多様性の時代にもかかわらず、働き方を画一化する会社に待っている未来とは(写真:takeuchi masato/PIXTA)

原則出社――。

在宅中心の働き方からから原則出社に切り替える企業が増えている。楽天グループは週4日の出社。ホンダは週5日の出社を、昨年から進めてきた。

その動きは今年に入ってから、さらに加速した。

帝国データバンクの調査(2023年3月、全国の企業1万1428社対象)によれば、4割の企業がコロナ前の働き方にすると答えたという。


(出所)帝国データバンク「新型コロナ『5類』移行時の働き方の変化に関する実態調査」プレスリリース

しかし多様性の時代に、働き方を画一化する会社に、どんな未来が待っているのだろうか?

コロナの「5類移行」に伴う影響は、多くの企業で強い副作用が出ているようだ。

想像以上に疲労がたまる日本の電車通勤

「あの日々が懐かしい」

広告代理店に勤めるKさん(40代後半)は、2年以上ものあいだ、在宅でテレワークをしていた。朝、スーツに着替えることなく、部屋着のままパソコンを開く日々。会議はZoom、ランチは家族と一緒。仕事が終わればそのままリビングでリラックス。そんな日々を送っていた。

出社していたときよりも、仕事の生産性は落ちていない。にもかかわらず、QOLは格段に向上した。

2倍、いや3倍ではないか……。

そうKさんは感じていた。何より、小学生と中学生の子どもたちの弁当作り、塾の送り迎え、学校の先生とのコミュニケーションを、フルタイムで働く妻と分担できるようになったことが大きい。

以前は週末、地域のサッカークラブに車で息子たちを送っていくことさえ億劫だった。日ごろの仕事の疲れがたまっていて、週末ぐらいはゆっくりしていたかったからだ。

しかし在宅勤務がはじまってからは、まったく苦にならなくなった。夜に妻と買い物へ出かけるのも楽しくなった。

「自分が人生に求めていたものが、ようやく手に入った」

Kさんは、そう感じていた。

ところが、今年の年初からKさんの会社は徐々に通常勤務に戻り始めた。コロナが「5類」へ引き下げられた5月以降は「原則出社」となり、また電車に揺られてオフィスへ向かう毎日を送るようになった。

通勤にかかる時間は、だいたい1時間45分。ラッシュを避けるため、家を6時には出る。そのせいで、朝は慌ただしくなった。

夜も忙しなくなった。夜9時過ぎに帰宅してから、子どもの弁当の準備をするからだ。家族と会話する時間はめっきり減り、週末は「昼まで寝ていたい」と思えるほど疲れが抜けなくなっていた。

「会社員なんて、こんなもんだ」

わかってはいた。だが、Kさんは「ウィズコロナ時代」の2年あまり、快適な生活を過ごしすぎていた。

国土交通政策研究所の報告書によると、通勤電車に乗る時間が長いと慢性的な疲労が見られるという。体力の消耗のみならず、混雑した環境は強い心理ストレスを生むこともわかっている。

個人差もあるだろうが、在宅勤務をしてもKさんの生産性が下がらなかったのは、通勤電車による疲労がゼロになったことも大きいはずだ。

あっさりハンコ復活!「電子署名は暫定措置」

テレワーク時代、Kさんは業務処理のほとんどをデジタル化していた。電子署名、メールやチャットでの承認、そしてクラウドでのデータ共有。しかしオフィスに戻ると、古風なビジネス慣習である「ハンコ」も復活した。

「引き続き、電子署名でいいですよね?」

Kさんは総務に尋ねるものの、曖昧な返答しか戻ってこない。部長にも進言したが、

「電子署名なんて、コロナ時代の暫定措置だろ」と一蹴された。

在宅で働いていた頃は電子化されていた手続きが、オフィスに戻ってから再び紙とハンコに戻ってしまった。Kさんは、デジタル時代を逆行しているように感じたと言う。

以前はチャットで簡単に確認していた業務も、ハンコが必要となると書類を印刷し、関連部署へ持って行ってハンコを押してもらう。そのたびに、仕事の流れが中断された。

「なんでハンコが必要なんだよ!」
「私に言われても困ります」

Kさんが書類を持ってまわるたび、このような愚痴を聞かされた。

■出社してから急増する「長時間会議」の実態

長時間会議で悩まされているのは、商社の総務課長のNさん(40代)だ。

在宅勤務時代、NさんはZoomを通じて会議を行っていた。時間制限があり、長引くことがなかった。しかし、原則出社になってからは、長いリアル会議で毎日が埋め尽くされるようになった。

Zoomの会議では、必要な点を端的に伝え、効率よく話すことが求められた。そのおかげで事前準備をしっかりやるクセがついた。しかしリアルの会議では、予定時間が過ぎてもなかなか終わらない。

会議の準備をおろそかにし、

「前回の会議では、どんな議論をしたんだっけ?」

と、行き当たりばったりで会議を進行する人が増えた。

「この資料も印刷してくれないか?」

と、突然思いついたように資料の印刷を促す役員もいる。

会議が終わったあと、「ちょっといいかな」と上司に呼び止められることも増えた。

いずれもZoom会議ではなかったことだ。不要なやり取りが多く、電車通勤と同じで疲労がたまる。

何より、本来やるべき仕事に費やす時間がとれないことが、Nさんにとって最もつらいことだった。お客様に向き合って考える時間がとれない。

「1時間だ」と言われたのに、2時間45分も会議が長引いたとき、Nさんは疲労感よりも悔しいという感情を抱いていたようだ。

Nさんだけではない。

「会議の連続で、自分の仕事に取り組む時間がまるで削られているようだ」

「在宅ワークのおかげで、ようやく毎日の長い会議から解放されたのに残念。私のエネルギーは会議の中で消耗していくだけだ」

このように不平を口にする人は多い。

出社に切り替えてから、「いかに長い会議が仕事の生産性を下げているか再確認した」という声もよく聞く。

こうしたハンコの復活や長い会議は、業務の効率化を阻むだけではない。時代の流れに逆行することで、企業の成長を妨げる結果になるのではないか。そういう声が巷であふれかえっている。

よみがえる悪夢「俺の代わりにハンコ押しておいて」

KさんやNさんとは反対に、原則出社を心待ちにしていた人もいる。IT企業の営業Uさん(30代後半)だ。

Uさんの場合、在宅で仕事をしていると、隣の家に住んでいる姑とよく顔を合わせた。

「京都に行った時に買ったお土産を持ってきたんだけど……」

と言いながら家に上がってくることもあった。話すのは5〜10分だが、正直なところUさんは煩わしく思っていた。

同期の社員とのコミュニケーションが減ったのも、不満の1つだった。だから原則出社に戻ったときは手放しで喜んだ。

ところがUさんにとって現実は、思ったよりも厳しいものだった。

とくにストレスが溜まるのは、変化に対応できない上司の存在だ。

在宅勤務の間、Uさんは積極的に電子メールやチャット、ビデオ会議を駆使し、フレキシブルに仕事を進めてきた。

とくにオンラインでのお客様対応は、ずいぶんと慣れていた。ところがオフィスに戻ると、

「対面重視」

の方針に切り替わった。渋々電車を乗り継いでお客様のところへ伺うと、

「東京から相模原まで来る必要ある? これまで通りビデオ会議でいいじゃない」

と苦言を呈された。都内のお客様を訪問しても、

「考えが古くない? 御社って」と嫌味を言われる始末。

コロナ前では違和感を覚えなかったが、今になって徒労感を覚える仕事もある。

「俺の代わりにハンコを押してくれ」

押印代行の仕事だ。

「俺が押すと、なぜかキレイにハンコ押せないんだよな」

前職が郵便局勤めだったということもあり、全体にまんべんなく朱肉をつけ、枠のラインを鮮明に出す押し方には慣れていた。

だから、お客様の訪問が終わってオフィスに戻ると、デスクの上に3〜4種類の書類と上司のハンコが置かれている。

複雑な気分を味わいながら、上司の代わりに押印する。

「仕事中にお義母さんと雑談していた頃が懐かしい」

Uさんは、そう思うようになっていた。

問題は「変えようとしない会社」

問題は「変わらない上司」ではない。

変わらない人を責めるのは簡単だ。わかりやすいからだ。しかし人間はなかなか変わらない生き物である。誰だって「現状維持バイアス」がかかるものだ。

だから問題は「変わらない上司」ではない。

「変わらない上司」を変えようとしない会社が、問題である。

知らぬ間に「事なかれ主義」になっているのだ。だから、

「会社の方針は方針。最終的な決定は、現場の責任者に任せてある」

という曖昧な指示しか出せない。これでは、時代に取り残されてしまう。

変化は時代のつねだ。

会社がその変化に対応し、個々の従業員が最高のパフォーマンスを発揮できる環境を作り出すことは、企業が長期的に成長するために不可欠な要素となっている。

しかし、変化に対応せず、画一的な働き方を強制する会社は近い将来、大きな副作用に見舞われるだろう。

新たな才能を引き寄せる力を失い、イノベーションを生み出す人財を失う可能性が高いからだ。

サステナビリティ(持続可能性)がキーワードである現代、会社そのものの「変化対応力」が強く問われている。

(横山 信弘 : 経営コラムニスト)