異色の高学歴お笑いコンビ「ロザン」の菅広文さん(撮影:梅谷秀司)

ロザンは、京都大学卒業の肩書を持つ宇治原史規さんと、大阪府立大学に進学した菅広文さんによる、異色の高学歴お笑いコンビ。多くの才能がしのぎを削るお笑い界にあって、その知性を武器に確かな地位を築いている。

6月にそんな彼らの自伝的小説『京大中年』が発売された。著者はコンビのボケ担当、菅広文さん。本作はベストセラー作『京大芸人』から続く、シリーズの3作目となる。『京大中年』は45歳を超えた菅さんがデビューから現在に至るロザンの歴史を振り返り、それぞれの年代の自分たちへと語りかける形式。彼らの今までの活動を菅さんの視点から追体験できる。

本記事では作者の菅広文さんにインタビュー。『京大中年』が書かれた背景を探りつつ、学歴について、相方とのパートナーシップについて、中年期以降の生き方についてなどをうかがった。

大切なのは学歴ではなく、それを得るための過程

京都大学卒業のお笑い芸人という稀有な肩書きの宇治原さんを相方に持つ菅さんだが、自身も関西の名門、大阪府立大学に合格している。京大の名を冠したベストセラーを執筆し、受験のハウツー本を執筆するなど、大学受験に対しても一家言持つ菅さん。しかし意外にも大学名や学歴にはこだわりがないという。

「僕は大学どこへ行くかみたいなんは、非常に興味がないんですよ。ただし学歴を得るための受験勉強には、ものすごく意味があると思っています。

なぜなら高校までにした勉強によって、考え方の枠組みが身に付くから。その頃に行った勉強と現実社会って、切断されているようで実は根本的な部分でつながっているんじゃないかな。学校の勉強は社会人になっても役立つはずですよ。

例えば試験対策のための各教科の勉強、そして試験中のタイムマネジメント、集中力。あれってほんまは、ものすごく仕事に活かせるはずなんです」(菅広文さん、以下括弧内すべて)

高学歴コンビという看板だけでなく、自ら執筆するネタの面白さで人気を博し、数多くのメディアを横断する多忙なスケジュールをこなす菅さん。その実力が培われた一端が大学受験の勉強にあると考えれば、納得感がある。

クイズの回答者としても存在感を示す宇治原さんも然り。ロザンというコンビの活躍自体が、日本型の受験勉強の幅広い応用可能性を示しているのかもしれない。

菅さんは新著に関しても、勉強の枠組みを応用しているという。

「『京大中年』を書いたモチベーションのひとつに、学生の勉強って社会人になっても役に立つんだということを、証明したかったという要素もあります。

今回取り入れたのは歴史の勉強です。あれって単なる年号や用語の暗記のためにやっているのではなくて、歴史を振り返るという意図があってやっているわけじゃないですか。

それと一緒で、この本は僕たちの20代・30代・40代を振り返っています。語り手としての45歳の僕が、各年代当時を俯瞰的に辿りつつ、その意味を検証し、改善できるところはどこかを考えるという、歴史的思考に基づいて執筆しました」

この歴史的思考を駆使した『京大中年』で目指したのが、「自分達の教科書」作りだという。これまでの人生の歩みを振り返ることで、これから進むべき道筋を探る、自分たちのためだけの歴史の教科書。それは道に迷いそうになったときに指針となる、人生の羅針盤だ。

読者のなかには、中年期を迎えて人生やキャリアに迷っている人もいるかもしれない。それなら一度自分の歴史を振り返ってみてはどうだろう。来し方に思いを巡らせることは、将来を見定めるための「自分だけの教科書」を編むような、有意義な行為になるはずだ。

ビジネスパートナーとの、出会いをモノにするには

ロザンといえば、そのコンビ仲の良さも魅力の一つ。芸人を志した動機も「2人でずっと喋っていたいから」という微笑ましいものだ。意気投合し芸人になる夢を誓い合った高校時代から、ゆうに四半世紀を過ぎた現在でも、その親密な関係に綻びはない。こうしたコンビ仲の良さには根本的な価値観の一致があると、菅さんは言う。

「僕らこう見えて意外と不真面目なんですよ。物事をそれほど大真面目に捉えていない。『まあ、何とかなるやろ』みたいなところが、どっちにもあって。そんなに大きな事を望んでもいないですし。『2人で楽しく』っていう根本の部分が一致しているのが、仲の良い秘訣かなと思いますね」


(撮影:梅谷秀司)

こうした運命のパートナーとの出会いは、誰にでも起こることではない。たとえ相性の良い相手に出会ったとしても、一緒に独立して同じ道へと歩みを進めるには並々ならぬ決心が必要で、怯んでしまうのが普通だろう。しかし後の相方と青春を分かち合った高校時代、菅さんにはある確信があったという。

「今となっては若気の至りですけど、『宇治原さんとならこの世界に入っても絶対にうまくいくやろ』って思っていたんです。1ミリも失敗する不安なんてなかった。

誰かと何かをやろうと思ったときに、ブレない気持ちがあるかどうかということは、大事なのかもしれません。誰かと同じ方向に進むときに、その方向に絶対の自信があるかどうかです。

とはいえ『京大芸人』にも書いたんですけど、僕らはデビューを志してから1年半ぐらいの間、オーディションに落ち続けています。それでも1ミリも不安はなかったですね」

この人なら、という信頼感。そして進む方向への確信。このふたつが、菅さんを突き動かしていた。その道のりでは上手くいかなかったこともあったが、信念を持ってハードルを乗り越えてきた。

お互いへの信頼や自らの仕事の確信を保つために、彼らが多大な努力をしてきたことはいうまでもなく、その様子はロザンの日ごろの活動にも滲み出ている。そんな視点を持って彼らの漫才やYouTubeチャンネル「ロザンの楽屋」を見てみると、ロザンの新たな魅力や、見る側の人生にも活かせるヒントが発見できそうだ。

頭の良い人を味方につけるロザン・菅式ノウハウ

ロザンの漫才は明晰な宇治原さんの特徴を生かしたネタが多い。笑いながらも勉強になる漫才は、多くのファンを虜にしてきた。菅さんの緩急あるボケの数々に、頭の回転の速さを駆使して鋭いツッコミを入れる宇治原さん。2人の息のあった掛け合いの妙が魅力のロザンの漫才だが、それを演出しているのはネタ作り担当の菅さんである。

「頭の良い人」に遺憾無くその能力を発揮してもらうことはビジネス成功の上でも重要なことで、そこに課題を感じている読者もいるかもしれない。力を持て余す部下に手を焼いているケースもあるはずだ。相方の頭脳をうまく引き出す菅さんに、その秘訣を聞いた。

「かしこ(頭の良い人)が陥りやすいのが、周りと話が通じないという孤独。心を閉じてしまいがちなんです。そんな人にはそっと手を差し伸べて、周囲とうまくつないでやればいいんやと思います。

そのためには、まずその人の懐に入ること。頭の良さは褒められ慣れているはずなので、新鮮な褒め方をして手懐けるのはどうですか。『手がキレイだね』とか」

自分が橋渡しとなってその人と周りをつなぎ、デキる人の能力を引き出しやすい環境を作る。そうすることでチームはより機動力を高められる。「世の中、いかにかしこを味方につけられるかが勝負やと思います」と冗談交じりにうそぶく菅さんだが、何かテクニックはあるのだろうか。

「宇治原さんにもよく言ったんですよ……ツッコミが早いって。理解するスピードが早過ぎるから、お客さんにまだボケが伝わってない段階で、突っ込んでるときがあったんです。そうすると、お客さんはツッコミの内容もわからないでしょう? 

だから『観客にボケが伝わるまで待つために、0.1秒ちょっと、ツッコミを遅くしてくれ』と言いました」

菅さんが間に入って宇治原さんと観客を橋渡しすることで、ロザンの漫才は笑いを生む。理解のスピードが速い人と、そうでない人。その場の空気をつかみ取って、コミュニケーションのスピードを調整し、人々の理解を助け、能力のある人には十分にパフォーマンスを発揮させる。人気漫才師の話芸は、そっくりそのままビジネスシーンで役に立つテクニックだ。

多方面で才能を発揮する菅さんだが、最近ではYouTubeの活動にも力を入れている。

2020年から開始した「ロザンの楽屋」は、時事ネタから私生活まで、楽屋そのままのラフなテンションで2人の本音が語られる、人気のチャンネルだ。

編集なしスタッフなしの動画配信は、まさにロザンが2人だけで行っている仕事。この活動を始めたのは「初心に戻って挑戦したい」という思いがあってのことだ。

「歳を取ると何の仕事をするにしても関わる人数が増えていくじゃないですか。でも、デビュー前、オーディションを受けていたときって、ほんまに2人きりで頑張ってたよなあっていうのを思い出して、また2人だけでやってみたい気持ちになったんです。

2人だけという、あの頃と同じ環境に身を置くことで、今の自分は昔の自分よりも成長していることを証明したいという思いもあります。自分との戦いみたいなものですよ。楽しんでやっていますけどね、半分遊び、趣味です」

本業に活気をもたらすスモールプロジェクトのススメ

40代も半ばを過ぎてなおエネルギッシュな菅さんから学ぶべきことは多い。年齢のせいにしてやる気を失いそうな人々に、彼は何という言葉をかけるのだろう。


「実際に生活のことなんかがあると、身動き取れない同世代は多いですよね。そういうとき、僕ならやる気を失う前に、やるべきことをやります。そこは、やるしかない訳ですから。『仕事辞める選択もできへんくせに、なにやる気失っとんねん!』とは思いますね(笑)。

ただそういう方には、僕は副業をおすすめしたいです。何か小さく始めてみる。『1人か2人で何かできへんかな』って考えてみると、ちょっと生き方が変わると思うんですよ。それは別に趣味でもいいじゃないですか。きっと本業にも、いい刺激になるんじゃないかなと思います」

実際に大手メディアの仕事をこなしながらnoteやYouTubeなどの個人メディアを通じた発信にも手を抜かない菅さんだからこその、説得力がある提案だ。プロジェクトの大小にかかわらず、好奇心のままに熱量高く行動を続けていることが、彼らの安定した関係性の土台ともなっているのかもしれない。


(撮影:梅谷秀司)

「もし仮に芸人としての仕事が無くなったとしても、『また2人でなんかしようか』となると思いますよ。60歳ぐらいで僕が大阪府知事、宇治原さんが枚方市長なんてね(笑)。『なんでやねん』言うて、関西の人なら突っ込んでくれると思うんですよね。『逆・逆!』いうのもあるしね」

この日一番の爆笑を誘いながら、インタビューは終わった。

(蜂谷 智子 : ライター・編集者)