習近平中国国家主席の横断幕の前を行進する人民解放軍兵士(写真/時事)

米中間の対立は100年間続くスーパーマラソンではなく、10年間のスプリント競走になる――。2023年2月に日本語訳が発売された書籍『デンジャー・ゾーン 迫る中国との衝突』(ハル・ブランズ/マイケル・ベックリー著)は、アメリカ・ワシントン関係者の間で大きな話題を呼んだ。

同書は、東アジアの軍事化に直面する日本にも警鐘を鳴らす。ひとたび台湾有事が起きれば大きな被害を受ける可能性がある日本は、どのような針路を取ればいいのか。共著者の一人であるハル・ブランズ氏に聞いた(英語版はこちら)。

――著書の中で「ピーク・チャイナ」という概念を提唱し、中国の国力はすでにピークに達しているとしています。中国の国力が衰退しているとみる理由は何でしょうか。

中国は今、2つの大きな問題を抱えている。1つは経済の停滞で、長年にわたって急成長を遂げることができたメリットの多くが、今やデメリットに変わってしまった。中国の労働力は縮小へと向かい、人口の維持は大きな危機に直面している。耕地や使用可能な水などの主要資源の不足も深刻化している。さらに政治体制は閉鎖的で全体主義的なものになりつつあり、成長に必要な創造性を阻害している。

国外に目を転じれば、中国はもはや1990年代や2000年代の状況とは違って、自身の台頭を歓迎するパートナーを持っていない。これらを総合すれば、中国は2000年代や2010年代のような成長率、あるいはそれに近い成長率を維持するのに苦労し、アメリカを抜いて世界最大の経済大国になるのは難しいということがいえる。

同時に2点目として、中国は「戦略的包囲網」に直面している。地域内外のますます多くの国々が、中国の主張を押し返す方法を模索している。日米同盟を見てもそうだし、アメリカ・イギリス・オーストラリアの安全保障パートナーシップ「AUKUS(オーカス)」や中国による他国への経済的強要に対抗するためのG7のプログラムを見てもそうだ。つまり中国が容易に経済成長を果たし、国際的な影響力を及ぼしていた時期は過ぎ去っている。

問題は、このような事態に陥った場合、国家はより攻撃的になり、今のうちに利益を確保しようとすることだ。加えて中国は、この2020年代の後半に、軍事的に非常に魅力的な機会を得ることになる。中国は現在の軍事形態で競争を繰り広げ、西太平洋で有利なパワーバランスを持つことが予想される。

台湾を守ることは日本の「やむを得ない国益」

――中国が軍事行動に出た場合、台湾本島、沖縄とグアムの米軍基地、そして日本を拠点とする米空母打撃群に向けて、陸と空から数千発のミサイルが発射されると述べています。日本人は危険にさらされることを覚悟すべきでしょうか?

もし中国が台湾を攻撃することになれば、日本の領土や日本の港にある米軍基地や軍事資産を攻撃しない限り、アメリカに勝つことは難しいだろう。そして、このような戦争が始まった場合、日本が巻き込まれる可能性は高いと思う。

もう1つの側面は、台湾が中国に奪われれば、日本が依存する航路である南西諸島が深刻な脅威にさらされ、この地域が日本の安全と繁栄にとってより敵対的な環境に変わるということだ。日本には、自国の領土が攻撃されなくても、中国による台湾の乗っ取りを防ぐという、やむを得ない国益があると私は主張したい。

――一方で、習近平が権力を掌握し続けるならば、台湾有事をあえて起こす必要はないという見方があります。また、2024年1月の台湾総統選挙では、親米路線で中国と距離を置く民進党が勝利する可能性もあります。


Hal Brands(ハル・ブランズ)/ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究院(SAIS)教授。アメリカ外交政策の専門家。AEI客員研究員、ブルームバーグのコラムニストを務めている。国防長官の顧問、国防総省や情報機関のコンサルタントとして活躍。(写真:本人提供)

これらは、2020年代後半が特に危険な時期であることを懸念させる要因だ。もし民進党が次の総統選挙で勝利すれば、台湾の政治に激震が走るだろう。台湾が民主化に向かって以来、3回連続で総統の座を獲得した政党はないからだ。

そしてそれは習近平と習近平の周囲に、平和的だが強制的な統一への道は閉ざされていると認識させるだろう。中国は、北京との対話に前向きな国民党や他の政治主体に力を付与する形で台湾政治の軌道を変えることができないことを理解する。それが危険な事態となる1つの要因だ。

第2の要因は、習近平は台湾の解放が世代から世代へと受け継がれてきた問題だと明言しているからだ。つまり習近平には、自分の代で台湾の統一を成し遂げたいという思いがある。このような政治的な問題と軍事的、経済的な問題を併せて考えると、私は今後10年の後半を非常に懸念している。

危険なのは中国による技術的な隘路の支配

――中国が民主主義制度阻止への努力を世界で行っており、そうしたイデオロギー面での攻撃を最も深刻にしているのが、デジタル革命だと指摘しています。生成AI、量子コンピューター、半導体などの分野で、中国が今後勝利する可能性をどう見ていますか?

技術的優位性、あるいは少なくとも重要分野での技術的優位性は、習近平政権下の中国の政策の重要な部分である。中国は、量子力学やAI、合成生物学、そのほかの分野に国家主導で大規模な投資を行っている。

私が考える危険とは、中国がアメリカやその同盟国に対して全体的な技術的優位を確立することではない。危険なのは、中国が技術的な隘路を支配することである。アメリカが他国に目を向けている間に、中国が大規模な投資を行う特定の分野で飛躍的に優位に立つことができるかもしれず、それによって地政学的なライバル関係に大きな影響を与えることになるだろう。

そのため、アメリカとその同盟国はより積極的なアプローチを取る必要があり、技術的な対抗には、2022年10月に先端半導体や半導体製造装置に対して行われたような輸出規制が必要になると思う。

また、ファーウェイや中興通訊(ZTE)を通じた中国の5Gの世界展開を遅らせる工夫も必要になるだろう。中国の5Gに対抗するにはアメリカの投資や中国企業に対する規制も絡んでくる。米中間の技術的なデカップリングのようなものは必要ない。それは不可能だし、それが賢明であるとも思わない。しかし、アメリカとその同盟国は、経済力と軍事力が最も重要な分野で優位性を守るために、より積極的に動く必要があるだろう。

――デジタル技術が国家間競争の中核になりつつある中、アリババ・グループは事実上、政権に屈する形で6つの部門に分割されました。このようなデジタル専制主義が中国経済へもたらす影響をどうみていますか?


中国政府は基本的に、中国ハイテクセクターの主要部分に対する取り締まりを行っている。これは、経済ダイナミズムや経済成長をある程度犠牲にしてでも、経済に対する政治的統制を強める習政権の政策の一環である。

習近平は1990年代や2000年代の多くの指導者と比べ、急速な経済成長よりも国家安全保障を重視していることを明確にしている。また、イデオロギー的な支配を確保することにますます関心を寄せている。

これは、習近平とその政府が中国経済の主要部門に対してより大きな支配力を行使しようとする、より大きな動きの一部分である。

神経質になる中国政府

――2023年に習近平は正式に政権3期目へと突入した一方、足元では中国経済の減速が目立ってきています。2022年8月に著書を出版して以来、最近の中国情勢で懸念すべき大きな変化はありますか?

習近平は2022年10月の党大会で政権をしっかりと固めた。自分の忠実な人物をすべて要職に就かせることに成功し、党の中央軍事委員会を――ある日本人の同僚が私に「戦争評議会」と表現したように――1970年代後半の中国最後の大規模なベトナム軍事作戦の経験者や、台湾に対峙する軍管区の経験者を集めたものに作り変えた。経済の減速は顕著であり、習近平が何としてでも成長を追求する姿勢を後退させたとはいえ、中国政府は明らかに神経質になっている。

中国からますます悲惨で好戦的なレトリックが出てきていることも指摘しておきたい。習近平は、アメリカは中国を封じ込め、抑圧しようとしていると述べ、強風、大海原、さらには危険な暴風雨が待ち受けていると警告している。これらは一般的に、アメリカとの武力衝突のリスクを指すと解釈されるフレーズだ。

――米中が協調する動きもあります。2022年11月、バイデン・アメリカ大統領と中国の習近平国家主席がインドネシアのバリ島で会談。また、2023年6月中旬には、ブリンケン・アメリカ国務長官が北京を訪れ、外交を統括する王毅政治局委員と会談した後、習近平国家主席と会談しました。これらは現在の緊迫した状況に対して、どのような効果があるでしょうか?

こうした訪問は対話の機会を作り、議論のプロセスを作るのに役立つので、ある意味では非常に重要だ。しかし現実には、こうした話し合いのいずれもが、両国の基本的利益が対立しているという事実を意味あるものに変えることはできない。これらの会談から生まれるいかなる外交的平穏も、1月の気球撃墜事件で見られたように、混乱を招きやすい。両者による対話は、この大きな競争における一時的な休息にしかならないだろう。

――2023年5月に広島でG7サミットを主催した岸田文雄首相の役割については、どう評価しますか?

この1年間、日本や自由世界の対中政策の展開において、岸田首相は非常に重要な役割を果たしたと思う。ある知人が私に語ってくれたように、彼は、安倍晋三政権時代が提案した数々の政策を、多くの論争を伴うことなく推し進めた。

岸田政権は、日本の防衛費を大幅に増やし、南西諸島におけるアメリカとの協力関係を緊密にする計画を進めている。日本は中国との技術競争において、また中国の経済的威圧を鈍らせることにおいて、ますます重要な役割を果たしている。私は、日本は21世紀においてアメリカの最も重要な同盟国として浮上してきたと考えている。それは、日本における過去のさまざまな指導者についても言えたことだが、岸田首相のもとでそれがもっともはっきりしたということが言えるだろう。

(二階堂 遼馬 : 東洋経済 記者)