三菱商事とENEOSは長年の取引関係がある。これまでもガソリンスタンドを活用した配送の実証を行ってきた(撮影:今井康一)

東京・江東区の潮見運動公園前にあるENEOSのガソリンスタンド。その一角に置かれたのはカゴ付きの台車だった。中には近隣の個人宅などからECで注文された小口の荷物が詰まっている。

スタンドにやってきた配達員は、カゴのロックを開けて段ボールの荷物や不在票を取り出し、近隣の個人宅へ配達に出かけていく。

配達を担うのはプロの運送会社のドライバーではなく、ネットを介して単発で仕事を受けるギグワーカーたち。フードデリバリーの「ウーバーイーツ」のように、隙間時間に働ける仕組みだ。

現状、ECの荷物をギグワーカーが運ぶサービスは極めて珍しい。既存のスタンドを活用し、宅配の裾野を広げることができるのか。

宅配とガソリンスタンドの相性

今回は石油元売り大手のENEOSと三菱商事による取り組みだ。周辺のドライバーなどに配達を依頼できるマッチングアプリ「DIAq(ダイヤク)」を展開するセルートも協力し、ダイヤクを通じてギグワーカーを確保している。運ぶ荷物は、誰もが知る大手EC事業者のものだ。


昨今、ECの荷物量が増加し続ける中、宅配ドライバーは不足ぎみ。特に繁忙期は各社がドライバーを奪い合うほどで、新たな戦力の確保が課題になっている。また、EC大手などは個人宅へ荷物を届ける「ラストワンマイル」に特化した中継拠点を整備し、配送スピードを早めている。

そこで、全国1万2000カ所超のENEOSのスタンドをラストワンマイルの拠点として活用し、ギグワーカーに配達を依頼することで、宅配の裾野を一段と広げる狙いがある。

4〜5月にかけて、東京、埼玉、千葉、神奈川の100カ所のスタンドを対象に大規模な実証が行われた。荷物はバイクや自転車、軽車両など、さまざまな手段で配達されたが、意外にもキャリーケースを用いて徒歩で運ぶ例も多かった。

通常、宅配は倉庫などの物流拠点からドライバーが荷物を運ぶ。一度に運ぶ荷物量も多い。しかし、今回は近隣のスタンドに保管場所があり、少量の荷物を隙間時間に運べる。

荷物は在宅、不在にかかわらず玄関前や宅配ボックスなどに配達する「置き配」で、ハードルは低い。フードデリバリー等と兼業する配達員だけでなく、未経験者の挑戦もみられた。もし配送中の事故など荷物に破損があった場合は、セルートが責任を負う形になっている。

EC事業者の物流センターからスタンドまでは、運送会社が荷物を運んでいる。「配送先がスタンド」という点に驚くドライバーもいたが、特にトラブルなく実証を終えている。スタンド側もスペースを確保すればよく、現場スタッフの負担もなかった。

シンプルかつ低コストの重要性を指摘するのは、三菱商事でラストワンマイル・プロジェクトマネージャーを務める田村太郎氏。「できるかぎりコストをかけず、素早く導入しやすいようにしている。自宅に近い場所で1時間、2時間など短時間でも働けるので、新たな人的リソースを創出できる」と狙いを語る。


配達員が荷物を取り出しているところ。配達員はスタンドに置かれたカゴ台車から荷物を取り出し、近隣へ配達する。シンプルな仕組みがポイントだった(撮影:今井康一)

スタンド側の期待は大きい。少子高齢化や燃費の向上などでガソリン需要は減少してきた。全国のスタンドの数も2022年3月時点で2万8475カ所と、1994年の6万0421カ所をピークに減少傾向が続く。

ENEOSもEVなどの充電設備を増やすなど、他社との提携を含めて収益源の確保に動いてきた。現時点では具体的な配送単価や手数料率は決まっていないが、追加投資もなく配送拠点として手数料を得られる取り組みは魅力的だ。

スタンドは幹線道路や商業地など交通量や世帯数が多い場所に存在する。車両の出入りが前提の設計のため運送会社にとっても便利で、配送ついでに給油もできる。物流拠点としてのポテンシャルは高いものがあった。

荷物量を何個まで増やせるか

今後、2025年度までに500〜1000カ所の直営・特約店スタンドに導入し、2026年度以降、全国で本格的な事業化に乗り出す方針だ。すでに複数の事業者から引き合いがあり、荷物を共同配送するインフラを目指す。三菱商事とENEOSは9月末までに合弁会社を設立し、本腰を入れていく。

現在はサービスの拡充を画策中。スタンドにバイクや自転車、自転車に取り付ける台車を用意するなど、ギグワーカーがより気軽に仕事をこなせるよう整備していく。そのほかバイオ燃料の提供やEV、燃料電池自動車(FCV)の設置も視野に入れる。

「足元は配送力不足が物流の課題だが、次世代エネルギー、次世代モビリティへの対応も課題になる。ENEOS、三菱商事ともこの分野に取り組んでおり、さまざまなサービスを提供できる」(ENEOSプラットフォーマー事業部の重藤希見子氏)と自信を見せる。

事業化でポイントになるのは配送品質だ。4〜5月の実証では荷物量を抑えていた。個数を増やし、どれだけ効率を高められるかなど、運用面はさらに磨く必要がある。また、複数の荷主の荷物の時間帯指定にどう対応するか。地方で同様のモデルをどう構築するか。荷主と連携したシステムアプリの構築なども焦点になる。

ドライバーに残業規制が導入され、人手不足が一段と深刻化する業界の「2024年問題」が迫る中、物流の現場は効率化が急務になっている。物流事業者も、配達員も、消費者にとってもプラスになる仕組みを作れるか。スタンドを介した共同配送は、よりリアルな解決策の1つといえそうだ。

(田邉 佳介 : 東洋経済 記者)