積極的な自己開示で職場の雰囲気がよくなる(写真:Mills/PIXTA)

いかに離職率を改善し、定着率を上げるか、これはあらゆる企業にとっての命題です。『売上を追わずに結果を出すリーダーが見つけた20の法則』より一部抜粋・再構成のうえ、「離職率を下げるために有効なセッション」についてお伝えします。

意図的に親近感をつくる「ナラティブアプローチ」

アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスは「ザイアンスの法則」と呼ばれる単純接触効果を提唱しました。それは、「人間は面識のない相手には警戒心を持ったり、攻撃的になるもの。ただし、会ったり相手の目に触れるなどの接触する回数が増えたり、人間的な一面に触れたときにいっそう相手に好意を持つ」という心理です。

私はこの法則をもとに、「ナラティブアプローチ」という方法をつくりました。ナラティブとは「物語」という意味で、自分の内なる物語を語ってもらう方法です。研修で、「自分が大好きなものや、思い入れのあるものを持ってきてください」と宿題を出します。みんなが持ってきたら、それにどんな思い入れがあるのか、一人3分ずつスピーチしてもらいます。

私はこのセッションが大好きです。なぜなら、みんなの人間的な面に触れることで「人となり」がストレートに伝わってくるからです。なかには、「実は、いつもしている腕時計は亡くなった親からもらった形見なんです」と話してくださる方もいます。

本や人形を選ぶ方もいますし、子供からもらった手紙を持ってくる方も、ユニークな例として体重計を持ってきた方もいました。その大切なものをみんなに見せながら、「実は、母と仲が悪くて」と家族との確執を語ったり、「父親にはいつもうるさく言われていたけど、苦労して自分を育ててくれたんだなって改めて思います」などと思い出を話してくれます。

スピーチするときの表情が、またいいのです。「妻に初めてもらったプレゼントです」と照れながらなれそめを語ったり、涙ぐみながら「自分がツラいときに何回も読み返した本です」と打ち明けてくれたり。普段、仕事の場では見られない姿を見ると、相手への好感度が一気に上がります。「あの怖そうな上司が、子供の書いた手紙を宝物にしてるなんて!」と親しみがわき、チーム内の距離感が近くなります。


『売上を追わずに結果を出すリーダーが見つけた20の法則』P95より

ナラティブアプローチは楽しく自己開示でき、価値観の共有もできるという2つのメリットがあります。大切にしているものには、その人の価値観が如実に表れます。たとえば、朝礼で3分間スピーチをすることになったら、何を話せばいいのかわからなくて悩むでしょう。何もないところで「はい、しゃべりなさい」と言われても、なかなかしゃべれないものです。ところが、物が介在すると格段に話しやすくなります。

なかには、「こんなに話すつもりはなかったのに」と自分で驚いているぐらいに、語り出す方もいます。自分の心の奥底を自然と伝えたくなるのが、ナラティブアプローチの威力です。

このアプローチは、どんな研修でも取り入れられます。幹部候補生向けの研修で取り入れたときは、二代目の社長として周りから期待されているのが、どれだけプレッシャーになっているのかを打ち明けた方がいました。皆さんのチームで実践するときは、リーダーの皆さんも「素の自分」をさらけ出せるような宝物をみんなに見せてほしいと思います。

感動がつながりを生む「家族の手紙」

2つ目の「家族の手紙」は、私が考案した中で、最もエモーショナルなセッションです。このセッションでは、新入社員が入社したら、親御さんに手紙を書いてもらうところから始まります。

これは新入社員には内緒で、人事部から親御さんに頼んでいます。そして、研修のときに新入社員に教える立場のトレーナーに、その手紙を読んでもらいます……と、プロセスは単純ですが、皆さんが想像している以上のインパクトのあるセッションです。

最初、このセッションを始めたときは、親御さんには普通に「これから社会人になるお子さんに対して、何かメッセージをお願いします」と頼んでいました。すると、一言二言「先輩方に迷惑をかけないように頑張りなさい」といった当たり障りのないメッセージや、俳句のようなメッセージが届きました。

「これだと新人に渡しても響かないな」と思い、情緒的なお願いをすることにしました。「お子様が巣立って社会人になって、喜びとともに少しばかりの淋しさもあるかと思います。お子様の門出にあたって私たちも一所懸命応援します。つきましては、ぜひお父様お母様からのお言葉をいただけないでしょうか」のようなメッセージを人事部の担当の名前を出して、手紙で送ってもらいました。すると、親御さんから心がこもった手紙が届いたのです。

今の若い世代は肉筆の手紙を書く経験はほとんどしていません。親御さんの世代も、メールでのやりとりが主流になっているでしょう。そのようななかで、一所懸命に文面を考えて、何度も書き直したりしながら肉筆の手紙を書く、というその行為自体が尊いのです。

美しい字で書いてある手紙もあれば、キレイな字とは言えないけれども、丁寧に書いてあるのがわかる手紙もあり、それを見ているだけで胸が熱くなります。

トレーナーにも責任感が生まれる

研修では普通に机を並べて講義していますが、このセッションを行うときは机をすべてどけて、みんなで輪になって座ります。このとき、新入社員、トレーナー、新入社員、トレーナーと交互に座ってもらうのもポイントです。そして、事前に気持ちが盛り上がるようなイメージ映像を見せて、場を温めておきます。それから、「皆さんの親御さんから手紙を受け取っています」とおもむろに発表すると、当然、その場はざわつきます。

「みちるへ みちるが生まれてきたときは未熟児でした。『この子は大人になれるんだろうか』と、お母さんもお父さんも本当に心配しました。だけど、その後すくすく育って、言葉も覚えて話せるようになって、あちこち走り回るようになって、本当にかわいくてかわいくて仕方なかったです。お父さんは、毎晩、仕事から帰って来たらあなたの寝顔をずっと見ていましたよ。小学生になり、ランドセルを背負ったみちるの姿を見て、お母さんは涙が止まりませんでした……」

このような家族からの愛情のこもった手紙を代読しながら、トレーナーは涙で言葉が詰まります。手紙をもらった新入社員は涙が止まらなくなり、その光景を見て、会場の隅にいた人事部の方も涙を流します。何より、司会をしている私が一番号泣しています。そのような涙、涙のセッションなのです。

これは新入社員に「これから仕事を頑張ろう」とスイッチが入るだけではありません。手紙を読んだトレーナーにも、バシッとスイッチが入ります。今まで新人が入ってきても、「ああ〜、今年もまた後輩の面倒を見るのか。面倒だなあ。自分の仕事もあるのに」なんて思っていたわけです。それが、親御さんの手紙を読んだときに、「ああ、この後輩はこんなにもたくさんの人に愛されているんだ。自分も本気で育てなきゃいけない」と、親心スイッチが入るのでしょう。

年齢に関係なく、誰にでも母性や父性はあると思います。どんなに後輩を育てる大切さを説いて聞かせても、それはなかなか自分事として受け止められません。ところが、家族の手紙を読んだ瞬間に自分事となり、「自分が育ててあげよう」と責任感が生まれるのです。

このセッションはここでは終わりません。感動的な時間を過ごしてから、新入社員には親御さんに御礼の手紙を書くように宿題を出します。封筒と便箋と切手を渡して、「24時間以内に渡してくださいね。家族と離れて暮らしている方も、24時間以内にポストに投函するように」と伝えます。

新入社員のなかには、「生まれて初めて手紙を書きました!」という人も大勢います。つたないながらも、自分の気持ちを手紙につづって、それを親御さんに渡します。


私は渡すときに立ち会えませんが、照れくさそうに渡す新入社員の姿も、驚きながらも喜んで受け取る親御さんの姿も目に浮かぶようです。

やがて、手紙を受け取った親御さんから、「子供から手紙をもらえるなんて、一生の宝物になりました」と人事部に御礼状が届き出しました。それを読んで人事部も、「ああこの仕事をやっていてよかった」と感激して、自分の仕事の意義を実感したそうです。

このように、あちこちで幸せな嵐を起こせるのが「家族の手紙」というセッションです。このセッションを導入した企業では、離職率がガクンと下がりました。トレーナーが家族のように一所懸命育てるので、新入社員は「ずっとここで働きたい」と思い、トレーナーもまた教える喜びに目覚めるのでしょう。

親御さんがすっかりその会社のファンになっているのも大きなメリットです。子供が「仕事がツラいからやめようかな」と言ったら、「あんなにいい会社、ないのでは? もうちょっと頑張りなさい」と引き留めるストッパーになりました。人は感動を体験したら、ちょっとやそっとではその場から離れられなくなります。皆さんも感動を共有できる場をつくってみてください。

※なお、このセッションを行うときは、親御さんから「手紙をみんなの前で読んでもいい」という許可をいただいています。ただ最近は、親からの手紙を人前で読まれたくないという新人もいます。その場合は全員の前ではなく、個別に読んでもらうケースもあります。

(加藤 芳久 : 株式会社ファイブベイ 取締役 副社長)