医薬品卸大手3社の社長と会長の取締役選任に対する賛成率は50〜70%台に急落した(編集部撮影)

株主総会シーズンを迎えた6月末。薬の流通を担う医薬品卸大手の間では、例年にない緊張感が漂っていた。

アメリカの議決権行使助言会社、インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が、医薬品卸大手各社が提案した社長・会長の取締役再任議案について、反対推奨を呼びかけたからだ。

反対推奨が出されたのは、アルフレッサホールディングス(HD)、スズケン、東邦HDの少なくとも3社。ISSの呼びかけは機関投資家らの判断に一定の影響を与えたとみられ、スズケンの宮田浩美会長への賛成率は58.83%と、前年から21ポイント以上も下落した。

それ以外のスズケン、アルフレッサHD、東邦HDの社長への賛成率も、60〜70%台に落ち込んだ。

ISSはレポートを公表していないが、3社によると、2022〜2023年にかけて独占禁止法違反による課徴金の支払いが立て続いたことをISSは問題視したという。

度重なる談合を「ガバナンス欠如」と指摘

医薬卸の業界では、アルフレッサHD、東邦HD、スズケン、そしてメディパルHDの4大グループが、市場シェアの9割超を握る。


公正取引委員会は2022年3月、その4社(スズケン以外は中核子会社)が2016〜2018年の間に、JCHO(地域医療機能推進機構)が発注した医薬品の入札をめぐり、受注価格の低下防止のために調整を行ったとして、メディパルHD子会社を除く3社に計約4.2億円の支払いを命じた。

さらに2023年3月にも、九州エリアのNHO(国立病院機構)での入札で、医薬品卸6社の間で2016〜2019年に談合があったとして、計約6.2億円の課徴金納付命令を出した。課徴金を支払った会社の中にスズケン、東邦HD、アルフレッサHDの子会社が含まれたことから、ISSはコンプライアンスやガバナンスの欠如による「再発」だとして、トップが責任を負うべきと指摘したという。

3社は総会に先立ち、ISSの反対推奨に対する見解を公表。JCHOの事案で公取委の立ち入り検査を受けて以降、再発防止策を定めて組織体制の刷新などの対応をとっていると主張した。

結果的に各社のトップ再任は可決されたが、賛成率は軒並み下落した。もともと談合が報道などで明るみになった数年前から、各社トップの取締役選任に対する賛成率は低下傾向にあった。

株主からの信頼をも失わせた、大手同士の度重なる談合。そこから浮かび上がるのは、薄利から抜け出せない業界の特殊構造だ。

医薬品卸業界では、各社が共通して取引のある製薬企業などから製品を仕入れるケースが多い。そのため品ぞろえでの差別化が難しく、薬局や医療機関に卸売りする過程では価格競争が起きがちだ。

薬局や医療機関側からすると、安く入荷すれば、販売価格との差額を利益とすることができる。目下勢いを増している大手調剤薬局グループなどは購買力がある分、卸への値下げ圧力も強い。

しかし卸売価格の過度な値引きは、製薬企業や医薬品卸の首をのちのち絞めることがある。「薬価改定」の存在だ。

医薬品の仕入れ・卸売価格は個別交渉によって企業が自由に決められる一方、医療機関や薬局が患者に販売する際の薬の最終的な価格は、1つ1つ国が定めている。

医薬品には医療保険が一部適用されるため、国は財政負担を減らす目的などから、医療機関が実際に仕入れた価格を定期的に調べ、値下げされている場合はそれに合わせて薬価を引き下げる。結果として薬価改定はほとんどの場合「マイナス改定」となっており、業界全体で毎回4〜7%引き下げられている。

「利益が出ないからやめる」はできない

薬価の引き下げに伴い、製薬企業では、前年と同数の薬を売ったとしても売り上げが減少する。少子高齢化が進む国内では販売数量の大きな伸びが見込めないため、メーカーは薬価の引き下げを防ごうと、最近では医薬品卸に対する納入価格を高く設定しようとする傾向もみられる。

安く買いたい医療機関と、高く売りたい製薬企業――。その間で板挟みとなった医薬品卸は薄利体質が染みつき、直近5年の大手4社の営業利益率は0〜1%台をさまよう。談合も、そうした環境下で利益をどうにか確保しようと画策した末に発生した。


そこに追い打ちをかけたのが、本来2年に一度だった薬価改定が2021年以降、医療費の増大を背景に、毎年行われるようになったことだ。物流費高騰も収益を圧迫する一方、医療機関側では共同購入によって値下げ交渉力を強める動きが広まり、医薬品卸を取り巻く環境は急激に悪化している。

「生命に関わる商品なので、『利益が取れないから扱いをやめる』というわけにもいかない。最近の薬は温度管理が厳しいタイプも多く、流通コストも増えている」。ある医薬品卸の社員はそう嘆く。

もっとも、事業環境が厳しいとはいえ、談合などの不正を正当化する理由には当然ならない。逆風が強まる中、ここに来てようやく、従来の“体質”を自ら変えようとする兆しも見えつつある。

一例が、営業担当者(MS)の評価項目の変更だ。医療機関などと薬の販売価格を交渉するMSは、これまで販売数量をベースに評価されてきた。しかし数量を追い求めるあまり、低価格で販売してしまえば利益は確保できない。

ある4大卸で働く30代のMSは「売り上げの計画数値はあるが、今は利益が重視されるようになってきている」と明かす。リストラが続いた製薬企業の営業担当者(MR)の代わりとなるような、医薬品の情報提供スキルなどに対する評価比重も上がっているという。

最大手のアルフレッサHDでは、MSの評価基準について、利益に関する項目の比重を以前よりも大きくしている。例えば、過度な値引きをせずに売る、配送コストを下げるために回数をまとめて配送するなど、利益改善につながる活動ができたかどうかといった点を重視する。

大手4社そろってPBRは1倍割れ

スズケンでも従来、MSの評価項目の中では売り上げに重きが置かれていたが、2022年以降、利益の評価項目の比重のほうが大きくなった。

同年の統合報告書では「売り上げやシェアを上げれば利益が連動する構造」は終わりを迎えているとし、「適正価格での販売を徹底することで利益を大きく改善」すると宣言。利益評価項目によりインパクトを持たせることで、社員の意識改革を進めているという。

売り上げ至上主義からの転換は、まだ明確な成果には結びついていない。各社は本業以外でも稼ごうと、デジタル分野への投資や新薬の開発参入などに手を広げているが、これらも利益貢献へは道半ばだ。

利益率低迷の続く大手4社に対する市場評価は低く、PBR(株価純資産倍率)は各社ともに1倍割れだ。トップ選任への賛成率の低さは、薄利体質から依然抜け出せない現状に対する厳しい評価も含まれているのかもしれない。

逆境を、変革するチャンスへと変えることができるか。医薬品卸は今まさに正念場を迎えている。

(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)