2013年4月20日の「桜を見る会」。初期のアベノミクス相場には「ツーリスト投資家」が押し寄せた(撮影:尾形文繁)

まずは前回のコラム「それでも『日経平均の上昇は危うい』と言える理由」(6月19日配信)掲載後の2週間を振り返ることから始めよう。

日経平均株価はまさに6月19日に平成バブル崩壊後の最高値を更新、3万3772円89銭をつけた。その後は反落して3万3000円を割れ、27日はザラ場安値3万2306円99銭まで一気に下押しした。しかし、再度3万3000円台を回復といったように、かなり上下に振れる展開だった。

海外投資家に振り回される展開が続く

この2週間だけでなく、5月以降の日経平均の上下動を主にもたらしている主役も海外投資家だろう。5月の上昇の原動力は、第1週から第4週まで買い越した海外勢の先物買いだった。その後、先物買いは手じまいに回り、6月第2週には6625億円の売り越しと、足元の上昇局面では最大の売り越し幅となった。

それに代わり、「ツーリスト投資家」(ふらりと日本を訪れる観光客と同様に、日本株への投資経験がほとんどない投資家)の現物株買いが膨らんだ。海外投資家の現物株の買い越し額は、6月第1週には9854億円と、4月第2週以来の金額にのぼった。

ところが6月第3週(6月19〜23日)の株価下落局面では、海外投資家の現物株売買は13週ぶりの売り越し(3604億円)に転じた。これで日経平均が3万3000円の大台を割り込んだと推察できる。

この点から見ると、「低PBR(株価純資産倍率)改善ブーム」「バフェットブーム」などに乗じたツーリスト投資家の買いは、いったん峠を越した可能性が高い。

日経平均が6月最終週に戻した過程での投資家別の売買動向のデータは、もう少し待たないと得られない。だが、6月28日は前場と後場の間で日経平均先物が突然上振れるなど、投機的な先物の仕掛け買いが入った可能性が高い。

このように、先物買いとツーリスト投資家の買いによる一方的な日本株上昇は、一巡したかもしれない一方で、さしたる材料もなく短期的に市況が上にも下にも振り回されるといった事態は、残念ながらしばらく続きそうだ。

「ツーリスト投資家などといった、日本のことをよく知りもしない投資家に、自分の国の株式市況が乱されるのは面白くない」と不満に感じる人もいるかもしれないが、そうなった責任は日本側にあるように考える。

つまり「失われた○年」などと揶揄されるように、日本経済も日本の企業も、海外から見て「株式投資に値しない」という判断を長く受け続けてきた。

その結果、海外において、日本株専門のファンドマネージャーという職業が継続しにくくなり、日本株は「アジア株の単なる一部」として、あるいはグローバル株式の一角として「とりあえず保有する」などといった状況に堕してしまった。このため、ツーリスト投資家が圧倒的多数になってしまった、という面が大きいと言えよう。

「ツーリスト投資家」はアベノミクス相場初期でも登場

実は前回のコラムでツーリスト投資家について解説したあと、「過去にもどこかでツーリスト投資家について述べたことがあったはず」という気になった。そこで検索してみたところ、なんと今から約8年以上も前の「東洋経済オンライン」の「厄介な『外国人ツーリスト投資家』に注意せよ」(2014年11月30日配信)が出てきた。

このコラムでは、筆者が2014年11月にアメリカに取材出張した際に、現地の方が「『ツーリスト投資家』という言葉がある」と教えてくれたことを記している。また、その取材先は、ツーリスト投資家に日本の市況が撹乱された例として、2013年5月以降の株価下振れ局面を挙げていた。

この当時は、2012年11月に衆議院解散、同年12月の総選挙を経て、第2次安倍晋三政権が誕生した。そこから株式市場は「アベノミクス相場」に向かった。とくに2013年4月には当時の黒田東彦日銀総裁が「異次元の緩和」を打ち出し、大いにもてはやされた。

このとき、アメリカの取材先は、当時の急騰について「『アベノミクスは単なるブーム』と割り切った、ツーリスト投資家の買いによるもの」と判断していたという。こうした「ノリ」による買いは、日経平均を同年5月23日のザラ場高値1万5942円60銭まで押し上げた。

ところが、そこから株式市況は取り立てての悪材料がなかったにもかかわらず暗転し、同年6月13日のザラ場安値1万2415円85銭まで、約22%もの急落に陥った。この株価下落も、ツーリスト投資家がもう十分と判断し、利食い売りに回ったためだとの話だった。

前掲の2014年時のコラムでは、当時を語る短期筋の話も載せている。「別にアベノミクスで日本経済がどうなろうと、われわれは日本に住んでいるわけでもないから、関係ない。ただ、アベノミクスで投資家が騒ぎ、株価が上がりそうであれば買うし、株価の動きが止まれば売る、それだけのことだ」。

今回の局面でも、「われわれは日本のことなどよく知らないし、日本経済や企業がどうなろうと関心はないが、株価が上がると思えば買うし、下がると思えば売る、それだけだ」と買い上げてきたツーリスト投資家が、これからいったん日経平均を叩き落すのではないだろうか。

なお、当時起きた日経平均の下落率22%を、今回の6月19日のザラ場最高値に当てはめると、約2万6343円になる。

もっと大事なのは「長期展望」

ただ、2013年と今回との類似点を、当時の5〜6月の株価急落だけに求めるのは適切ではないだろう。ツーリスト投資家などが単なるブームと割り切って、飛び乗り飛び降りしたあと、「実は安倍政権が大いに構造改革を成し遂げるのではないか」といった明るい長期展望を描く投資家が増えたことは事実だ。結局、アベノミクス初期の相場は2015年の夏場まで続き、日経平均は2万1000円手前まで、息の長い上昇軌道が続いた。

筆者は今回の局面でも、初期のブームに乗じた投機的な先物買いやツーリスト投資家の現物買いが一巡し売りに回ることで、日経平均が2万7000円辺りに下押しすると懸念しているわけだが、もしそうなったとしても、それは単に「ブーム」が一巡し仕切り直しになるだけだ、ともとらえられる。

実際2013年と同様、「日本株が仕切り直し後に長期上昇相場入りする展開」は十分ありうると考えている。ただし、それは日本株が世界景気の悪化に連動して下落したあとの反発に加えて、日本経済、さらには日本企業の経営が、現在の高い期待に良い方向で応えられるかにかかっている。

今、世界の投資家の目が日本経済や日本株に集まっているという点は、日本企業が収益力を構造的に高め、それを見せつけるチャンスだ。もし、この絶好機を生かせないのなら、今後日本株は長期にわたって「海外株が上がればそれに準じる分だけ海外投資家に買い上げられて上がるが、逆に売られれば脆くも下がる」という体たらくを脱せないだろう。

今回はツーリスト投資家をめぐる需給要因について分析する形となったが、最後に最近の経済状況にも簡単に触れておこう。

世界経済は悪化、一方で米国株下落は想定より後ずれも

ひとことで言えば、世界経済の悪化は着実に日本経済の重しとなってきている。6月15日に発表された日本の5月の貿易統計では、輸出数量は前年同月比6.4%減と8カ月連続の減少だ。輸出金額は前年比で増加しているものの、増加率は0.6%にすぎなかった。そのうち、中国向けの輸出金額は前年同月比で6カ月連続のマイナスと、中国経済の悪化が日本経済に影を色濃く落としている。

このため、6月30日発表の5月の鉱工業生産は前月比1.6%減と4カ月ぶりのマイナスで、昨年夏場以降で見ても生産の頭が抑えられており、製造業収益への圧迫が懸念される。

一方のアメリカでは、5月の住宅着工件数(6月20日発表、前月比21.7%もの急増)など、足元では堅調な経済指標が多い。こうした指標などによって、同国の株式市場は「どうせ連銀はこれ以上はあまり金利を上げないし、景気は好調だ」との、いいところ取りの楽観が広がっている。

それに対し、連銀はインフレ抑制のため、景気を犠牲にしても利上げを行う構えを崩しておらず、今後の同国経済はやはり悪化の度合いを強めると覚悟すべきだろう。

ただ、筆者の当初予想に比べ、同国の景気が粘り腰にあるのは事実だ。もっと早く米国株やドル円相場がすっきりと下落し、その分アク抜けが早いと見込んでいたが、この分だと景気の悪化が遅れて長引き、今後の米国株やドル円相場の底値のタイミングが後ずれする可能性がある(その場合は、日本株の底値時期も後ずれすることになる)。

ごく目先では、日本政府の為替介入が行われるかどうかも注目だ。すでに日本政府は5月30日に三者会合(財務省、日本銀行、金融庁)を開いており、鈴木俊一財務相や神田真人財務官からは円安牽制を狙った発言が繰り返されている。

筆者は、現状のドル円相場が政府が懸念しなければならないほどの動きだとは判断していない。だが、7月27〜28日の日銀金融政策決定会合における、YCC(イールドカーブコントロール)修正や撤廃の可能性をめぐる思惑も含め、ドル円相場の不安定化は気にかかるところだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(馬渕 治好 : ブーケ・ド・フルーレット代表、米国CFA協会認定証券アナリスト)