年老いた親が障害を持つ子どもの介助をする「老障介護」。国はそうしたケースがどれくらいあるのか、実態を把握できていない(写真:PIXTA)

超高齢化社会を迎えた日本。高齢者の増加に伴い不足しているのが、介護の担い手だ。団塊の世代が75歳を迎える2025年には、後期高齢者が2200万人を数え、国民の4人に1人が75歳以上という世界に類を見ない社会が到来する。

年老いた親が子どもを「介護」

こういった現実の陰に、もう1つの「介護問題」が隠れているのをご存じだろうか。

それは「老障介護」である。文字通り、年老いた親が障害を抱える子どもを介護することである。近年、この老障介護を行う家庭の存在が問題となっているのだ。

親が老いれば、いずれ家庭での介護には限界が来てしまう。しかも子どもは障害を抱えており、自立するのは困難な状態。障害者施設に入所する方法もあるが、入居待機者は、全国で1.8万人以上もいる(NHKの調査:2021年時点)。

老障介護が増えた理由は、医療技術の進歩により、親子とも寿命が伸びたためである。喜ばしいことだが、現実には、介護に苦慮する家庭は増え続けている。そんな状況下にありながら、政府は老障介護に関する正式な調査を実施しておらず、正確な数すら把握していない。高齢者介護以上に問題が山積している老障介護。その実態と解決法を3回にわたって紹介する。

まずは老障介護の実態を紹介したい。介護を行っている家庭は、どんな状況に置かれているのだろうか。

鳥取県米子市で電器販売店を営む山田幸子さん(仮名:69歳)。息子の直人さん(仮名:43歳)は重度の知的障害者である。直人さんは生まれつき発話が困難で、今もほとんど会話ができない。そのため日常生活の大半は、母親が仕事をしながら介助している。

夫は会社勤務のため、ふだんはなかなか協力できない。姉と弟もいるが、同様に仕事をしているため、直人さんの介護は、ほとんどできない状態である。そのため日常の世話は、母の幸子さんが1人で行わざるを得ない。

「息子は毎朝7時過ぎに起きます。すぐにトイレ介助を行い、衣服を着替えさせ、食事の介助もします。9時になると、デイサービスに送っていき、夕方には、また迎えに行きます。幸いにもおとなしい子ですので、大声を出したり、暴力を振るうことはないのですが、日常生活の大半は私が手助けしなければならない状態です」(山田幸子さん、以下同)

息子の直人さんは、難産で生まれ、出産直後は通常の呼吸ができなかった。これが原因かは不明だが、幸子さんは生後半年で息子の異変に気づき、病院を受診。その結果、医師から発達と知能に遅れがあると診断された。

4歳までは1人で歩くことができず、障害者が通う保育園に入園。小学校から高校までは養護学校へ通学し、現在は地元のデイサービスへ通っている。週に1回、グループホームに短期入所しているが、それ以外は、ほぼ在宅介護の状態である。電器店を営みながら、休みのない幸子さん負担は、想像に難くない。

息子に向けられる視線が強い

何より辛いのは、直人さんに向けられる視線。事情を知らない他人が、いかにも嫌そうな態度をとったり、中には逃げていく人もいるという。

「今はまだ私が自宅で面倒を見られますが、いずれできなくなる日がきます。息子が一人になってしまったら、誰が介護をしてくれるのか不安でたまりません。症状から考えて息子には一人暮らしは無理です。いずれは24時間ケアをしてくれる施設へ入所できればと願っているところです」

このような実態とは裏腹に、政府は施設の入所者を減らす政策を進めている。その根拠となるのが2006年に施行された障害者自立支援法である。その後、名称を障害者総合支援法と改め、3年ごとに改正を重ねているが、2022年の改正により、政府は、障害者が施設への入居ではなく、地域で生活することを推奨した。その結果、自宅介護が急増しているのである。

「確かに障害者介護に問題が多いのは事実です。弊社もその現状を日々実感しています。ですが、施設への入所者を減らし、地域で生活する。こういう流れは今に始まったことではありません」と話すのは、重度の障害者を対象とした訪問介護事業を展開してきた土屋の代表取締役・高浜敏之氏だ。同社は現在、全国に51の事業所を構え、これまで700人以上の障害者をケアしてきた。

「福祉政策が進んでいる北欧諸国では、1950年代にノーマライゼーションという社会理念が生まれました。この理念のもと、障害者と健常者を区別することなく、社会生活を共にする潮流が進んでいるのです。日本でも実は1960年代後半から『脱施設化』は行われてきた歴史があります」(高浜氏)

在宅介護の方が社保費を削減させる

ちなみに、障害者は障害者総合支援法という法律により6段階に区分されている。障害度が最も低い人が1、最も重い人が6とされている。この区分により介護サービスを受けられる時間や支給額が異なっている。重度障害者は区分4以上を指す。

「実際に在宅介護のほうが、施設入居よりも社会保障費を削減できます。そういうメリットはあるものの、問題なのは、日本では在宅介護の環境が整備されてないことです。さらに介護人材も圧倒的に不足しています。弊社でも訪問介護ヘルパーの不足により、依頼を受けたものの、お断りしなければならないケースが相次いでいます。需要に対して供給がまったく追いついてない。これが現状なのです」(高浜氏)

土屋で人材不足の実態を把握するために、2022年1月から2023年2月までの相談件数を調査したところ、相談を受けたうちの64%を断らざるを得なかった、もしくは人手不足が解消されるまで保留にしなければならなかった、という厳しい現実が浮き彫りになった。

重度障害者の「脱施設化」を進める上での問題はほかにもある。

その1つが、障害者の「通勤や就労に対する支援」は介護保険の対象外になってしまうことだ。生活ではなく、個人の経済活動と見なされてしまうからである。つまり、障害者が仕事についた場合、雇用側が通勤や仕事中に必要な介助費用を負担せねばならず、これが重度障害者を雇用する上で支障になっているのだ。

この問題を解決しようと、2020年、重度障害者の就労支援事業(正式名称は、雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業)が始まった。費用は原則として国が2分の1、都道府県と区市町村が4分の1ずつ負担する。利用者の申請を受け、仕事中の介助費用を補助する制度である。

ところがこの事業は自治体が実施するか否かを決める任意事業となっており、昨年10月時点での利用者は全国26区市町村でわずか92人しかいない。重度訪問介護の利用者は全国で約1万2000人。このうち就労者は約800人。本来適用されるべき人の1割にも満たないのである。

「なぜ利用が進まないか。そもそも事業自体を知らない自治体が多いのが最大の理由です。しかも支援の可否は、担当職員の『裁量』に任されているのが問題を大きくしています」と、土屋の高浜氏は話す。

18歳以下は重度訪問介護サービスを受けられない

もう1つの問題は、年齢制限だと高浜氏は指摘する。「従来の制度では18歳未満の障害者は重度訪問介護のサービスを受けられません。こうした制度が障害児をケアする家庭を物理的にも精神的にも追い込んでしまっているのです」。

このため、たとえば障害児が学校に通学しようとした場合、親が送迎せざるを得ない。また、18歳以上のように長時間にわたってヘルパーを利用することができないため、親や家族にかかる負担は膨大だ。障害児が学校に通えないとなると、家庭に引きこもるケースなども予想され、将来的な就業に支障をきたす可能性もある。となれば、余計自立は難しくなってしまう。

様々な課題を抱えている老障介護だが、どのように解決へと導けばよいのか。2回目では、さらに踏み込んだ現状と解決策をお届けしたい。

(吉田 由紀子 : フリーライター)