂に沸く岩手県で、「佐々木の出身中学にいいピッチャーがいる」との情報を得て観に行った試合で投げていたのが、当時、大船渡第一中学2年の仁田だった。
「当時から身長はあまり高くなかったので、『高校では伸びないんじゃないか』っていう声もあったんです。でも僕は、仁田の体のバネの強さ、腕の振り方に魅力を感じましたね」
仁田自身も、この頃から「強豪校で野球がやりたい」願望があったため、仙台育英に進むことに迷いはなかった。
高校入学当時、現在の「150キロトリオ」で最もデビューが早かったのが仁田である。1年春から公式戦を経験し、2年春には145キロを計測。夏の甲子園初戦で出した147キロは、日本一の原動力となった「140キロクインテット」で最速だった。
スピードはある。その一方で「それだけ」と評価されてしまう側面もあった。原因は安定感。それは、仁田のピッチングスタイルにも関係していた。須江が言う。
「体のサイズは違うんですけど、石井一久[寺澤4](ヤクルト、ドジャース、メッツ、西武)さんの現役時代みたいな感じです。フォアボールとイニングの数が同じくらい与えるけど、なんとか無失点に抑えるというか」
石井は150キロを超えるストレートと切れ味鋭いスライダーを生命線とし、日米通算182勝を挙げた左腕だ。仁田もスピードボールが武器で、変化球もスライダーとチェンジアップと必要最低限の球種で勝負する。なにより、ストライクゾーンから適度にボールが荒れる点も似ている。
仁田自身も、苦笑にじりに自己分析する。
「自分、不器用なんで(笑)。制球力もそんなにないので使える球種がそれしかないっていうのもあります。でも、『自分のよさはストレートの強さにある』と思っていて......。球が荒れることは短所になるかもしれないですけど、相手からすれば狙い球を絞りにくくなるでしょうし、そういうところが長所だと思って割りきっています」
その言葉には強固な響きがあった。短所ばかりを気にして、改善に注力しがちな人間が多いなか、仁田は長所を伸ばすことを最優先としている。常々、須江から「短所が長所を引っ張らないように」と念を押されていることもあって、ブレることはない。
須江にとっても、この方針に揺らぎはない。
「仁田に関しては、入学した時から『小さく育てたくない』と思っていました。ピッチャーに必要な要素って『平均から外れること』だと思うんですね。高校生の平均球速が140キロだとするならば、145キロでも125キロでも平均から外れるわけです。スライダーにしても、キレキレに曲がるのも、ほとんど曲がらないボールも使いようによっては武器になるじゃないですか。仁田は真っすぐもスライダーも平均よりレベルが高いので、『中途半端に改善するくらいなら、荒れ球を武器にしようよ』と。それがデメリットになるような話は、一度もしたことがないです」
【最後の夏は頼られる存在になりたい】今年のセンバツ。仁田は初戦の慶應義塾戦で無失点ながら1回1/3で降板し、準々決勝の報徳学園戦では2回途中3失点でノックアウトされた。いずれも不安定さを露呈するマウンドとなってしまったが、須江は「甲子園にたどり着くまでの仁田の貢献度は変わらないし、彼が成長していく過程で必要なことだったんです」と、責めることは一切ない。
だからこそ仁田も、自分の最大の武器であるストレートを磨くことに専心できる。
センバツでの反省をふまえ、仁田はそれまで重点的に行なってきたネットスローから、40、50メートルの中間距離での遠投を自主練習のメインとして取り入れるようになった。その狙いと効果をこう解説する。
「ネットスローだと、上半身の力とか小手先に頼っていたなってことに気づいて。中遠投でボールが垂れずに低い軌道で投げるためには、体全体を使うのはもちろん、リリースのタイミングとかも安定させないといけない。そういうことを意識しながらやることで、ボールの出力も上がったのかなって思います」
試合でのパフォーマンスが悪かろうと、絶対不変の武器を磨き続ける。愚直なまでの歩みがあればこそ、監督をして「一番」と言わしめるほどパフォーマンスを伸ばし、自信を携えて夏を迎えることができた。
本音としては、言いたいことはある。公式戦に限れば、消化しきれていないマウンドばかりだったこと。なかなかチームの勝利に貢献できていないこと......。
「うまくいかなかったことから、逃げたくないなって思うんですよね。最後の夏は、頼られる存在になりたいなって」
報われるために、自らが貫くことはわかっている。速く、強いストレートを投げ込むことだ。