「挑戦を、楽しめ。」のスローガンを掲げる福岡女子商業高校。2023年「Forbes JAPAN」の「イノベーティブ・エデュケーション30 ー子どものウェルビーイングを実現する変革者たち」に選ばれた(写真:筆者撮影)

定員割れだった福岡県の私立「福岡女子商業高校」に、29歳の国語科教師・柴山翔太さんがやってきたのは2020年4月のこと。熱心な小論文指導により、わずか1年で国公立大学の合格者が前年0人から20人に。

さらに翌年、30歳で「日本一若い校長」に就任すると、生徒や教職員と共に、次々と学校改革に挑んできた。

まるでマンガのような快挙は、なぜ実現したのか。声の大きな熱血教師が生徒たちに発破をかけているのか。舞台裏を探るべく、同校を訪ねた。

福岡市の中心部から車で南へ30分ほど、豊かな自然と住宅が広がる那珂川市に「福岡女子商業高校」(通称、女子商)はある。

さわやかな笑顔で迎えてくれた柴山さんと校長室で話してみると、穏やかで誠実な印象だ。しかも「もともと教師になりたかったわけではなくて」と明かす。

甲子園を目指す野球少年だった

北海道出身の柴山さん(32歳)は、甲子園を目指す野球少年だった。しかし、高校3年の夏に道大会の決勝で敗れ、ならば監督として甲子園へ、と夢をつなぐため高校教師を志すことに。

東洋大学を卒業すると、北海道の私立高校で国語科の教員になり、野球部の指導も担当した。そして3校目の札幌新陽高校で、民間出身の荒井優校長から挑戦することの大切さを説かれ、ハッとしたという。

「コンフォートゾーン(居心地のいい場所)から抜け出せない自分が悔しく、教師として強みを作ろうと、小論文指導で有名な神戸星城高校に飛び込みました」

偏差値は50を切るものの、小論文による学校推薦型選抜入試で、全国の国公立大学に毎年50人以上の合格者を出す高校だ。「どんな魔法があるのかと思ったら、とにかく泥臭い指導だった」と柴山さん。

生徒1人ひとりが時事問題をまとめた「小論文ノート」を作り、ひたすら小論文の添削を重ねる指導法を受け継ぎ、柴山さんの着任2年目には小論文による国公立合格率が70%を超えた。しかし、高校生活を大学進学だけに捧げる学校のあり方になじめず、もっと幅広く挑戦できる高校を探した。

そんな中で出会ったのが福岡女子商業高校だ。もともと町立だった同校は、2017年に私立になり入学希望者が激減。1学年240人定員に対し100人に満たない状態が続いていた。

卒業生の半数以上が地元企業に就職する現状から、選択肢を広げることで同校を立て直そうと、公立校の体育教師だった女子商の校長が自ら神戸星城高校まで小論文の指導について問い合わせたことがある。それを知った柴山さんは女子商を訪ね、熱心な校長に魅かれて、2020年4月、29歳で同校の教師になった。


授業のため教壇に立つ柴山さん。授業の最後に「ありがとうございました」と挨拶する生徒たちに対して、「ありがとう」と笑顔で応じていた(写真:筆者撮影)

同校で4年制大学に進学する生徒はごく少数で、国公立の合格者は数年に1人という状況だった。柴山さんは国語の授業を担当しつつ、課外で小論文の指導をすることに。

遠巻きに見ていた教職員に「先生方にご迷惑はかけません。国公立に推薦で行きたい生徒を集めて、課外で指導させてください」とお願いした。

国公立を目指す3年生は116人中1人だけ

小論文の指導は、3年生が対象。柴山さんが着任時、国公立大を目指すと表明する3年生は116人中1人だけだった。しかし、柴山さんが説明会で「小論文による推薦で国公立を目指そう」と呼びかけると、30人近く集まったという。なぜだろう。

「やる気があれば合格できるという僕の声かけが、彼女たちにとっては新鮮だったようです。生徒に女子商に来た理由を聞くと『女子商しか行けんって言われたけん』という答えが大半で、自己肯定感がとても低い。だから最初は僕のことを詐欺師と思ったという生徒もいて、半信半疑でも予想以上に集まってくれたことがすごくうれしかった」

3年生になって推薦入試のピークとなる11月までは、わずか8カ月。まずは前任校の卒業生から借りてきた先輩の「小論文ノート」を見せると、みんな「へーっ」と言いながら見よう見まねで自分のノートを作っていく。


「高齢化」「多文化共生」など時事のキーワードごとに事実や自分の考えをまとめた「小論文ノート」。「生きる上で必要な思考力や表現力が身につきます」と柴山さん(写真:筆者撮影)

指導は週1回60分から始めて徐々にペースを上げる。「指導の基本は褒めること。みんな本当に受かるんだろうかという不安はあったと思いますが、一生懸命に取り組んでくれました」。

職員室では「あんなに頑張って受からなかったらかわいそう」という声も漏れ聞こえてきたが、柴山さんは生徒たちを信じ突き進んだ。結果として、推薦入試で長崎大学や佐賀大学などに20人が合格。校長は「バンザーイ」と喜び、教職員の雰囲気も一変したという。

国公立大の合格者を出したことで地元の新聞に取り上げられ、中学校への広報活動などにも力を入れたことが功を奏して、わずか1年で女子商は注目される存在に。

そこで、思いがけない出来事が起こる。

67歳だった校長は法人の定年を過ぎていたため退任し、かわりに理事長が校長を兼任して月1回だけ登校するというのだ。柴山さんはたまらず理事長に直訴した。

「確かに進学実績で注目されるようになったけど、女子商にはもっと可能性がある。生徒たちはすごくピュアで、火が付くと本気で頑張ってくれる。さらにいい学校にするために、前の校長を継続させてほしい」

気が付けば4時間にも及ぶ熱弁に、理事長の口からまさかの言葉が。「きみが校長をやればいい」。

「そこまで言うならきみがやってみればというトーンで、本当に驚き、考えさせてくださいと応じるのが精一杯でした。着任2年目で30歳の自分が校長になったら、生徒や保護者や教職員がどんな反応をするのかまったく想像できず、非常に怖かった。でも3日考えて、校長になろうと決めました」

生徒が挑戦しているから、自分もチャレンジする

なぜ決断したのか。「女子商に来て、生徒たちに挑戦しようと言い続けていたのに、自分ができなければずっと引け目を感じるに違いない。それに、こんなに普通の僕が校長になれば、あいつにできるなら自分にもできると教育界の人たちが前向きになるかもしれないと思ったんです」。

2021年4月、校長に就任した柴山さんは「5年で日本一の商業高校をつくる」と宣言した。そのために掲げたテーマは「挑戦を、楽しめ。」。


新たな学校の形に挑戦したいと話す柴山さん。2023年6月に著書『きみが校長をやればいい』を出版した(写真:筆者撮影)

学校へ向かう坂を上がると「挑戦を、楽しめ。」と書かれた看板が見えてくる。「登校してくる生徒たちの顔が上がるように、目に入るところに設置しました」。そして、生徒たちには最初にこう話したという。「この学校で一番挑戦するのは僕だ。ダサい姿を見せるかもしれないけど、一緒に頑張っていこう」と。

校長になって、今年で3年目。小論文の指導により、国公立大学に合格者を出し続けている。そもそも生徒たちはなぜ国公立大学への進学を希望するのだろうか。

「自分を変えたいと思うのではないでしょうか。実際に合格した先輩たちがスピーチするんです。『私は今まで本当に勉強ができないと言われてきたけど……』みたいに。挑戦することで、学力だけでなく自信や希望も手にした先輩たちの姿は輝いています。それに、親子関係も変わります。『先生、先輩はできたかもしれないけど、うちの娘はすぐに諦めますから』と言っていた保護者でも、三者面談で生徒の小論文ノートを見せると、信じて応援してくれることが多いんです」

校長になってみると、学校は校長の裁量が大きくて自由だとわかった」という柴山さんは、この2年でいろいろな取り組みを仕掛けてきた。

例えば、生徒主体で学校の広報活動を行う「キカクブ」を立ち上げると、TikTokのフォロワーが3万人を超え、1つの動画が再生900万回以上と話題に。

新入生は2020年の94人から2023年217人と右肩上がりだ。また、1人の生徒が校長室を訪ねて「制服を変えたら女子商はもっと人気が出る」と話したことから、新制服プロジェクトがスタート。生徒が中心となり学生服メーカーと有名アパレルと話し合いを重ねて、自慢の制服が完成した。

生徒が変化を起こせる学校にしたい

修学旅行プロジェクトでは旅行会社4社と生徒2人ずつが4チームになり、ワクワクする修学旅行のプランを作成して、生徒の投票で一番人気だったプランを採用した。ほかにも、校則を大幅に改訂したり、大学や企業とコラボしたり、朝のホームルームの始まりを8:30から9:20にしたりと、生徒の声を聞きながら常識にとらわれず次々と改革を実行している。

「どんなに小さなことでもいいんです、生徒たち自身が変化を起こせると感じられる学校にしたい」と柴山さんは力を込める。女子商の認知度が上がり、新入生も年々増えている。「着任当初、生徒や教職員は自分や学校にあまり誇りを持っていない印象を受けました。でも、今はみんな明るく堂々として、生徒が『最近、女子商ってうらやましがられるやん。女子商に行けばよかったっていう子がたくさんいますよ』と教えてくれて、とてもうれしいです」

女子商に来て最も印象に残っていることを問うと、「たくさんあります」と言いつつ、こんな話を聞かせてくれた。

「着任した最初の年、僕の説明会を聞き、和歌山大学に進学したいと小論指導に参加してくれた生徒がいました。でも、ご両親ともに進学には反対で、三者面談でも大学は考えていませんと。彼女が家で勉強していたら『まだ受験勉強をしているのか』と言われ、勇気を出してオープンスクールに行きたいと伝えても『大学進学は難しいと言っただろ』と怒られたらしく。

実は、彼女は誰よりも一生懸命小論文に取り組んでいて、こんなに頑張っているのに受験すらできなかったらどうしようと気を揉んでいました。

でも、8月末に彼女が飛んできて『お父さんが、もしまだオープンスクールに行きたいと思ってるなら、車で送っていこうかと言ってくれた』とブワーっと泣いて……。どうやら彼女が頑張って小論文対策をしているのを見てくれたらしいんです。

結局、受験前にご両親からお守りももらって、無事に合格しました」

卒業式では保護者から「まさかこの子が受かるなんて……先生ありがとうございました」と声をかけられることが多いという。

「社長の孤独」という言葉が示すように、校長として大変なこともたくさんあるという柴山さん。しかし、やりたいことに全力で取り組み、学校の新たな可能性を追求できる環境にこの上なくワクワクしている。

「もっと社会とつながり、生徒たちが思いや能力をのびのびと発揮できる、日本一の商業高校を目指します。生徒や教職員や保護者、地域の方など、たくさんの人たちと一緒に挑戦を楽しみたい。学校は変わらないと思われがちですが、校長の覚悟とやり方次第でいくらでも変えられる。変わると信じて行動する教師が増えれば、日本の未来は変わりますから。学校だけでなく、年齢にかかわらず、誰もが挑戦を楽しめる社会になるといいですね」

映画上映会・対話の会を開催

2023年6月のある土曜日、女子商で映画上映・対話の会が開催された。保護者や誰でも参加できるイベントで、自由な学校のドキュメンタリー映画『夢見る小学校』を全校生徒と一緒に体育館で鑑賞。


有志の生徒と教職員、保護者が集まって開かれた対話の会。柴山さんも一参加者として輪に入っていた(写真:筆者撮影)

さらに自由参加の対話の会では、柴山さんや生徒、教職員、保護者など100人ほどがあたたかい雰囲気の中で活発に思いや考えを交わしていた。会の最後、柴山さんはこんなふうに語りかけた。

「僕はこんな景色が見たかったんです。今日は心強さを感じました。僕も何かを決めるときには勇気が必要で、これでいいのかと夜な夜な考えて。これからも定期的にこんな会を開いていきたい」

32歳の校長・柴山さんは、思いを語り同志を集めながら、これからも挑戦を楽しんでいく。

(佐々木 恵美 : フリーライター・エディター)